あの人によろしく

結城芙由奈

あの人によろしく

 17時― 


「おーい、そこのバイト!次はこの荷物を台車に積んで運んでくれっ!」


倉庫でピッキングの仕事をしていると、若手社員が遠くから俺に声を掛けてきた。


「はい、今行きます!」


台車を押して、さっそく呼ばれた社員の元へ駆け足で向かった。


「何をすればいいですか?」


元気よく尋ねる。


「よし、それじゃここの列からそれぞれ注文の品をこれで探し出してくれ。量が多いから頑張ってくれよ?」


男性社員からハンディターミナルを手渡された。


「はい、頑張りますっ!」


俺は笑顔で返事をすると、さっそく仕事を開始した―。



****


俺の名前は河合雄二。

市内の県立高校に通う2年で、母子家庭。2LDKのマンションに母親と2人で暮らしている。

母親は看護師をしており、主に深夜帯で勤務することが多いので一緒に暮らしているにもにも関わらず、すれ違いの生活が5年も続いていた。


だから母親は俺のことを何も知らないし…無関心な親だと思っていた―。




 23時―



「やっべ…今日はバイトが遅くなってしまった…」


白い息を吐きながら自宅マンションへ向けてマウンテンバイクをこぎながら夜の住宅街を走り抜けていた。


この日はすっかりバイトの時間が長引いてしまった。本来、高校生は22時以降は労働禁止なので、はっきり言ってしまえば、これは法律違反だ。

しかし今は12月。クリスマス商戦でピッキングの仕事は猫の手も借りたいほどに大忙しで、どうしても帰ることが出来なかったのだ。


それに明日は土曜日。

学校も休みだし、少し位延長しても大丈夫だろうと思い、ついこちらも調子に乗って働いてしまった。おかげでこんな時間になってしまったのだ。

ちなみに母親は俺がバイトしていることを知らない。


「まぁ、どうせ帰っても夜勤でいないだろうしな…」


バイトしていることがバレることは無いだろう。


俺はすっかり油断していた―。




****


「え…?ま、まさか…」


部屋の前にやってきたとき驚いた。窓から明かりが漏れているからだ。


まずい…。


もしかして今夜は夜勤が無かったのだろうか?きっと何か言われるに違いない。

覚悟を決めて、マンションの鍵穴に鍵を差し込み…静かに扉を開けた。


キィ~…


「…」


玄関を開けると部屋の中は明るく、そこには見慣れた母親のパンプスが置かれていた。


「ただいま…」


ボソリと小声で言いながら部屋に上がり込むと、廊下の先にある扉が開かれて母親が現れた。


「お帰り。雄二」


「た、ただいま…」


目の前に立つ母を見た。そしてじっと見つめる母の顔は…険しかった―。




****


「こんな遅くまで高校生がどこに行っていたの?」


早速リビングルームで母親に説教されていた。


「…バイトに…行っていた…」


「アルバイトは禁止しているでしょう?それにもうとっくに受験の準備をしておかなくてはならないのよ?ただでさえあの高校は進学校で殆どの生徒が受験するじゃない。何故アルバイトなんかしていたの?何か欲しい物でもあるわけ?」


咎めるような口調に反論したくなってくる。

俺の気持ちも知らずに…。

何故アルバイトをしているかだって?そんなのは決まってる。

家計の為じゃないか!

それを…何か欲しい物でもあるのかって‥。


「別に。バイトが楽しいからしてるだけだ」


正直に話す気にもなれなかった。


「本当にそれが理由なの?学校生活に支障をきたすくらい?」


母が頭を押さえながらため息をついた。


「え?どういうことだよ」


すると意外な話を聞かされた。


「今日…職場の休憩時間中に偶然学校から電話がかかってきたのよ。最近、雄二が授業中、居眠りをしていることが多いって。この間の数学の小テストも点数が良くなかったそうじゃないの?」


「…」


反論出来なかった。

確かに俺は週5回アルバイトに入っている。それに今は繁盛記だから土日祝日は10時から17時までシフトに入っているので当然勉強なんか出来るはず無かった。でもそれも12月末日までの予定だったのに…。


「一体どういうことなの?そんなにお金が必要だったの?毎月お小遣いだってあげてるし、携帯の使用料金だって払ってあげてるでしょう?こっちは普通の家庭と同じ位不自由の無い生活をさせてあげようと思っているのに…!それに大学だって出してあげようとしているのに…!」


だから何だよ?!その為にわざわざ人が嫌がる深夜手当のつく夜勤ばかりしているんだろう?無理して働いて…いつも疲れ切った顔をして…!だから俺は…少しでも負担を減らそうとしているのに!


もうこれ以上黙っていられなかった。


「…うるさい…」


「え?今何て言ったの?」


「うるさいって言ったんだよ!俺はなぁ、一度だって小遣いが欲しいって言ったことも無いし、携帯の使用料金を払ってくれって頼んだことはないだろうっ!それを恩着せがましく言いやがって…!」


「ゆ、雄二…」


母が困惑した表情を浮かべた。


「大学だって、俺は別に行きたいなんて思っていないんだよっ!今の倉庫のアルバイトは楽しいし、社長は卒業したら正式に社員にならないかって言ってくれてるんだよ!何だよ?普通の家庭と同じ位不自由の無い生活だって?離婚して俺を片親にさせた後ろめたさからそんなこと言ってるのかよ?!いちいち恩着せがましいこと言うなよっ!今まで俺の事を放っておいたくせに…今頃何なんだよっ!」


そこまで言って…気が付いた。母が酷く傷ついた顔で俺を見ていたからだ。

だが…もう後には引けなかった。


「…っ!」


俺は母のそばを通り抜けると自分の部屋の扉を乱暴にしめ…その夜はいくら母に呼ばれようが、無視することに決めた―。




****



 翌朝―


スマホのバイブの音で目が覚めた。


「あ~…だりぃ…」


昨夜は真夜中、母が寝ているすきを狙ってシャワーを浴びた。おかげでブツ切れの睡眠時間になってあまり寝た気がしない。


制服に着替えて、扉を開けるとすでに母は起きていて朝食の準備を始めていた。


「あ、雄二。おはよう。ほら、ちょど朝ご飯の準備が出来たから一緒に食べましょう?」


俺に気を使ってるのか妙に笑顔で話しかけてくる。

…いつもは朝だって起きてこないくせに…。


「飯…はいらない」


そして母の前を通り過ぎるとそのまま玄関へと向かった。


「え?待ちなさい、雄二。朝ご飯はいらないって…」


母の追いかけてくる声を背中に、スニーカーを履くと俺に追いついてくる前にさっさと玄関を出ると、学校へ向かった―。



****


 ガチャガチャとマンションの駐輪場でマウンテンバイクを引き出し、歩道まで押していくとサドルにまたがったその時―。


チャリーン


ポケットに入れて置いた家の鍵が地面に落ちた。


「…ったく…」


サドルから降りて鍵を拾おうとした時、何者かの手が伸びてくると鍵を拾った。


「あ…」


誰だ?勝手に鍵を拾って…。思わず顔を上げた時、驚いた。いつの間にかすぐ近くに俺と同年代と思われる男が立っていたからだ。


「はい、鍵」


男は俺に拾った鍵を渡してきた。


「あ…ど、どうも」


鍵をリュックのポケットに捻じ込み、再びサドルにまたがると男が声を掛けてきた。


「それ、マウンテンバイクだろ?恰好いいな。自分で買ったのか?」


「い、いや…親が買ってくれたけど…」


これは高校入学祝に母が買ってくれたマウンテンバイクだった。


「へ~…いい親だな。このマウンテンバイク、高かっただろう?」


「あ、ああ…そうかもな…」


一体こいつは何なんだ?図々しく初対面なのに敬語も使わずに話かけてきて…だから俺もタメ口で話す。


「なら感謝しないとな?」


やたらニコニコ顔で愛嬌はあるくせにムカつく話をしてきた。もう相手にしていられるか。


「それじゃ、俺…学校に行くから」


サドルにまたがった。


「ええ?もう行くのか?まだ7時だぞ?」


男が驚いた様子で俺を見る。


「ああ、学校…遠いからな」


「そうか?その制服…青葉高校だろ?でもそれに乗れば20分位で登校出来るだろう?」


「な、なんでそんなこと知ってるんだよ!」


「それは当然さ。この辺りじゃ相当有名な進学校だから。それにしても凄いな?あの青葉高校に通っているんだから」


感心した様子で言われると悪い気はしない。その時…。



ぐぅ~…



俺の腹のムシが鳴った―。



****



「ほら、遠慮せずに食べろって」


俺は何故か見知らぬ男に無理やり駅前のファーストフード店に連れてこられていた。そいつは今、目の前で美味しそうにモーニングセットのハンバーガーを食っている。


「あの…さ、俺自分の分くらい、金払うからな?」


「まぁいいから、いいから。年上の言う事は聞いておけよ」


「え?年上?俺の年齢知ってるのか?」


「ああ、勿論さ。そのネクタイ…今2学年てことだろう?ちなみに俺は18だ。だから1つ年上だろう?」


「確かにそうだが…1歳しか変わらないじゃないか」


「それじゃ、こういうのはどうだ?俺は腹が減っていて、お前も無理やり連れてきた。だから奢るのは当然なんだって。どうだ?」


…どこまでも能天気な男だ。それより…。


「ところで、あんた何て名前だ?ちなみに俺は河合雄二だ」


「え?俺か?俺の名前は雄一だよ。奇遇だな。名前似てると思わないか?」


「…そうか?」


どう考えても偽名のように感じるが…どうせ慣れあうつもりはないから放っておこう。


その時―。



「あれ?お前…河合じゃないか」


不意に声を掛けられた。振り向くとそこに立っていたのはアルバイト先のかつての先輩…飯田と長谷川だった。


「…どうも…おはようございます…」


朝からまずい奴等に会ってしまった。


「奇遇だなぁ…こんなところで会うなんて」


長谷川がニヤニヤと笑って俺を見る。


「お前には会いたいってずっと思っていたんだぜ?ちょっと俺たちの席に来いよ」


飯田は相変わらず命令ばかりしてくる嫌な奴だ。


この2人はピッキングのバイトをクビになっている。それは禁煙箇所で煙草を吸っていたり、時折棚から物を盗んでいることを俺が社長に報告したからだった。その為俺は2人から恨みを買っていた。


「いえ、俺は話すことは無いですから…」


冗談じゃない、こんな奴等に捕まったら痛めつけられるに決まっている。


「はぁ?てめぇ…俺たちの言うことが聞けないのか?」


飯田が俺の胸倉をつかんだ時―。


「痛ってー!」


突然奴が叫んだ。見ると雄一がそいつの腕をねじ上げている。


「おいおい、お前らには俺が雄二とモーニングを食べてる姿が目に入らないのかよ?」


「痛い痛い!は、放せよっ!」


「てめっ!そいつを放せ!」


痛みに顔を歪める飯田を見かねた長谷川が止めに入る為にいきなり雄一の顔面を殴りつけてきた。


パシッ…


しかし、雄一は殴りつけてきたこぶしを軽々と手の平で受け止める。


「ゆ、雄一…」


こ、こいつ…こんなに強かったのか…?


思わずごくりと息を飲んでいると、雄一が2人に言った。


「あんまり店内で騒ぐなよ。そんなに暴れたいなら外に出るか?俺は少しも構わないぞ?」


そしてニヤリと不敵に笑った。


「わ、分かった!何もしないから…は、放して…くれ…」


ねじ上げられている飯田の顔が苦し気に歪む。


「ふん」


雄一はつまらなそうに鼻を鳴らすと、手を放した。


「うぅ…」


余程痛むのか飯田はその場にうずくまってしまった。


「お、おい…しっかりしろよ…」


長谷川がうずくまった飯田に声を掛けている。そんな2人を雄一は一瞥すると言った。


「いいか?今度雄二にまた絡んでくるような真似をしたら…その時は腕を折らせてもらうからな?」


笑みを浮かべながら恐ろしいことを言ってのける雄一に2人は顔面蒼白になって、ただ黙ってうなずいている。


「ほら、早くどっか行けよ。お前たちの顔を見ていると食欲が失せる」


雄一はあろうことか、2人を手で追い払うしぐさをとった。


「「!!」」


それを見た2人は一瞬悔しそうな顔をするものの、逃げるようにその場を去って行った。


「…よし、邪魔者はいなくなった。続きを食べよう」


そして何事もなくハンバーガーを口にする雄一を俺はある意味、恐ろしいと男だと思ったが、俺は雄一に一目置く気持ちが芽生えていた―。



****


 その日を境に、俺は度々雄一と顔を合わせるようになった。 


雄一は神出鬼没な男で、いつも突然俺の前に姿を現した。学校へ行く前の買い物で立ち寄ったコンビニで出会ったり、バイトの帰り道に偶然町ですれ違ったり…。


俺は普段雄一が何をしているのか気になり、何度か尋ねたことがあったのだが、一向に雄一は口を割ろうとはしなかった。

ミステリアスな男の方が気軽に話が出来るだろう?


そう言って雄一は笑った。

確かに世の中には知らないほうが良いかもしれないこともあるものだ。何しろ雄一のあの喧嘩の強さは半端じゃなかった。


ひょっとすると、ヤバい世界に身を置く男なのかもしれない…。

そう考えると詮索するのは得策では無いかもしれない。だから俺は雄一が何者なのか追及するのをやめることにしたのだった―。



****


 雄一と知り合ってから、一月が経過しようとしていた。


今夜はアルバイト先にフラリと現れた雄一を相手に休憩時間の合間に倉庫の片隅で母親の事を愚痴っていた。



「それでさ…もういい加減バイト辞めろって母親が言うんだよ。小遣いが足りないならもっとやるからって…全く、人の事いつまでもガキ扱いしやがって…」


「まぁ、それだけ雄二の事が心配なんだろう?でもお前を不自由させない為に、わざ

と夜勤ばかりの勤務に入って仕事しているんだから…大したものだと思うぞ?」


雄一は缶コーヒーを飲みながら笑った。


「そうか?俺はそうは思わないけどな。自分の都合で勝手に離婚して片親にさせてしまったけど、自分は立派に子育てしていると世間に誇示したいだけなんじゃないか?」


そうだ、俺はだからまだ小さかった頃は…いつも一人ぼっちにさせられて…。



「まぁそう言うなって。きっとお前も親になれば分かるさ。親の気持ちがな…だけど、最近は夜勤で帰ってきても雄二が学校へ登校する時間は起きてくるんだろう?」


「ああ…まぁな…」


そんな事、別に俺は望んじゃいないのに…。


「とにかく、母親を大切にしてやれよ?たった2人きりの親子なんだろう?」


「…分かったよ」


母親の前では素直になれないが…何故か雄一の前では素直な気持ちになれた。


「それじゃ、そろそろ休憩時間終わりだろ?俺もう行くわ」


雄一が飲み終わった缶コーヒーを握りしめると立ち上がった。


「何だ?もう行くのか?」


「ああ。又な」


そして雄一は手を振ると、夜の街へ消えていった。



****


 翌朝―


「おはよう、雄二。今日は雄二の好きなハッシュドポテト入りオムレツを作ったのよ」


皿の上に出されたオムレツを見た俺は驚いた。


「何だよ?朝っぱらからこんな手の込んだ料理を作ったのか?」


オムレツだけではない。他に具だくさんの味噌汁、焼き鮭、焼きナスがテーブルの上に乗っている。


「ええ。そうよ。ほら、夜は中々食事作ってあげられないから…さ、一緒に食べましょう?」


「…」


本当は眠い癖に、こんな手間のかかる朝飯を作るなんて…。


「…分かった」


母の向かい側に座り、さっそく朝飯を食べながら俺は尋ねた。


「今夜も夜勤なんだろ?」


「いいえ、今日は…休みを取ったのよ。」


「そうなのか?何で?」


「ええ…ちょっとね…出かけるところがあるから…」


「出かける?何処へ?」


「そ、それは…」


何故か母は言葉を濁して話さない。…俺はその煮え切らない態度が何となく気に障った。


ガチャン!


まだ食べかけの茶碗に箸を叩きつけると俺は席を立った。


「え?雄二?どうしたの?」


「もう学校へ行く」


「え?どうして?まだ全然食べていないじゃない」


「そっちだって、何処へ出かけるか言わないんだからな」


そして俺は戸惑う母を残して家を出た―。




****


 

「よ、雄二。おはよう」


いつものようにコンビニで雄一に出会った。


「ああ…おはよう」


「どうした?今朝は随分機嫌悪そうだな?」


「ああ、まあな。今日母親がどこか出かけるらしくて休みを取ったらしいんだが…何処へ行くか言わないんだよ。疲れ切った顔で青ざめているのに…どうせ休むんならどこにも行かずに家で休んでればいいのにさ」


「…そうか。それで機嫌悪そうなのか?」


「別に!そんなんじゃねーよ」


「…まぁ、でも…あまり冷たい態度取るなよ。たった2人きりの家族なんだろ?」


今朝は雄一の態度も気に入らなかった。


「ふん!俺のことほっといてくれ!」


カツサンドとカレーパンを掴むとセルフレジで支払いを済ませると俺は雄一に目もくれずに学校へ向かった―。




****



 その日の夕方…俺はいつものように倉庫でピッキングのバイトをしていた。するとそこへ俺と同時期にバイトとして入ってきた山本がやってきた。気のせいか、何だか顔色が悪い。


「河合…先輩社員が第5倉庫の片付けを手伝って欲しいって呼んでるんだけど…」


第5倉庫。

あそこは物置になっている場所だ。


「ああ、分かった。行ってくるよ。それより山本…お前顔色悪いぞ?大丈夫か?」


「あ、だ、大丈夫さ…」


「そうか?ならいいけど…」


俺はそれだけ言うと、第5倉庫へ向かった―。




****


「先輩?手伝いに来ましたけど?」


第5倉庫はひっそりと静まり返っていた。声を掛けても返事がない。


「先輩…?」


その時…。


いきなり背後から背中を蹴られた。


「うっ!」


蹴られた勢いでそのまま前のめりに倒れたところへ今度は背中を思い切り踏まれた。


「ガハッ!」


思わず咳き込むと、頭の上で聞き覚えのある声が聞こえた。


「よぉ…河合。以前は世話になったな?」

「ああ、ようやくお前に借りが返せるぜ」


その声は飯田と長谷川だった。


「今夜は下っ端社員しかいないんだよ。皆俺たちの言いなりさ。さて、バイトをクビにされた恨みを晴らさせてもらうぞ」



そして、それから俺は彼らから気を失うまで激しい暴行を受けた…。




「う…」


どれくらい気を失っていたか…何やら焦げ臭い匂いと熱さで意識を取り戻し、首を振って辺りを見て驚いた。

何と倉庫の中が炎に包まれているのだ。


「な…何で…うっ!」


酷い暴力を受けているせいで身体が言う通りに動かない。


「クッソ…」


逃げたいのに…その時―。



「雄二ーっ!!」


何と炎の中から雄一が現れた。そして倒れている俺の元へ駆け寄ると助け起こしてきた。


「しっかりしろ!」


「な、何でここに…?」


「話は後だ!今は逃げるぞっ!こっちはまだ炎が少ないんだ!」


雄一は俺の肩を支えて歩き始めた。



「ハァハァ…」


痛みと熱で朦朧としながら歩く俺を雄一が励ます。


「もう少しだ!頑張れっ!」


あと少しで出口と言うとき…雄一が言った。


「雄二…あの人によろしく伝えてくれ…もう充分だって…」


「え…?」



次の瞬間、俺は激しく突き飛ばされ…そのまま意識を失った―。



次に目覚めたのは病院のベッドだった。そこには母が心配そうに座っていた。


「あ…雄二!目が覚めたの?!良かった…」


母の目に涙がたまる。


話によると俺を殴った2人が火事の原因だった。煙草を投げ捨てて行ったからだ。

既に警察に事情徴収を受けているそうだ。


「そうだ…雄一は?!あいつ…俺を助けてくれたんだ!」


「誰のこと?貴方は1人で燃える倉庫から出てきたのよ?」


「嘘だ!雄一は…俺を逃がして、きっと炎にまかれたんだよ!あいつ、言ったんだ。あの人によろしく伝えてくれ…もう充分だって…」


すると母親が青ざめた―。




その後、母の話で分かった。


俺には本当は兄がいたそうだが、死産だった。既に名前は雄一と名付けていたらしい。

どうしてもその事実を母は俺に告げられず、月命日には寺に行ってお参りしていた。


雄一の行方は…誰も知らない。


恐らく雄一は亡くなった兄だったのだろう。喧嘩ばかりする俺と母を心配して現れたのかもしれない。


「母さん…今までごめん。これからは母さん孝行するよ」


「何よ。突然変な子ね」


母は泣き笑いの顔で俺を見た。




雄一…お前の分まで母さん孝行するからな。


何処かで雄一の笑い声が聞こえた気がした―。




<完>





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