天春てぇてぇ

 あの後、もう暗くなってきたからと、そう言って帰路についた志穂と夏音。二人を見送った湊月が、もう一度自分の家の玄関の敷居を超える頃には、空はすっかりと暗くなり、ちらほらと淡く輝く星が見えていた。


 晩御飯と入浴を済ませて、先程までとは打って変わった静かな自室へと踏み入れる。


「……こんなに、静かだったっけ?」


 特別となった今日という日であっても、湊月自身はもちろん、この部屋や周囲の環境に大きな変化などは無い。


──そう、ただ二人との関係性に少し動きがあっただけ。


 湊月は早朝この場所で見た、あの二人の真剣な瞳と表情を脳内で反芻はんすうし、ベッドにダイブしながら一人でに悶える。


 二人の本気な気持ちに向き合う為にとか、何よりも自分の気持ちに嘘をつかない為にとか。そういう飾りの良い言葉を使っても、やっぱり嬉しいものは嬉しいのだ。死ぬ程嬉しい。今からでも外に出て、発狂しながら走り回りたいくらいには。


 スマートフォンの液晶に映る、志穂と夏音からのメッセージ通知。


『湊月。今日は驚かせてしまって─────』

『みっつん!!今日は急に─────』


 流し目でしか確認しなかったが、二人とも内容が通ずる文章を送って来てくれている。あれだけお互いに言い合ってても、何だかんだ似ている二人に、湊月はくすっと柔らかい笑みを浮かべた。


 だが、その平穏な空気もつかの間、突然真顔に戻り部屋の天井を見上げた湊月。そして、空虚に置くように溜息を吐いた。


「……疲れたぁ」


 良くも悪くも目まぐるしい日の締めくくりが溜息というのは、とても褒められたものでは無いが、決して憂鬱から来るものではない。果たして、一日がここまでざわめいたのはいつぶりだろう。いや、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。


 中学生の頃に夏音と出会った時から、高校で志穂と再会した時から、思えば運命的にあのVTuberを見つけた時から、白黒モノトーンで単調だった日常に少しずつ色がついて、大げさに言えば世界の見方が変わった。


 出来事や思い出、きっかけは別々だが、それぞれが大切で転機とも言える出会い。様々な面で影響を受けたのは、間違いない。


 そんな、霞んでしまうくらいに輝いていて、憧憬の念を抱き続けていた清楚な幼馴染とギャルな先輩に告白されたのだから、もはや死んでも良いのではないだろうか?まぁ、今はギャルな幼馴染に清楚な先輩という、絶賛属性反転中なのだが。

 

「あ、そういえば、今夜の二十時から天使あまつか悪魔でびるちゃんと、春秋しゅんしゅう冬夏とうかちゃんのコラボ配信だった!!ヤバい遅刻遅刻!」


 壁に掛けられている時計に目を向けると、秒針はもう既に二十時十五分を回っている。この十五分の遅れは、下民と寒暖サーを兼任する湊月にとっては十分万死に値する遅れだ。


 ちなみに、天使悪魔と春秋冬夏というのは、湊月が最も推している──否、愛しているVTuberの二人であり、大手VTuber企業『EnCouragE』通称ESE《イース》に所属している二期生と三期生の配信者ライバーだ。『下民』というのは天使悪魔のファン達の総称であり、『寒暖サー』は春秋冬夏のファン達の総称である。


 湊月は慌ててデスクトップPCを起動して、某配信サイトY〇uTubeを開き、最初のトップページ欄に表示された天使悪魔のチャンネルをクリックした。


 すると、賑やかに会話を弾ませる二人の推しの姿が映し出される。どうやら今日はコラボ雑談枠のようだ。


『冬夏ちゃん私の事好きすぎ!!』

『ねぇぇぇ!!何で冬夏が自枠で話した、天先輩の可愛いところ十選が本人に伝わってるわけ!?良くないぞ鳩!!恥ずかしいだろ!!!』


──あぁ……せわしなかった俺の心が浄化される……


 二人の初期配信から応援し続けていた湊月は、もうこの二人の声を聞くだけで溜まった疲労が消え去るというレベルまで達していた。否、下民と寒暖サーを名乗りたいのであれば、ここからがスタートラインであろうが。


:あぁぁぁぁぁ!!!!冬夏ちゃん天たんの事好きすぎぃ!!

:鳩!!今回だけは褒めて遣わす!(普段はダメよ?)

:その百合百合空間の間に俺を入れてくれ!!

:おい!百合に男が割り込むのはご法度だぞ!!こ〇す!!


 コメント欄は相変わらずのカオス具合ではあるが、この雑多な雰囲気も含めて湊月はこの二人の配信やファン達をとても気に入っていた。


 冷蔵庫から取ってきた、キンキンに冷えたコーラと大好物のポテイトチップスを傍らに用意して、人生で一番人生を謳歌していると実感できる宴を開始した。


 プシュッ!という爽快な音と共にコーラの蓋を開けて、その美麗で趣のある炭酸音に耳を澄ませた後、宇宙を感じさせる漆黒の飲料を喉に流し込んだ。だがその時、


『あ、そういえばさ。私今日からイメチェンしたんだよね!!』

「ブフォっ!!」


 盛大に噴き出した。


「イメチェン!?」


 画面の向こうで、自分には一切関係のない話をしているはずのVに対して、全力で聞き返した湊月。


──タイムリーすぎない!?


 机に飛び散ったコーラの液体をティッシュで拭き取りながら、心の中で思いきりツッコミを入れる。


『良いねイメチェン!!ていうか、運命かな?ちょうど冬夏も、今日イメチェンしたの!!黒髪に!!』

『えー!!運命だぁ!ちなみに私は、生まれて初めて髪色を変えてみたんだ!!』

「えぇぇぇ!?!?」


 あまりにも親近感シンパシーを感じさせるその会話に、再度頓狂な声をあげた湊月は、コーラを噴き出す代わりに椅子から転げ落ちてしまった。もう一度言うが、湊月の話とは一切関係のない、VTuberの会話である。


「ちょっと、おにい大丈夫!?凄い音したけど!?」

「あ、あぁ……痛った……」

「うわ……、お兄膝擦りむいてるじゃんか。もー。一階で手当てしてあげるから、ほら立って」

「いや、別にこれくらいなら……」

「傷口からばい菌が入ったらどうするの!ほらっ!早く!」

「う、うん……ありがと……」


 妹の未羽に引っ張られ連れ去られる湊月。


 自室から出て行く際に、デスクトップに映っている天使と冬夏の笑顔を視野に収めて、ぽつっと一言呟いた。


「天春てえてえ……」


─────────────────


‪☆での評価よろしくお願いします!!

後生の頼みですあぁああああ

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