真の陽キャは優しいようで

「やぁやぁ。あっという間に人気者じゃないか、すけこましの小野寺くん?」

「え、なに?そんなふうに呼ばれてんの俺」

「いや、今俺が勝手に決めて呼んだ」

「うん。じゃあやめて」

「…………やだ!!」

「何で!?」


 朝のホームルームが始まる前の、生徒達が口々に「おはよう」と挨拶を交わしたり、軽い雑談を弾ませる自由時間。大体、八時十分頃。


 教室の窓側、さらには最後尾という最高のポジションに自席が置かれている湊月が、もはや習慣となっているツイッターのTL周回に勤しんでいるところにやって来た友人──多田翔馬ただしょうまは、机に寝伏せている湊月に対して訝し気な表情で毒を吐く。


 湊月や志穂、夏音などが通っている学び舎──私立華蓬文理学園かほうぶんりがくえん。県内の中では中堅より少し上とされている高校でありながら、この偏差値帯では珍しい校則が緩めの進学校である。生徒一人一人の個性の尊重を校風として掲げているのだが、何でも、それに甘んじたお調子者がやらかして毎年何人か退学者が出ているのは有名な話らしい。


 そんな、ちょっぴり風変わりな私立高校にて、入学後湊月が初めて会話に成功したのが目の前にいる翔馬であった。


 端正で整った顔立ちに地毛の茶髪。高身長な上にサッカー部という、帰宅部代表の湊月とは真逆の正真正銘な陽キャである翔馬だが、初対面で話して以来何かと気が合うことにお互いが気付き、二年連続で同じクラスとなった今では、湊月にとってこの学校で最も親しい友人と呼べる存在となっていた。


 朝出会って早々、いわれれのないアダ名を付けてくる友人に、思わず驚嘆な声をあげてしまった湊月だったが、そんな様子を意にも介していない翔馬は、自身の腕に両目を押し当てて、わざとらしい泣き真似をしながら口を開く。


「うぅ……っ!お前だけは……お前だけは裏切らないと信じていたのに!!」

「……えっとー、何か裏切ったっけ?」

「あぁ!もうとんでもない裏切りだ!まさかお前が……彼女を作るなんて!それに二人もっ!!とんだクズ野郎だちくしょう羨ましいっ!!」

「……は?」


──俺に彼女?それも二人?


 非公式wikiに負けず劣らずの情報の捏造ぶりに、心の底からの疑問を声にした湊月。だが、その意味をしっかりと咀嚼してみれば、確かに身に覚えがないこともない。いや、決して彼女とかそういう関係ではないのだが。


「……もしかして、登校してる時の事言ってる?」


 首を上下にブンブンッと振る翔馬。


「いや……あれは、別にそういう訳では……」

「言い訳は見苦しいぞ湊月!幼馴染の白羽さんと仲が良いのは知ってたけど、天宮先輩まで侍らせてるなんて!!これは切腹じゃすまないぞ?俺にその腹を斬らせろ!!」

「ちょっ、落ち着けって!!……とりあえず、筆箱から取り出したそのハサミを一旦置こうな?それと、その筆箱とハサミ俺のだからね?」

「クッ!む、無念!!」

「安心せい、峰打ちじゃ……って、こんなしょーもないことしてる場合じゃなくって!やっぱ、そんな感じで噂になっちゃってるよなぁ……」

「いやもう、どこの教室行ってもその話題で持ちきりだよ。後は、あの二人がめちゃくちゃイメチェンしてきたこと。どっちにせよ、湊月達がトレンドの最先端」

「……嬉しくない」


 湊月自身気にしないようにしていたが、朝からこの教室に集まってくる生徒が異様に多かったのと、その生徒達が総じて自分の方に視線を向けていたのは、背中にヒリヒリと突き刺す『注目』という名の品調べで気付いてはいた。翔馬と雑談を交わしているだけの今でさえ、教室のあちこちからこちらの様子を窺っている目があるのも事実だ。


「いやでもさ?普通に考えて、学校までの道中で四大美女の中の二人──右腕には白羽さんが抱き着いてて、左腕には天宮先輩が抱き着いてるっていう両手に花……いや、両手に女神な状態だったら、そりゃ当然話題にもなるくね?」

「うっ……その正論パンチ、質量がないはずなのに凄い痛いな。いや……うん、その事関連で少し翔馬に相談があって……」

「二次元とVTuberしか興味なかった湊月が、異性の事で俺に相談……?明日地球が滅亡するんか?」

「……はぁ。ふざけるならいいや」

「冗談だって、ごめんごめん。まぁでも、少し込み入った話っぽいし、その事については放課後聞くよ。ちょうど今日は部活がオフの日だし」

「貴重な休みの日を費やして良いの?昼休みに、どっか適当なとこでも良いけど……」

「あのなぁ、こういう青春っぽいことは、放課後学校の屋上かファミレスで駄弁だべるって相場で決まってんの。それに、久々湊月と遊びたかったし」

「翔馬……」


 本物の陽キャは性格も良いという、あの都市伝説はどうやら真実だったらしい。

 

 湊月は、爽やかな笑顔の翔馬を見て、二人の間の青春っぽい友情に心打たれながら純粋に感動していたが、不意に「あ……」と腑抜けた声音を漏らし、両手を合わせてにへらっと申し訳なさそうに微笑んだ。 

 

「あのー……そういえば、その相談に関する事で今日の放課後は志穂と夏音先輩と約束があるんだった……。昼休みでも良い?…………すまん」


 翔馬は、曇り気のないその晴天な笑顔のまま自分の席へと戻り、筆箱からカッターナイフを取り出して再び湊月の席へと帰ってきたのであった。

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