急に属性反転って、そんな事ある……?

 小野寺湊月おのでらみつきはごくごく平凡な高校二年生の男子である。いや、今この特別な状況を見るならば、平凡であったと言うべきなのだろう。


 もちろん、世にある異能を授かったとか、異世界に飛ばされたとか、そういう類の特別ではない。あんなものはイレギュラー中のイレギュラーだ。


 趣味のゲームやアニメのグッズ、大好きなVTuberのタペストリーが飾られている自分の部屋で起床した、いつも通りの──いや、寝起きのいつもより腑抜けた顔の湊月。彼自身の身には、何一つとして特別と呼べる大々的な変化はない。


 じゃあ一体何が、この平凡な少年を特別な存在にしているのか。それは、


「何ですか天宮先輩!私の方が湊月の事を好きに決まってるじゃないですか!!」

「決まってないっつーの!ただ幼馴染ってだけで、みっつんの何でもないくせに!」

「なっ!湊月にとって何でもないのは、あなただって同じでしょう!!」


 通っている私立高校の四大美女と称されている中の二人、圧倒的な美人であるが故にすれ違った人達男女問わず振り返ってしまうような、そんな美少女達──湊月の幼馴染である白羽志穂しらはしほと、一つ上の先輩である天宮夏音あまみやかのんに自分を取り合うかのような形で告白を迫られていれば、これは一般的な男子高校生にとって十二分じゅうにぶんに特別と言えるだろう。


 互いの眉間に微かなしわを寄せて、唇をきゅっと結び睨み合う志穂と夏音。そんな二人を眺めながら、何一つとして状況を理解できていない湊月は、ふにゃふにゃとしている萎んだ目を擦りながら口を開いた。


「二人とも何やってんの……?ていうか、俺の事が好きって一体……」

「そのまんまの意味!私は湊月の事が好きなの!えっと……幼馴染としてじゃなくって、異性としてのその……お付き合いしたい男性として……」


 頬を淡く紅潮させながら、思春期男子の心臓を軽く握り潰しそうな小悪魔的上目遣いで言う志穂。そんな彼女を、横目で見ていた夏音は一言、


「シホっちあざとーい」

「あざとくないです!それと、その『シホっち』って呼び方、いい加減やめてください!天宮先輩!!」

「え~?だってシホっちはシホっちじゃん?ていうか、シホっちこそ、その堅苦しい呼び方やめなよ~。ほらほら、夏音ちゃんって呼びなって!」

「呼びませんから!」


 ぽかんと口を開けている湊月を蚊帳の外に、やんややんやと言い合いを始める二人。


 早朝六時のいち男子高校生の部屋で起こりうる出来事としては、あまりにも現実感の無いその状況に、起床から少し時間が経ち段々と意識がはっきりしてきたのも相まった湊月は、逆に冷静になってきていた。そして、志穂と夏音の喧騒のど真ん中を両手で制す。


「ストップ。結局のところ二人は、こんな朝っぱらから俺の部屋に何しにきたの?」

「女子二人から好きって言われて、何しに来たのはさすがに酷くない!?」

「いやいや。突然、朝から全く同じタイミングでとんでも美少女二人から告白されるとか、どう考えてもイタズラでしょ。もしかして、中学の時に流行った嘘告とかいうアレ?」

「天宮先輩はともかく、私はそんなくだらないことしないわ。本気も本気」

「ねぇ、シホっちそれどう意味?ウチだって本気でみっつんの事大好きなんだけど?」


 しっかりと湊月の顔を見据える二人の瞳に嘘偽りの色は滲んおらず、どこまでも真剣な眼差しにてられた湊月は、何だか気恥ずかしくなりそっぽを向いた。


「じゃ、じゃあ二人は……本当に嘘告とかイタズラとかじゃないんだね?もし後で噓告だったとか言われたら、恥ずかしさと屈辱で俺自殺するからね?」

「だいぶ大袈裟な気もするけど、それで構わないわ。それに、そもそも本当は今日この告白も私一人で来るつもりだったんだから。隣にいる女狐先輩が邪魔しに来ただけで……」

「邪魔も何も、ウチだって今日みっつんに告白しようって決めてたんだから!むしろ、ウチがみっつんのお家に入ろうとしたところに割り込んできたんだから、邪魔しに来たのはシホっちでしょ」


 どうやら志穂と夏音は、示し合わせて同日に告白しに来たわけではなく、本当にたまたまその日が重なっただけのようで、お互いの存在が訝しいとさえ思っているようだ。 


 校内どころか、他校からも噂を聞きつけた男子達が、こぞってその姿を見ようと尋ねてくるほどの美女二人から告白をされるという、言質をとった今で尚、にわかには信じられない状況に本気で困惑する湊月。


──いや待て。それよりも……この二人……


 しかし、今のこの状況下で湊月が一番驚愕しているのはそこではなかった。もちろん、志穂と夏音から告白を迫られたのも衝撃的なまでに驚きではあったのだが、それ以上に──


「なんで二人とも……アイデンティティ反転してるの?」


 いや、もしかしたらこんな言い方を女性にするのは失礼なのかもしれない。だが、ツッコミを入れざるを得ない程に、二人の確立していた外見的アイデンティティ──つまり個性が、昨日までの湊月が知っている姿とは遠くかけ離れたものになっていたのだ。


 湊月の記憶にある白羽志穂という幼馴染は、世に言うところの清楚系美人という言葉が似合いすぎるようなお淑やかな女性であり、湊月の記憶にある天宮夏音という先輩は、世に言うところの可愛い系ギャルという単語が当てはまりすぎる人物であったはず。


 それが昨日のうちに何があったのか、元清楚な幼馴染は、あれだけきっちりと着こなしていた制服を雑に着崩し、ハーフアップで結んだ髪を薄桃色に染めて、毛先をくるりんっ♪と巻いていた。それに加えて、今までの志穂なら想像もつかない化粧とピアスで自身に装飾するという完全なるギャル化を果たしていたのだ。


 そして、元ギャルであった先輩も同様に、昨日までの金髪と派手な装飾、重ねられた化粧の片鱗は微塵もなく、艶やかな黒髪ストレートと黒タイツにスッピンという、これでもかと言わんばかりの清楚化を果たしていた。しかも、二人とも例外なく新しい姿が似合っているのだからこの世は理不尽である。


「アイデンティティの反転……?確かに少しイメチェンはしてみたけど、そこまで仰々しいものじゃ無いでしょう」

「……少し?最初見た時、どっちがどっちなのか分からなかったんだけど……?」

「ていうかさ、みっつんのその言い方だと、まるでウチらがお互いを意識してるみたいに聞こえてきちゃうんだけどな~?」

「え?違うんですか?」

「違う(わ)よ!!」

「えー……」


 息の合った声音で食い気味に否定された湊月。


 その後も、急にイメチェンをした理由は特に明かされることもなく、進展のない話(主に志穂と夏音の言い合い)が続き、気付けば学校に行く登校時間へと差し掛かっていた。


 もちろん志穂と夏音からは早急な告白の返事を求められた湊月だったが、そんな大事な話を即座に決められる訳がなく、二人には一度待ってもらい放課後またこの部屋に集まることで一旦は決着をつけた。


 そして、騒々しい二人が出て行った静かな自室で、時間を確認する為に携帯の電源を付けた湊月は、スマホのロック画面に映し出された推しているユニットVTuber二人の画像を眺めながら溜息を吐き、ぽつっと誰へでもないくうへと言霊を呟く。


「急に属性反転って、そんなことある……?」


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