第14話 メイ

 今年の正月明けに、事務所に入った一本の電話から、ユイの苦悩は始まった。ユイは苦悩ではない、と言い張っていたが、傍で見ているルカの目には、イライラしている様子が目立つようになっていた。電話をかけてきたのは、入会希望の女性の母親であった。

 このケースも、事前にユイの母親から相手を探してやってほしい、と依頼されたものだった。母親のお弟子さんの友人の娘で、行き遅れになりかかっている30歳の末娘、母娘ともに、あれやこれやと条件ばかりつけて、これまで舞い込んできた話は上手くいってない、厄介な話だが、何とか条件にかなう男性を見つけてやってほしい、と泣きつかれたのだ。

 電話の内容はこうだった。

 近々、娘と一緒に結婚相談所を訪れて、正式に入会手続きをしたいと考えているのだが、内々で、事前に所長さんだけには知っておいてほしいことがある。娘の前では言えないので、こうして電話したのだ、と言う。

 厄介な話、と聞いていたが、確かにそんな臭いがする、と、そのときユイにはピンときていた。


 父親は大手製薬会社の重役を、長年勤めていたが、今は退職。三人の子供がいて、長男・長女とも、成績優秀で、現役での医大進学を果たした。今は二人とも、開業医として忙しい日々を過ごしていると言う。

 そんな優等生である兄妹の、末っ子のメイさんは、いたって平凡だった。父親は放任主義で、やかましいことは何も言わなかった。だが、母親はそうもいかない。どうしても、つい、出来の良い上の兄妹と比べてしまう。メイさんの何事にもやる気を見せないマイペースぶりに逆上し、口汚く罵ってしまうこともしばしばだった。それでも、メイさんが勉学に発奮することはなかった。

 地元の大学への進学を嫌がり、他県の女子大への推薦をもらい、進学した。これといった資格を取ったわけでもなく、平々凡々なキャンパスライフを送った後に、中堅商社に事務員として就職した。

 仕事を面白いと思ったことはない。命じられたことを、仕方なくこなしているだけだった。結婚が決まれば、さっさと寿退社するつもりでいた。人並みに恋もした。だが、長続きしない。どの恋も、男性側が愛想を尽かして、別れを告げるという形で、終わりを迎えた。そんな経験を重ねる中で、メイさん自身、うすうす自覚するようになっていった。

 私は、性格が悪い・・・かなり、

 と。そして、気が付けば、30歳になっていた。

 だから、母親から、結婚相談所に入会してみない? と誘われたとき、あっさりと了承したのだった。

 結婚相談所で紹介されるような男性ならば、ハイスペックな男性も多いのではないか? イケメンでなければ、お断りだが(一緒にいて、友人に自慢できるダンナでないと、嫌だ)、それ以上に、私を養ってくれるだけの経済力のある男性でなければ、困る。私の目標は、専業主婦になること。夫婦共働きなんてご免だ。周囲の人たちに、うらやましがられるような暮らしがしたい・・・私の願いなんて、その程度だ。

 メイさんは、大真面目に、そう考えていた。

 彼女のお母さんは、メイさんのことをふびんに思っていた。何かと優秀な兄妹と比較してしまい、ガミガミと𠮟りつけることが多くなり、母親の目から見ても、結果的にこれといったとりえのない子になってしまった。

 開業医として、羽振りの良い生活をしている兄妹に、ひけめを感じさせないために、親として何をしてあげられるのか? と考えたときメイさんと医者の男性を結婚させればいいんだ、との結論に達した。次第に、それだけが、メイさんを幸せにする唯一の道だ、と考えるようになってしまった。それを実現させることが、母親の今の生きがいにもなっていた。

 

 電話を切った後、ユイは男性会員のファイルから、職業・医師という二人を選び出した。年齢は36歳と39歳、ともに初婚だ。クリップで止めてある写真は、二人とも雰囲気がそっくりだった。地味な黒っぽいスーツを着て、どちらもカメラに正対し、ぎこちない笑顔を浮かべていた。

 その写真を眺めながらユイは苦笑するしかなかった。

 実直さは伝わってくるのだが、どうにも垢抜けない被写体として、どうすれば、自分の魅力を伝えられるのか、全然分かってない。単なるスナップ写真では、見合い写真としての役割を果たせない。

 「写真館に連れていって、お見合い写真を撮り直させようかな・・・。なんてったって、人は第一印象が、99パーセントだもんね」

 と、ユイはつぶやいた。

 学生の頃から、脇目もふらずに、勉強一筋で生きてきたのだが、40歳近くになり、そろそろ真剣に家庭を持つことも考えなければ、という思いが沸き起こってきた。それで、結婚相談所に入会した、という点でも二人には共通点があった。

 その二つのファイルを手にとり、ユイはルカに言った。

 「次の日曜日に、入会手続きをしに、お母さんとお嬢さんがここへやってくるわ。お茶の準備をお願いね」

 ユイの表情から、ルカは敏感に何かを感じとっていた。ピリピリするような、ある種の警戒心を抱いていることが伝わってきたからだ。


 入会に際しての事務連絡、見合いのシステムとその後のスケジュール、見合い相手の希望、そして、何ということもない雑談(でも、この雑談が貴重だったりする)をして、メイさんと彼女のお母さんは帰っていった。一時間ばかりの、いつも通りの入会時のルーティーンをこなしただけだったのだが、ユイもルカも、なぜか、ぐったりとしていた。ルカにいたっては、軽度の耳鳴りと頭痛に襲われていた。

 どこかなげやりな口調で、ユイはルカに聞いた。

 「どう? 」

 ルカはどう答えたらいいのか、すぐには考えがまとまらず、それでも、黙っているわけにもいかないので、言葉を絞り出した。

 「どう・・・と言われましても・・・何と言うか・・・。メイさんもお母様も、長くお話をしていると、やけに疲れる・・・というか、う~ん」

 そんな要領をえない返答でも、ユイには十分だった。

 「以下同文。あれは、いったい、何だろうね~? 言葉ひとつ、と言うけど、自分の発する言葉に対して、相手がどう受け止めるだろうか? という感受性のかけらもない人たち。メイさんが横にいるものだから、お母さんが少しはまともに思えるけど、単独で会えば、お母さんもけっこう疲れる人だよ。それぐらい、メイさんはひどい」

 ユイがそう断言すると、本当にそう! とばかりに、ルカは何度もうなずいた。

 ユイは、急に意地悪そうな顔つきになり、ルカに聞いた。

 「もしも、ルカが、メイさんの相手に選ばれ、お見合いをしたら、どうなる? 」

  一瞬だが、ルカの顔がひきつったように見えた。そして、先ほどとは明らかに違う、きっぱりとした口調で答えた。

 「お見合いは二時間ほどですよね。私には、二時間、あの方と同席する自信がありません。出来れば、その場で、お断りしたいと思います」

 ユイは満足そうに笑顔を浮かべ、 

 「ハイ、正解。満点解答だね」

 それから、まるで多重人格者のように、急に顔を曇らせると、声を低めて、嘆き節で語った。

 「これは、長引くかもしれないわね。彼女のために、果たして何人のお相手を用意しなければならないのか? 想像しただけで、うんざりしてくる・・・。あんな女性を紹介してくるなんて、どういうつもりだ!? って、クレームをつけられて、この相談所の評判が悪くなるかもしれない。そんなことになったら、またルカは職を失うかも・・・ねぇ、どうしよう? 」

 ユイは、ホントに心配そうだった。ところが、ルカは、さほど動揺したそぶりを見せなかった。そして、こう言った。

 「私は、そういうの慣れてますから。以前のように、どこかへ流れていくだけです。短い間でしたが、この相談所でのユイさんとの日々は楽しかったです。私の人生では、充実した時間でした。ありごとうございました」

 と、ルカは深々と頭を下げた。

 慌てたのは、ユイの方だった。

 「ちょっと、冗談だってば。に受けて、妙な別れの挨拶なんかしないでよ。こっちまで、ホントにそんなことになりそうな気がしちゃうじゃない! 」

 そう言って、無理やり笑顔を作ろうとした。だが、ルカは、キョトンとした表情のまま、ポツリと言った。

 「冗談だったんだ・・・」

 それから、テーブルの上に放置されていたティーカップを片付けて、キッチンへと運んでいった。ユイは、改めて、不思議な生き物と遭遇したような目で、ルカの後ろ姿を見送った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る