第11話 マリナと阪田

 見合いをしたその日の内に、事務所に阪田さんとマリナさんから連絡が入った。電話から伝わってくる二人の声は、共に弾んでいた。

 久しぶりに、心ゆくまで音楽の話が出来た。こんなにも楽しい時間を過ごせたのは、いつ以来だろう。また是非お会いしたい。ホントに素敵な人を紹介してもらって、感謝している・・・。

 まるで判を押したような同じ調子の返答だった。

 後から電話をかけてきたマリナさんには、既に阪田さんから連絡があったことを伝え、阪田さんの連絡先を教えた。それからすぐに阪田さんにも連絡した。

 ユイは、マリナさんの連絡先とともに、冷静な口調で、こう伝えることも忘れなかった。

 まだ、仮交際の期間だから、互いに行動を慎んでほしい。連絡義務はないが、デートをした際には、報告をもらえるとありがたい。その方が、サポートをしやすくなる。次の目標は本交際。本交際を実現するために、最善のサポートをするので、何か困ったことが起きたら、遠慮なく連絡してほしいと、二人が入会した際にも伝えた内容であったが、改めて繰り返した。

 冬が去り、街にも春の訪れを感じるようになった頃に、事務所の電話が鳴った。

 別件で、マッチングさせる相手について、ユイが、何人かの写真とプロフィールシートを並べて、ルカに意見を求めていたときだった。第一候補にあがっていた女性のプロフィールシートをルカは手にとっていた。相手の男性に求めることを書く欄に、

 何事にも誠実に向き合える人を希望します

 とあった。「誠実」という言葉が、ルカの目に留まったのと同時に、電話は鳴ったのだった。

 さらに、その電話の音を断ち切るように、短い音が二度、たて続けにルカの鼓膜を打った。

 プツッ!プツッ!

 まただ、とルカは、瞬時にその音の正体を理解した。

 ユイは電話に出るために、席を立った。そのタイミングで、ルカは音のした方を向いた。

 やっぱり、だった。例のアンティークのガラス製のランプ。棚に固定するために張られていた残りの二本の糸が切れていた。

 そして、キノコの傘を模したランプシェードの一つが、妖しげに青い光を放っていた。弱い光が、まるで生き物が呼吸しているかのように、点滅していた。

 ルカはユイの方を振り向いた。ユイはこちらに背をむける格好で、電話に出ていた。 

 電話―糸が切れ、妖しげな青い光を点滅させるランプ―「誠実」という言葉

 常識的に考えれば、互いに何の関係もなく、バラバラに存在しているこの三つが、ルカの頭の中では、根拠もなく、共通する何かで結ばれていた。予兆。電話してきたのはマリナさんに違いない。しかも、良くない知らせ・・・。

 黙って、相手の話に神経を集中して聞いているユイの背中を、ルカはじっと見つめた。

 手短なやり取りの後、ユイは受話器を置いた。振り向いたのだが、ユイはルカと目を合わせようとしなかった。深く自らの心の内に沈み込んでいるような表情だった。ユイの思考を邪魔してはいけない、と思いながらも、ルカは聞かずにはいられなかった。

 「電話、マリナさんからですよね?」

 ユイはゆっくりとうなずいたが、心ここにあらず、といった風情だった。

 ルカはランプのことをユイに告げようとしたのだが、どのように話を組み立てていいのか分からず、結局、一言も発せられなかった。代わりに、ユイが口を開いた。

 「そんなに時間はかからないと思うの。マリナさんがここへ、やってくる。お茶の準備をしてくれる? 」

 ルカは小声で、ハイ、と答えた後、目の縁でランプを見た。もう、ランプは、妖しげな青い光を放ってはいなかった。

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