11 and Present.
Grow up Story
「そ、それで……バレルさんがパトリシアさんの槍に刺されて……どう、なっちゃったの……? まさか……し、死んじゃったんじゃ……⁉」
「……あの雫、もしもそのときバレルが死んでいたなら、今生きているあの男は一体なんだというのですか?」
「あっ、そっか……そういえば、そうだよね……」
「……私たちが出会ってからまだそんなに経ってはいませんが、時折私は雫のことがたまらなく心配になりますわ……」
「んもう‼ 止めてよそんな顔をするの‼ 大丈夫だってば‼ それより、それから二人は一体どうなっちゃったってのさ⁉」
「えっ、あっと……そう、ですね……その後、は……。…………、……そう、ロブ・ロシェットという男に助けられたのです。それ以外は、別に、特に、何も……」
嘘は言っていない。ただ、言う必要の無いことを省いて説明しただけのこと。あの後、指一本たりとも動かすことのできなかった私たちは、半ばロブに忘れられるように放置され、かなり長い時間抱き合い続けざるを得なかった。などと、そんなことは必要の無い情報だからである。
「ロブさんって確か、ジャンブルポールの町長さん、だったよね?」
「えぇ。色々あって今でこそあの街の町長ですが、私たちを助けた当時は、町長を自称する、ただの自警団のまとめ役のような立場でしたが」
「へぇ~。それじゃあロブさんとは長い付き合いで、二人の命の恩人ってことになるんだ」
「……命の、恩人……。まぁ、解釈の仕方や、多角的なものの見方をしたならば、そう、なるのかも、しれませんが……」
「えっ、何その、煮え切らない言い方?」
「いえ、その後色々とありまして……。ロブという男は何かと問題が起こる度に私たちを呼びつけて、毎回毎回、本当に毎回、無理難題を吹っ掛けるような男だったのですわ。だから、素直に恩人とは言い辛いと言いますか……。悪人ではありませんが、とにかく胡散臭くてアクが強くてですね――」
パトリシアの因縁について語り終えてからも、私は尚も色々と話し続けた。こんなに長い時間、私の方から何かを語ってみせたのはいつぶりだろう。いや、もしかすると初めてのことかもしれない。だけど私は、どうしてこんな話を雫にしたのだったか。私は雫にどうしてほしくて、こんな話を。
「……それで、ちょっと話は戻るんだけどさ……ねぇシャロ、さっきはどうして私に謝ったりしたのさ?」
暫く他愛の無い話が続き、区切りが付いた頃、私の意表を突くように雫がそう切り出した。それに対して、私は――。
「えっ、いや……それは、その……」
即答することができなかった。本音と建て前。それらが頭を行き来している内、どちらが本当に言いたかったことで、どちらが言うべきことだったのか、私には分からなくなってしまったからだ。
「それは……私たちの元へ引き留めることが、雫の妨げになると思ったから、ですわ。あの女はHDWの社長令嬢ですから、経済的な面でずっと優れた待遇が約束されています。それに比べて、私たちは根無し草な場末のリベレーター。この先のことを考えたなら、向こうに付いた方が絶対に良かった筈なのです。ですから……今からでも、もしも雫にとってそっちの方が良いと思ったのなら――」
「……なにさ、それ」
「……えっ?」
「なんでッ、なんでそんなことを言うのさ⁉ なんで謝ったりなんかするのさ‼ わ、私は、あのとき……二人に、誘ってもらって……凄く、本当に凄く嬉しかったのにッ……‼」
雫の目元には大粒の涙が溜まっていた。どうにか堪えようとはしているようだったものの、それはすぐに
「し、雫……あ、の……」
「シャロだって……‼ お金や待遇なんかどうだって良くて、バレルさんと一緒の方が良いからって残ったんじゃない‼ シャロも、バレルさんもそうしたのに……なんで、私には……そんなこと、言うのさ……」
合理性を求めたなら――環境面や経済的に――今後のことを見据えて――。あぁ、駄目だ。雫の為を思う言葉が幾つも浮かぶけれど、それは全て建前だ。そんな言葉を幾ら吐いても、雫も、それに私自身も納得なんてできやしない。さっき言ったことは全て間違っていた。本当は、これからも雫と一緒にいたい。それが本心だった。だけど私は、この期に及んでもそんな本心を口にすることができなくて――。
「……ごめん、ごめんなさい雫……本当に、ごめんなさい……」
気が付くと、私はひたすらに謝りながら、雫の頭を抱えて撫でていた。こんなこと、なんの解決になる筈もない。なんの説明にもなっていない。もしも私と雫の立場が逆だったなら、きっと私はただ困惑していたに決まっている。自分でやったことながら、どうしてこんなことをしたのかが分からない。けれど次第に雫は落ち着いてきたようで、何故か私も内心安心しているようだった。
どれくらいそうしていただろう。雫のすすり泣く声が止んだ頃、私はなにを言うべきなのか悩んでいた。すると、不意に雫の方から――。
「……ねぇシャロ、聞いても、良い?」
「は、はい。なんですか?」
「シャロは、後悔しているの? その、パトリシアさんのこと」
「…………、……そう、ですね。あの女の手を跳ねのけてから今日まで、本当に色々なことがありました。正直に言えば、あの街で起こったことは辛くて、大変なことの方が多かったのだと思います。それに今になって考えてみると、あのとき別の選択をしていたなら、きっと楽で、もっと裕福な暮らしができていたのかもしれません。ですが、私は後悔なんかしていませんわ。だって、あのときあの女の手を取っていたなら、今日まで得られたことの全てが手に入らなかったのかもしれないのですから。それに、こうして雫と出会うことだってできなかったのでしょうし」
「……そっか、そうなんだね……。……よし! 決めた!」
「ん、何を決めたのです?」
「うん。私、テストは全科目赤点だし、ジニアンとして未熟だし、二人には迷惑を掛けると思う。あぁいや……と言うか、今までも迷惑を掛けっぱなしだったとは思うんだけどさ……。と、とにかく、やっぱり私はシャロやバレルさんと一緒にいたいんだ。だから私、パトリシアさんを倒してみせるよ。それが二人と一緒に居ても良い理由になるかは、ちょっと分からないけど。それじゃあ駄目、かな……?」
「……いえ、良いと思いますよ。フフ……実は私も、いつかあの女には仕返しをしてやろうと考えていたのですが、そういうことならば、その役は雫に託しますわ」
「うん! 任せてよ!」
「ですがそうなると、雫はコートヤードのクラスマスターになってしまいますね」
「あっ、そっかぁ……。それじゃあ、折角だからついでに、そのクラスマスターっていうのになっちゃうっていうのはどう?」
「お、おぉ……突然雫が強気なことを……。少し前までは、試合に出ることさえも渋っていましたのに……」
「いや、だってさ、腹が立つじゃない! 二人を逆恨みしていたっていうのも許せないけど……あの人、皆が選んでくれた私の装備をみすぼらしいって言って馬鹿にしたんだよ⁉ それが一番許せないんだもん‼」
「あぁ、あの女は昔からそうだったのですわ。私に声を掛けてきたときも、第一声で人のことをモノ扱いするような嫌な奴で――」
***
「出て行くタイミング、逃しちまったかな。フッ……」
物陰に隠れて二人の様子を伺っていたが、どうやら心配は無さそうだ。
思えば、出会った頃よりも色々な面で人間らしく振舞えるようにはなったものの、生い立ちの都合上、シャロにはずっと歳の近い友人を作ってやれないことが気がかりだった。だが雫がうちに来てくれたお蔭で、あいつはこれからきっと良い方向へ変わって行くだろう。ったく、これじゃあまるで娘の成長を見守る父親みたいじゃねぇか。
そんなことを考えながら、夜の訪れない街の光が楽し気に話す二人の顔を照らし出す光景を見届けて、俺は一人立ち去った。
Liberator. The Nobody’s.2 黒ーん @kulone
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