大文字伝子が行く37

クライングフリーマン

大文字伝子が行く37

モール。喫茶店アテロゴ。二人の男がテーブルを挟んで向かい合わせに座り、お互いを睨んでいる「決闘するなら、外でやってくれるかな?」と物部は言った。

伝子のマンション。ベッドの中で、伝子は言った。「学。」「なんだい、伝子。」「その呼び方、慣れた?」「まだ、慣れない。伝子さんじゃダメなの?」「ううん。朝食にしよう。」

30分後。着替えた二人は食堂でフレンチトーストの朝食を採っていた。

「なあに、話って。」「この間、女子会やったよな、奥の部屋で。」「うん。盛り上がっていたね。」「それとなく確かめたんだ。あの事件で、4人目のメンバーの白神一曹が、なぎさがレイプされた時に処女だった、って言ったんだ。松波一尉のこと覚えてるか?」

「勿論。あの時も一佐は精神的に随分参ったんだよね。」

「なぎさは、五十嵐伝子一佐と、その、LBGTの関係だった。だから、松波はプラトニックラブしか出来ず、依存症になってしまった。お前とは大学時代、セックスに失敗した。」

「僕は未熟だった。それだけ。」「お前とは、このマンションにお前が転がり込む迄ずっと、プラトニックだった。お前はそれで満足出来たのか?依存症にならなかったのか?」

伝子に紅茶をいれてやりながら、高遠は応えた。「煩悶はしていたよ、ずっと。でも、恋愛対象の前に伝子さんは、僕の大切な先輩だった。そして、僕には福本やヨーダがいた。特に、ヨーダは、あいつなりに励ましてくれていた。」

「あいつは本当にいい奴だ。そうか。。ただただ悩み続けるかどうかは、個人差があるんだな。」「一佐はあの時、気づいてやれていなかった自責の念が強かったと思う。それだけに、普通の恋愛をしたかっんじゃないかな。それでレイプされて、ああ、自分にはもう恋愛出来ない、しちゃいけない、と思うようになった。」

「大した分析だな。」「今の推理は、池上先生の受け売り。また沈み込むようなら、報告してくれって言われてる。花嫁衣装着て、少しは変わった?」「うん。レイプのことも自分から話してくれて、スッキリしたみたいだった。」「女子会、大成功だったんだね。」

「うん。学。やっぱり、一人きりの時は伝子って呼んで。私もなるべく『男言葉』止める。」

その時、伝子のスマホが鳴った。「なんだ、通じるじゃないか。」「どうした、物部。」

「助けてくれ、ってLinenにメッセージ入れたのに、読んでなかったのかよ。」「すまん。今読んだ。喧嘩の仲裁?」「とにかく頼む。」「分かった。」と電話を切った伝子は台所の非常口に行こうとした。「また怒られるかな?」とDDバッジを押した。「はいはい。靴忘れちゃダメだよ、伝子さん。あ、伝子。」と高遠は靴を伝子に渡し、非常口の外に縄梯子が下りて来た。

モール近く。伝子は物部の店近くにダッシュした。辰巳と、前のウエィターの下条が口喧嘩をしていた。「だから、彼女を返せよ。」「だから、知らないって。」

側に愛宕がいた。「愛宕、どういうことだ。喧嘩しているって物部が言っていたが。」「一応、民事不介入ですけどね。モール入り口のたばこ屋のおばちゃんが、何とかしてって言うもんで来てみたんです。簡単に言うと、下条君が駆け落ちした相手の橋本さんは、辰巳君の元カノで、橋本さんが姿を消したので、下条君は辰巳君とよりを戻したのだろうと・・・。」

「だから、邪推だって。確かに元カノだけど、分かれたからこそ、君と付き合っていたんじゃないのか、って言ったんです。マスターの店にはバイト情報誌見て応募したんであって、彼女とよりを戻す為じゃ無い、って言っているんです。」

「飽きたんだろ?その橋本さんは。下条君に。辰巳君が嘘を言っているようにも見えないし。もし、書き置きとか無かったんなら、愛宕に捜索願い出しなよ。」

「それがいいですね。流石先輩。両成敗完成。辰巳君、仕事に戻っていいよ。」

その時、伝子のスマホが鳴った。「アンバサダー、私用に使っちゃダメでしょ。それより、事件発生。すぐにオスプレイの場所に戻って。」と、理事官の声がした。「了解。」と電話を終えた伝子は、「後は頼んだぞ、愛宕。」と言いながら、去って行った。

「あの人誰ですか?」と下条が言ったが、愛宕は無視して、「じゃ、行こうか。パトカーあっちだから。」と言った。

オスプレイの中。渡されたヘッドホンから理事官の声が聞こえた。「銀行強盗発生。場所は横横線野地駅前の野地銀行の支店。駐車場に渡辺警視と白藤警部補が乗ったワゴンが駐車している。オスプレイからは1ブロック先で下ろして貰って。」

野地銀行支店の駐車場。福本のワゴン車を見付けて、走ってきた伝子は乗り込んだ。

「先輩、遅いですよ。」と運転席から福本が声をかけた。あつことみちるが伝子にスーパーガールの格好に着替えさせた。「ちょっと、窮屈だな。」「防弾チョッキ。やっぱりコスプレ衣装店のスーツの下には無理だわ。」「いいよ。チョッキなしで。」

急いで伝子は銀行に入ったが、銀行員以外いない。「犯人は?人質は?」「スーパーガール。行っちゃいました。外に駐車してあった、幼稚園の送迎バスに乗って。」そこに、駐在らしき警察官が覗き込んだ。

「私は犯人を追います。あなたは、銀行員さん達に事情を聞いて。」「了解しました。」と警察官は敬礼をして、伝子を見送った。銀行員は不思議な顔をしていた。

外に出ると、送迎バスは出た後だった。通行人がやはり伝子の格好を不思議そうに見ていた。そこへ、電動アシスト自転車に乗った筒井がやってきて、こう言った。「スーパーガール。これを使って下さい。」自転車を降りながら、筒井は白紙の名刺を伝子に渡した。

「ありがと。必ず返します。で、バスは?」「国道方面です。」

人々は、電動アシスト自転車に乗ったスーパーガールを見送った。子供が指さして言った。「あの自転車・・・。」「見ちゃいけません。」と、何故か母親は子供の目を塞いだ。

信号で止まった時、伝子は素早く自転車の前かごにスマホをセットした。この自転車は伝子が学に買い与えたものであり、前かごにはスマホその他を格納出来る隠しボックスがある。DDバッジを押した上で、伝子はスマホでEITOを呼び出した。

「今、電動アシスト自転車で移動中。」と伝子が言うと、「ああ、大文字君。いや、スーパーガール。実は君の後輩の服部君から連絡があってね。彼らがバスに乗り込む所を目撃して、自分のDDバッジを車体に貼り付けたらしい。車両ナンバーも覚えてくれていて、助かったよ。すぐに広域手配した。」と理事官が説明した。

「では、誘導願います。次の交差点はどちらへ行けばいいですか?」と伝子が尋ねると、草薙が応答した。「次の交差点は左。南方向ですね。」「了解。」

「でかしたぞ、服部。」と言いながら、伝子は左にハンドルを切った。

1時間後。伝子はアジトに到着した。廃屋の古民家だった。EITOベースに連絡した後、伝子は覚悟をして踏み込んだ。そこにいたのは10人の男女だった。

「どうやら、凶悪犯タイプでもなさそうだな。」と、伝子が言うと、真ん中の男が口を開いた。「今日は空からじゃないのか、スーパーガール。」「ああ、生憎電池切れでね。」

10人の男女は一斉に銃を伝子に向けた。伝子はとっさに物陰に身を隠した。

やたら撃って来る彼らは、共通して射撃が下手だった。弾を避けながら、伝子は思った。人質は?そうか、グルだったんだ。

その時、犬の鳴き声がした。しかも数匹。サチコを初めとした3頭の犬が彼らに襲いかかった。彼らが怯んだのを見た伝子は、彼らの銃を次々とトンファーで弾き飛ばした。

あつこが警官隊と共に突入し、彼らを逮捕連行した。

「間に合って良かった。おねえさまのことだから無事だとは思ったけど。」と言うあつこに、「人質はいなかったんだ。銀行強盗係と人質係がいただけだ。あのバスは?」と伝子は尋ねた。

「幼稚園側はかなり困ったらしいわ。迎えに行った後で盗まれるなんて。取りあえず、警察の車両で幼稚園児は迎えに行くことになっているけど、バスを返すわ。」

「なんで、あそこに筒井がいたんだ?」「先輩の家に行ったら、高遠さんが、任務でいないと応えて、EITOベースに問い合わせて強盗のことを聞いて、高遠さんの自転車を借りたらしいわ。車、どうしたの?」「車検だ。」「なるほど。」

「やっぱり防弾チョッキ、あった方がいいな。」「みちるが、コスプレ衣装店を脅して調達して来たけど、防弾チョッキは入らないものね。理事官がまた、改めて用意するって言ってたわ。」

「なあ、あつこ。前から思っているんだけど、いちいちコスプレする必要あるのか?」

「おねえさまがノリノリだから定番化したのよね。理事官に言っておくわ。」「頼む。」

午後7時。伝子のマンション。

物部が感心していた。「銀行強盗係と人質係ねえ。」

「取調室で、あっさり自供しました。コロニーの時に商売が立ち行かなくなり、給付金も底をつき、ネットで募って事に及んだそうです。銃と実弾は、ネットで調達したようです。」と愛宕が一気に話した。高遠がコーヒーを愛宕に渡した。

「今回はお手柄だったな、服部。人質は怯えている様子がなかったんだろう?」「そうなんですよ。人質を誘拐して、改めて身代金を要求って訳じゃなかったんですね。」と服部が応えた。

「情状酌量の余地はあっても、軽い刑にはならないでしょうね。」と青山警部補は言った。

「と言うわけで、別れの挨拶。」と言いながら、筒井が奥の部屋から入って来た。ランプは点いている。「アナウンスが不評だったんで、廃止したそうだ。」

「別れの挨拶?って。」と伝子が言うと、「外国での任務になったそうですよ。」と高遠が言った。「ばらすなよ。」と、筒井は笑った。

「そうか。自転車、助かったよ。そもそも、着替えに手間取らなきゃ・・・。」

「ごめんなさい。」とみちるがふくれっ面で言った。

「いや、責任は理事官にあるわ。急に『スーパーガールも悪くないな』って言い出した副総監を止めないからよ。」

「悪かったな。謝罪する。それで、喧嘩はどうなったんだ?」と理事官は画面の中から尋ねた。

「どうなんだ、物部。」「大文字が言った通り、下条はふられた、いや、捨てられたんだよ。」

「伝子が行った後、私たちの眼の前を、その子と『今カレ』が手を繋いで通ったのよ。呆れたわ。」と栞が言った。

「署に連れて行く必要なくなったな、と思っていたら、いきなり下条が泣き出しちゃって、辰巳君が慰めてました。」と、愛宕が言うと、「不思議な光景ですね。」と南原が言い、皆が笑った。EITOベースの画面は消えた。

その時、チャイムが鳴った。「カレーの話、してなかった?カレーはないけど、レシピならあるわ。今度、新作出して、生徒さん達に試食して貰ったら、好評でね。はい、高遠さん、愛宕さん、青山さん、マスター、南原さん、服部さん、栞さん。」と藤井は順にレシピのコピーを配った。

「同病相憐れむって、やつですかね、副部長。」と依田が言うと、「同類相憐れむ」じゃなかったか?」と物部が言った。

伝子が笑いだして、「どっちだっていい。いつもヨーダ達がやってることさ。」「そんなあ。」

一同の笑いは暫く続いた。

ー完―



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大文字伝子が行く37 クライングフリーマン @dansan01

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