長い夜を超えて

石動 朔

第1話 少年との出会い

 お前は熊から逃れようとしている。 しかし、その途中で荒れ狂う大海に出会ったら、もう一度獣の口のほうに引き返すのか?

            

Byウィリアム・シェイクスピア



 ある日、とある難民キャンプで一人、ボランティア活動をしていた女性とぬいぐるみの話をしたことがある。

 抱きしめるとほのかな温かさと、心地よく柔らかい、そんなカワウソのぬいぐるみが大好きだと彼女は言っていた。

 その時俺はあることを思い出し、何故かこのようなことを言ってしまった。


 カワウソは肉食で人をも襲う凶暴な生物だということを。


 彼女は必死に、私のカワウソはそんなことしないと言い張っていて、そんな彼女がかわいいと思うとともに、こんな大事にしているカワウソを悪くいってしまったことに申し訳なさを感じた。

 彼女は、それについては怒ることもなく(多少は怒っていたと思うが)俺に何故このようなことを言ったのかということを聞いた。

 何故こんなことを言ったのか、それは自分が体験したあることを思い出したからだった。言い訳をするつもりではなかったが、彼女が聞きたいというので俺はあの日のことについて話し始めた。

 

 そう、君の持っているぬいぐるみも生きているかもしれないということ、そしてそのぬいぐるみが善か悪かわからないということを。

          

                 

 二年前の冬、自分は職を転々と回っていて、今回は北海道に訪れていた。

 ある夕日が落ちかけ、その後ろから追いかけるように暗闇の空が覆ってきた黄昏時のこと。

 俺はいつもより遅めな時間で帰路に就いていたが、その途中にある公園でこの時間らしからぬ者がいた。

 

 始めは公園の電灯がついてなく、辺りが暗くなってきたのも相まってよく見えなかったため、通り過ぎてしまおうと思っていたが、その公園に近づくたびにしくしくと泣いている声が大きくなっていった。

 やがて街灯がちらほらとつき、その灯りの下に照らされ、肩を震わせながらしゃがんでいる男の子が目についた。


 男の子は四歳か五歳くらいの小柄な子で服は所々が泥で汚れていて、気味が悪かったから本当は見過ごすつもりだった。しかし自分の中にいる口うるさい天使が、「困っている人がいたら助けろ」とやっぱり口うるさく言ってくる。


 散々迷った挙げ句、俺は仕方なく公園の中へと足を運んだ。


 相変わらず泣いている男の子にとりあえず声をかけようと思い、その子と同じ目の高さまでしゃがむ。


「だ、大丈夫?」

 

 今まで散々平和的に生きていない俺には、小さい子と話す機会が本当にないので、言葉がたどたどしくなってしまうので何が最良で、傷つけない言葉なのかを丁寧に選ぶつもりだった。

 俺の声に気づいた男の子は顔をゆっくりとこちらに上げる。すると今までの涙目から一変変わって、何故か期待を含んだ眼を俺に向けてきて、わけのわからないことを言い出した。


「お兄さん、くまさんのお友だち?」と。

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