第24話 暗躍



「撃て! 撃て、撃てっ!」


 隊員たちに慌てて指示を出すパオロの声が、ミケーレの耳に届いた。マリアが〝人形使い〟の傍にいるのもお構いなしの指示だ。かなり動揺しているのだろう。それを聞き留めたマリアが〝人形使い〟から離れ、距離を取る。

 直後に、HK33アサルト・ライフルが一斉に火を噴き、降り注ぐ5・56ミリ高速弾が〝人形使い〟を蜂の巣にした。身体中で銃弾を浴びた〝人形使い〟が、まるでボロきれのように吹っ飛んだ。


「殺ったかっ!?」


 パオロの期待の籠った声を裏切るように、またも〝人形使い〟が起き上がった。両の手も地面につき、四つん這いである。しかも、よくよく見れば、四肢の関節が1つ多くなっていた。脚部を見てみれば、太腿の上にもう1つ関節が付き、膝から下は倍くらいの長さに変わっている。腕なら、上腕の上にもう1つの関節、そして腕の長さが倍――といった具合である。昆虫か、クモなどの多足類を思わせた。〝人形使い〟はその四肢を、バタバタと慌ただしく動かし、包囲の輪を狭めていた隊員たちへと疾った。

 その予想外なほどの速さ!

 不用意に近づき過ぎていた2人の隊員たちを両手の爪で仕留めるや、さらに付近にいた3人の隊員たちへと疾り寄った。

 3人の身体が宙に舞った。バラバラになって――。


 その血風舞う光景に釘付けになったパオロの真正面に、〝人形使い〟がいた。振り上げた血塗れの爪が、遠い街灯に反射して鈍く輝く。その爪を見上げたパオロが、小さな声で何事か呟いていた。


「わ、私も殺すのかっ!? 約束が違うではないかっ……!」



 パオロの頭を過ぎったのは、今朝のことだった。ミケーレに怯え、教会を後にしたパオロは滞在しているホテルに戻って来た。

 自室――当然、スイートルームである――に入り、むしゃくしゃする気持ちを落ち着かせようと、シャワーを浴びることにした。その前に、VinoヴィーノBiancoビアンコ――白ワインと、Prosciuttoプロシュットcrudoクルド――生ハム、他にも適当な肴をルームサービスで頼んだ。こんな時は、飲んで憂さを晴らすに限る。


『シャワーを浴びるので、応対が出来ないかも知れない。その時は、ドアの外に置いておくように』


――とも伝えておいた。


 パオロはシャワーを浴び、バスローブを纏って浴室から出て来たが、まだルームサービスは来ていないようだった。


(まったく……気が利かんな)


などと思っているうちに、ドアをノックする者がいる。


「やっと、来たか」


 パオロは、遅いルームサービスに文句の1つも言ってやろう――と考えながら、ドアを開けた。

 しかし、ドアの外に立っていたのはルームサービスではなく、見知らぬ少年だった。パオロの笑顔を向ける少年。その肩にはが載っていた。


 どこかで会ったことがあるか――?


と記憶を辿ったが、やはり、微笑を湛えるこの顔に覚えはない。パオロは首を捻った。


「君は誰だね?」


 パオロは少年に問い掛けた。少年が口を開いた。


「初めまして――かな? ヴォナッティ卿」

「どうして、私を知っている?」

「僕を知らない? そんなはずはないんだけどな」

「何を言ってる? 私は、君など知らんぞ」

「そう? でも、〝人形使い〟という名前なら?」

「にっ……〝人形使い〟!?」


 パオロもその名なら知っていたようで、慌てて部屋の中へと飛び退いた。しかしながら、今の彼はバスローブ1枚の丸腰で、これでは〝人形使い〟を迎え撃つなど出来ようはずもない。パオロは死を覚悟した。


「ああ、そんなに怯えなくていいよ。僕は話をしに来たんだ。いや、提案かな」


 そう言いつつ、〝人形使い〟は部屋へと踏み込んできた。そのまま、怯えるパオロを尻目に、部屋に置かれた豪奢なソファーに足を組んで座り、向かいの席を指し示した。パオロに、座れ――と言うのだ。見た目は少年だが、所作には年季の入った貫禄がある。

 パオロは戸惑い、立ちすくむだけだった。それに苛立ったか、〝人形使い〟が、


「座れ――と言ってるんだ。話をしに来たと言っただろ?」


と、促した。僅かに怒気が籠った声。パオロは躊躇いつつも従った。ぎこちなくソファーに腰掛ける。今の彼に否やはなかった。拒否をすれば、殺されよう。


「そんなに緊張しなくても……まあ、いいか。それで、だ。提案なんだけど」

「な、何をだ?」

「ある場所に、〝怪物〟とジル・ド・レエを誘き出すから、彼らを討ち取ってもらいたい」

「どういうことだ?」

「〝怪物〟とジル・ド・レエ。この2人を売る――と言うんだよ。彼らを始末してくれればいい」


 〝人形使い〟は教会側に仲間の2人を売る――と提案してきた。もう1時間もすれば、今度はミケーレとマリアにも同じ提案をすることになるのだが。

 それはともかく、〝人形使い〟の提案をパオロは信じ切れなかった。

 何故、仲間を売る――?


「何故、そんなことをする? 仲間ではないのか?」

「簡単なことさ。彼らとは利害が一致しないからさ」

「同じ目的ではないのか?」

「端的に言えば、〝怪物〟が独り占めを企んでるのさ。それは都合が悪くてね」


 パオロは熟考するように、俯いた。〝人形使い〟の言うこともあり得るだろう。


「そうだとして……だ。私にどうしろと?」

「言ったろ? 奴らを始末してほしい。君の立場なら、人手を集められるだろう?」

「教会の部隊を呼べ――と?」


 今回の任務に必要だとして、パオロは異端審問会に属する〝特務部隊〟を引き連れて来ていた。それを〝人形使い〟が知っているとは思えなかったが、知らないとも言い切れない。現に、自分のことも知っていたではないか。


「手段は任せるさ。呼んである特務部隊を使おうが、あの2人に任せようが、好きにしたらいい」

「あの2人?」

「今朝、話をしてたんじゃないのかい?」

「聞いてたのか?」

「内容までは知らないよ。そこまで近付いたら、彼らに見つかってしまうからね」


 〝マリアを妻に〟……云々を聞かれていなかったと分かり、パオロは内心、胸を撫で下ろした。

(あんな話を聞かれてたまるか)

 恥ずかしい――と、そう思ったのである。


「そういうわけだ。協力してもらうよ」

「承諾すると思っているのか?」

「思ってるさ。どうせ、特務部隊か何かがこのホテルに帯同してるんだろうけど、助けを求めても無駄だよ? 間に合わない」


 パオロの行動など見透かしているように、〝人形使い〟が言った。


「いいじゃないか。奴らを始末することに変わりはないんだし、それで君は手柄を立てられるんだ。そう悪い話じゃないだろ?」

「それはそうだが……」

「それにね。もとより、君に選択権はないんだよ。断れば、今ここで死ぬだけさ。さっきも言ったけど、君が死ぬまでに、助けは間に合わない」

「……」


 幼さの残る顔に凄みを効かせて、〝人形使い〟が拒否した場合の結果を告げた。


「OK――ということでいいのかな? 場所はもう決めてるんだ。後は時間だけど……」


 パオロが承諾したと判断して、〝人形使い〟が話を続けた。



 

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