第25話 〝人形使い〟




「わ、私殺すのかっ!? 約束が違うではないかっ……!」


 強張って動けないパオロを、ミケーレが突き飛ばした。もんどりうってパオロが転がる。


 あいつ、〝〟と言ったか――?

 あいつと〝人形使い〟がつるんでたか――。


 パオロの発した言葉の意味を計りながら、振り降ろされた〝人形使い〟の爪を、刀で擦り落として捌く。返す一撃で、ミケーレは〝人形使い〟の腕を斬り落とした。しかし、ジル・ド・レエによって斬られた腕が戻ったのと同様、ミケーレが斬り落とした腕も、やはり元通りに復元した。

 それを確認するや、ミケーレはマリアに声を掛けた。


「マリア! 時間を稼ぐ。彼らを逃がせ。彼らの武器じゃ、奴に効かん」

「わかったわ」


 マリアに撤退を任せたのは、同じ組織に属するマリアからの指示のほうが、彼らとしても納得しやすいと判断したのだろう。即座に理解したマリアが、指示を出し始めた。手近なところにいる隊員から指示していく。


「撤退するわ!」

「逃げなさい!」


 各自に声をかけ、撤退を促す。隊員たちも訓練された協会所属の者たちであった。蜘蛛の子を散らすように、バラバラになりながらも、何とか逃げ出した。そこへもう1つ、マリアにミケーレの声が飛んできた。


「それから――、を捜せ」


 えっ――?

 言われたマリアは、周りを見回した。即座にミケーレの言わんとするところを悟ったのだ。

 そう言えば、特務部隊が現れた頃から、その姿を見ていない。

 小さい――――だ。

 瞳を凝らし、周囲を探った。闇に溶け込み易いとはいえ、本来、紅は注意を惹く色だ。ただでさえ、目立つ。

 周囲に植わった樹々にも注視していると――、

 クスノキの樹が数本、纏まって植わっている一角があった。。その1本の樹の、横に張り出した枝の上に立ち、両手の掌を広げ、何かを操っているように腕を突き出して、ゆらゆらと頻繁に動かしている。教会に〝人形使い〟の〝使〟としてやってきた、紅いドレスを着た、あの洋人形だった。

 その姿を認めるや、マリアは2本の投げナイフを抜き取り、投擲した。閃光の速さで飛来した投げナイフを、洋人形は避けきれなかった。


「ぴゃっ……!」


 奇妙な声を残し、洋人形はコナラの幹に投げナイフで縫いつけられていた。腹部を貫くナイフを抜こうと、もがいている。洋人形の全高は40センチメートルほど。刃渡りだけで20センチメートルもあるナイフを引き抜くなど、出来ようはずがない。

 マリアはゆっくりと、洋人形を縫い留めたコナラの樹の下にやって来た。軽く膝を折って跳び上がると、洋人形が立っていた枝に乗った。もがいていた洋人形がそれに気付き、マリアを睨みつけた。その顔には、今朝の愛らしさは微塵もなく、あるのは年経た老女のような鬼の形相。歯軋りが聞こえてきそうなほどに歪めた小さな口には、これも小さな牙が覗いて、ガチガチと鳴らしながら、苦鳴と罵りを漏らしている。


「あなただったのね」


 マリアが静かに言った。

 この〝洋人形〟こそが、〝人形使い〟であった。

 〝人形使い〟はその本体を人形に移すことで、陽光の中での活動をも可能としたのだ。もっとも、その代償として、本体は自身の維持に必要な僅かな吸血行為以外の能力を失ったが、しかし、それを補って余りあるほどのメリットも得ることとなった。

 それは、特に戦闘時に大きかった。誰も肩に乗った〝洋人形〟が本体とは考えず、そうして他者の眼を欺くことで、危険を極力、回避してきたのだ。

 また、操る〝人形〟自体やその機構・からくりを改造・強化していくことで、〝人形使い〟としての自分を強くすることが出来たのである。


「貴様! 貴様! 貴様!!」


 ナイフを掴んだまま、〝洋人形〟が呪詛のように繰り返した。


「よくも、よくも……!!」


 マリアが手にした剣を一閃した。


「よく……も……」


 〝洋人形〟の首がずるりと落ち、コナラの樹の下へと落下した。マリアは1度だけしか剣を振るわなかったように見えたのに、落ちていく途中で、頭部は縦に真っ二つに割れた。首を失った身体は、幹に打ちつけられたまま残った。

 〝人形使い〟はマリアが〝洋人形〟を幹に縫い留めた時点から、ミケーレの面前で、糸の切れた操り人形のようにくずおれていた。ミケーレはマリアが〝洋人形〟を始末したのを確認して、動かなくなった〝人形使い〟に近づき、〝人形使い〟が付けていた仮面を外した。仮面はすんなりと取れた。

 白い仮面の下には、あの少年の顔。絶息したかのように見開いたままの瞳を見れば、それはガラス玉で出来ていた。口元には、切れ込みがあった。これで下唇から下部が、腹話術の人形のように動く仕組みである。

 この〝人形使い〟本体と思われた少年のほうこそ、操られていた〝人形〟であった。

 〝洋人形〟――〝人形使い〟が滅びた今、ただの操り人形に戻ったのだ。


 ミケーレが最初に疑念を抱いたのは、〝洋人形〟が教会を訪れた時だった。〝洋人形〟にただならぬ気配を感じたからである。以前、擦れ違った時は少年と一緒であったから、どちらがその気配を発しているのか――が分からなかったが、教会には〝洋人形〟が1人で来たために、それと分かったのだ。マリアは〝洋人形〟としか会っていなかったので違いが分からず、すぐに気付かなかったのであろう。

 その次が、少年の胸を刺し貫いた時であった。心の臓を穿ったにもかかわらず、出血が少なかったことと、貫いた刀身から伝わる感触に疑念を持った。脈動など、体内での様々な振動や音に違和感を覚えたのだった。


 ミケーレは外した仮面を手にしたまま、少年の人形を見下ろしていたが、おもむろにその手の仮面を棄てた。仮面は少年の顔を隠すように、その顔の上に落ちた。

 〝洋人形〟に片を付けたマリアが、近くまで歩いてきた。まだ、剣は抜いたままだった。傍まで来て、マリアも少年の人形を黙って見詰めた。


「さて……」


 ミケーレが小さく呟いた時、その背にぞくりと冷気が疾った。同時にマリアにも。

 2人が振り向いた方向に、パオロがいた。部隊の隊員たちが散り散りに逃げ出した時、パオロも一緒に逃げ出していた。

 〝人形使い〟に密約を反故にされて殺されそうになったことが、前線にあまり出たことがない彼にはかなりショックだったらしい。いつもの不遜な表情は影を潜め、切迫した顔で形振り構わずに公園の外を目指していた。

 その進行方向に、2つの人影があった。黒衣を着た男性らしき人影は知らないが、もう1人の服装には覚えがあった。ゆらりと佇んでいるのは――。


「沙月!?」


 マリアが呟いた。嫌な予感がぎる。ミケーレは駆け出していた。マリアも続いた。



 

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