第10話 二人で登校




「本当に大丈夫かしら…。」


「平気だよ。俺と離れないようにね。」


そう言われて学園に着いてからジルの腕に手を添えて歩いている。

ジルが令嬢を連れて歩いてるのがめずらしいのか、私自身がめずらしいのか、

かなりの学生から見られている気がした。

ジルを見ても平気な顔をしている。この視線に慣れているんだろうか。


「ねぇ、ジル。どうしてこんなに見られているの?」


「俺がリアを連れてるからと、リアが可愛いから。」


「…ジルが令嬢と歩くのはめずらしいの?」


「めずらしいというより、今まで無いからな。」


「無いの?今まで婚約者候補やエスコートした令嬢はいないの?」


「いないよ。だから見られてるんだろう。」


「そうなのね。」


これだけ綺麗な顔立ちしていたら声をかけてくる令嬢は多いだろう。

ましてや大公の息子だし、公爵家の跡取りだというなら、

ほとんどの令嬢が婚約したいと思うのではないだろうか。


それなのに誰もいなかったなんて、よほど女性嫌いだった?

でも、それだと私と婚約しようと思った理由がわからない。

シャハル王子から助けようとしてくれる気持ちだけで婚約したのだろうか。



教室に入ると、一層ざわめきが大きくなった。

令息たちがかたまっている真ん中にシャハル王子がいるのがわかった。

こちらを見て驚いた後、あきらかに怒っている表情に変わった。

やっぱり怒ってる…揉めずに終わるとは思えない。

それなのにジルは何も反応せずに私をシャハル王子から離れた席に案内してくれた。


「ここはいつも俺が座る席。リアはその隣ね。」


教室の一番奥の席が指定席らしい。

二人掛けの席だが、どうやらいつもジル一人で座っていたようだ。

その周辺には誰も座らないのを見ると、

ジルには近寄ってはいけない何かがあるのだろうか。


とにかく留学二日目だし、ちゃんと授業を受けたい。

そう思って、授業に集中することにした。

今日は一時間目が終わっても、シャハル王子が話しかけに来ることは無かった。

事態が動いたのは昼休みになる時だった。


「ジルアーク、どういうことだ。

 それは俺のものだ。」


シャハル王子に俺のものと言われ、全身に鳥肌が立ちそうだった。

他国の令嬢にこのような言い方とするとは、王子としての資質を疑ってしまう。


「シャハル、何を誤解しているんだ?

 俺の婚約者のことを言ってるのか?」


「お前の婚約者だと?横取りしたのか?

 その令嬢は婚約者を探しに来たんだろう。昨日俺が婚約してやると言ったんだ。」


「違うよ。婚約者を探しに来たわけじゃない。

 最初から俺と婚約するために来たんだ。

 もうすでに陛下も認めて、正式に婚約が成立している。」


「なんだと!」


「昨日は王宮で手続きしてたから学園で一緒にいられなかったけど、

 もうすでに大公家に住んでいるし、行き帰りも一緒だ。

 期待させて悪かったけど、俺の婚約者だからあきらめてくれ。」


「…!」


シャハル王子は怒りで真っ赤になった後、何も言わずに教室から出て行った。

その後を側近らしき令息たちが追いかけて出て行った。


「おそらく王宮に文句を言いに行っただろうな。」


「陛下に?大丈夫なの?」


「大丈夫。陛下と父上は今ごろは全部わかってるだろうから。

 シャハルのわがままで動くようなことは無いよ。」


…昨日動いたのはジルのわがままだったような気もするけど。

シャハル王子が今更何を言っても正式に婚約した以上何もできないとは思う。

だけど、あの怒りよう。このまま大人しくはならない気がする。

思わず深くため息をついてしまった。


「リア、心配しなくていいよ。

 大公家の控室にミトとリンとファンが待ってる。

 昼食を用意してくれてるはずだから、行こう?」


「ええ。」


心配しないではいられないけど、私には何もできない。

言われるまま大公家の控室へと向かった。


それから二週間が過ぎ、意外にもシャハル王子からの嫌がらせは無かった。

たまにこちらを睨みつけてくることはあっても、話しかけてくることも無い。


あの日、王宮で陛下に直訴したそうだが、あっさりと却下されたらしい。

最初から私とジルがお見合いする予定で留学して来ていたと、

両国の話し合いでそういうことになっているらしい。

一年間の留学を兼ねて大公家で花嫁修業をし、卒業したら結婚する。

これは両国の陛下が望んだ婚約だと言われれば、いくら王子でも否定できない。

納得した顔ではなかったそうだが、引き下がって帰ったと聞いた。




「今日から魔術実技始まるけど、注意点は知ってるよね?」


「ええと、留学する際に覚えて来たわ。

 他人の魔力属性について聞かない。自分の魔力属性は他人に教えない。

 婚約者以外の異性への魔力の受け渡しは禁止。同性も特別な理由がない限りダメ。

 あとは校舎内で魔術の使用禁止…。」


「どうした?」


しまった。すっかりと忘れてた。これは叱られるかもしれない。

小声でジルに先日のことを説明する。


「あのね、あの日シャハル王子から逃げる時に魔術を使っちゃったの。

 学園側に知られたら怒られるかしら…。」


「あぁ、もうバレてると思う。

 だけど、おそらく緊急時の使用と認められたんじゃないかな。

 令嬢が個室に連れ込まれそうになったんだ。問題ないだろう。」


「…そっか。良かった。」


「どうやって逃げたのかと思ったら、そういうことだったのか。

 もうそんな目にあわせないから安心していいよ。」


心配させないようにと頭を撫でてくれて、ほっとする。

とりあえず怒られなくて良かった。

そう思ったら、シャハル王子がこちらを睨んでいるのに気が付いた。

まだ怒ってるのかな。同じ教室だから仕方ないけど、やっぱり疲れる。




最初の魔術実技は、魔力を注いで魔石を光らせる授業だった。

これなら属性もわからないし、魔力を出す訓練になるらしい。

用意された石を持って、ジルと訓練場の端に移動する。

ここでも、できるかぎりシャハル王子たちと離れようとしていた。

誰の声も聞こえないくらい離れると、ジルが私の身体を隠すように後ろにまわった。


「どうしたの?」


「多分、リアが魔石を光らせたらまずいと思う。

 ものすごい光って、魔力量がかなり多いことがわかってしまう。

 だから、ゆっくりちょっとずつ光らせるようにして?

 その間、見えないようにこうやって隠すから。」


「わかった。ゆっくりちょっとずつね?」


手のひらの上に魔石を置いて、ほんの少しだけ魔力を送る。

それだけで十分すぎるほどまぶしく光った。


「わっ。…びっくりした。」


「やっぱりね。そうなると思ったんだ。

 ここではもう光らせちゃダメだな。」


せっかくの実技だったのに、始めて1秒もせずに終わってしまった。

しゅんとしていると、ジルに笑われてしまう。


「落ち込まないで。家に訓練場があるから、そこで実技を教えるよ。

 家でなら誰にも見られる心配ないから。」


「わかったわ。ジルは実技しないの?」


「あ、俺は…もうすでにやらかしちゃってるから、するなって言われてる。」


「…もしかして、私に注意できたのって、ジルがやらかしたから?」


「そう。めちゃくちゃ光らせて、みんなの目を潰す気かって怒られた。」


「あーなるほど。先に注意してくれてありがとう…。」




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