第7話 大公家


「ああ、侍女が着いたようだよ。」


「ミト!」


「お嬢様!ご無事でしたか!」


私が急にいなくなったことがよほど心配だったのだろう、

部屋に入ってくるなりミトが半ば抱き着くかのように私の無事を確認し始める。

もしかしたらシャハル王子に追いかけられていたのを誰かから聞いたのかもしれない。


「大丈夫よ、ミト。私は無事だから安心して。ジルが助けてくれたの。」


「そうでしたか…ご無事で安心しました。」


「あのね、ジルと婚約したの。」


「は?」


「それでね、寮から引っ越ししなきゃいけないみたいなの。」


「…え?お嬢様が婚約されたのですか?」


「そうよ。ここにいるジル。ジル、私の侍女でミトよ。

 レミアスの子爵家の令嬢だけど、侍女としてついてきてくれているの。」


「そうか。ミト嬢、リアと婚約したジルアークだ。

 これからリアには大公家に引っ越ししてもらわなければいけない。

 くわしくはそこにいる二人に聞いてくれ。リンとファンだ。」


「リンです。ミト嬢を連れてきたほうです。」「ファンです。」


先ほど見た茶髪のほうがリンで、黒髪のほうがファンらしい。

どちらも年齢は私より少し上くらいだろう。

二十歳のミトと同じくらいかもしれない。


「リンとファン、ミトをよろしくね。」


ミトはまだ納得できていない顔をしていたが、

時間が無いと言われ侍従二人と共に出て行った。

これからもう一度学園に戻って寮から私の荷物を取ってくるという。


「じゃあ、俺たちは先に大公家にいこうか。」


「ええ。」


もう一度馬車に乗って向かった大公の屋敷は王宮の近くにあった。

もしかしたら元は王宮の離宮だったのかもしれない。

所々に使われている真っ白な石は王宮でよく使用されている石材だ。

この石はレミアスの王宮でもよく見た。

結界を張るのに調和しやすい素材だと聞いたことがある。

この屋敷でも何かあれば結界を張るのだろうか。

まじまじと見過ぎていたのだろうか、ジルがおかしそうに声をかけてくる。


「ねぇ、リア。大公家に来て石だけ見てる令嬢はなかなかいないよ。

 そんなにその石が気になる?」


「笑わないでよ。結界を張る石じゃないかと思って見てたの。」


「よく知ってるね。王宮の離宮だった名残で石が残ってるんだ。

 普段は使わないけど、何かあれば結界を張ることもできるはずだよ。」


「やっぱりそうなのね。」


「…他も見てくれる?ここがリアの部屋だよ。」


案内してくれたその部屋は、

ずっと前から私のために用意されていたんじゃないかと思うくらい、

私の好みにぴったりな部屋だった。

白と緑を基調として、いくつか植物も置かれている部屋は日当たりも良かった。

窓の外はバルコニーになっていて、その奥は中庭へとつながっているようだ。


「素敵…こういう部屋、大好き。」


「それは良かった。用意したかいがあるよ。」


「え?ジルが用意したの?」


「うん。リアのためっていうわけじゃなくて悪いけど、

 いつかくる嫁のために部屋を作ることが、大公家では伝統になっていて。

 婚約者はいなかったし、俺が結婚できるとも思ってなかったけど、

 いつか出会えるならこんな部屋を気に入ってくれる人だったらいいと思ってた。

 リアが気に入ってくれて良かったよ。」


そうなんだと聞いていると、後ろからまた抱きしめられる。

今日会ったばかりなのに、こんなに自然にふれられると抵抗できなくて困る。

…婚約者だからいいのかもしれないけど、

男性経験の全くない私には少し…いや、かなり刺激がありすぎる。


「ジル?婚約者を連れてきたのなら、まず紹介しなさい?」


いつの間にか開いていた扉の外からかけられた声で驚いて振り返ると、

グレージュ色のおとなしめのドレスを着た夫人が仁王立ちしていた。

ドレスは地味なものなのに、夫人が美しいから全然地味に見えない。

青く光る銀髪紫目で顔立ちはジルによく似ている。

こんな妖艶な美女が笑わずにいると少し怖い。





「母上、邪魔しないでください。」


「何言ってるの。まず挨拶するのは大事でしょう?」


どうやらジルのお母様らしい。

私としても婚約者のお母様に初めてお会いしたのだから、きちんと挨拶したい。

なのに、ジルは私を抱きしめたまま離してくれなかった。


「こんな状態で申し訳ありません。

 レミアス国から来ました。イルーレイド公爵家のリアージュと申します…。

 ジル、離して…。」


「ああ、もう。いいのよ。ジルが悪いのだから。

 というよりも、この子は本当にうちの息子かしら。

 こんな性格じゃなかったはずなのだけど?」


「母上、大丈夫ですよ。ちゃんと息子です。

 ただ、ようやくできた婚約者ですからね。

 少しくらいゆっくり実感させてくれてもいいじゃないですか?

 夕食の時に父上と一緒にちゃんと会わせますから。」


「もう。仕方ないわね。

 じゃあ、リアージュちゃん、また夕食の時にゆっくりお話ししましょうね。」


「はいぃ…。」


ジルのお母様にも助けてもらえなかった私は、

その後夕食まで抱きしめられたままソファに座って過ごすことになった。



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