第6話 事情

「リアは今日留学してきたばかりなんだ。

 それなのに、シャハルがリアを王族の控室に無理やり連れ込もうとした。」


「なんだと!」


私はシャハル王子にされたことは不快だったけれど、

大事になって外交問題になっても困るので打ち明けるつもりは無かった。

それなのにジルがあっさりと話してしまった。

後ろで会話を聞いていて、どうなるのかとハラハラしてしまう。


「大人しくしていれば可愛がってやるし、婚約もしてやると。

 それを嫌がったリアは逃げたらしい。

 俺が偶然出会って助けたんだが、

 あいつが一度逃げられたくらいであきらめるとは思えない。

 リアは俺のものだ。二度と手を出さないようにはっきりしておきたい。」


「…そういうことか。わかった。宰相、いいな?」


「ええ、陛下。そういうことなら急ごう。書簡はすぐに用意できる。」


「よし、すぐ作ってくれ。文官に転移の準備をさせてこよう。」


シャハル王子の話を聞いて、急に陛下と宰相の顔つきが変わった。

疑問に思ってたはずの婚約話をあっさり許可し、

レミアスに送る婚約を申し込む書簡を用意し始めた。

ジルはそれを見て満足そうにうなずくと、私の手を取って執務室から出た。



「手続きはすぐ終わると思うから、応接室でお茶でも飲んでいよう?」


「…私、一言も話してないどころか、挨拶もしてないけど。いいのかしら?」


「落ち着いたら話す時間あると思うから、今はあれでいいよ。」


そうなんだ。レミアスの王宮には度々行ってたけど、国によって違うらしい。

こんな簡単に謁見というか、執務室に押しかけるとは思ってなかった。


空いている応接室に入ると、女官がお茶を運んできてくれた。

横に小さな焼き菓子とチョコレートをならべたお皿も置いて行ってくれる。


「慌ただしかったから、喉乾いてるだろう?」


「ええ。嬉しいわ。ありがとう。」


昔からレミアスとこの国カルヴァインは交流が盛んで、

そのおかげで食文化に違いはほとんどない。

違いがあるとすればレミアスは経済が発展し、カルヴァインは魔術が発展している。

それも今のところ違いによる不便さは感じていない。

数代前から王族間で婚姻がなされていて、両国の王族は親戚関係にある。

同じ国になることは無いが、けっして裏切ることも無い信頼で成り立っている。


「少しは落ち着いた?」


「ええ、少しだけね。留学初日なのに受けた授業は一時間だけ。

 気が付いたら王宮で、ジルの婚約者になっている。

 落ち着くとは思えないのだけど、もうあきらめちゃったのかしら。

 もうどうにでもなれと思えてきちゃったわ。」


「そうか。このあと数日はこんな感じかもしれないな。

 でも、その後は普通に授業受けられるようになるから安心していい。

 俺も同じ教室だから。」


「え?そうなの?だから私が最終学年だってわかったのね?」


「ああ。留学生が来るのは知らなかったけどな。

 王宮に滞在しているわけじゃないから気が付かなかったよ。」


「そうね。王宮への滞在はやめたほうがいいってお祖母様が…。

 今考えると、シャハル王子のことを知っていたのかもしれないわ。」


「そうだろうな。シャハルの女好きは少し調べればわかる。

 じゃあ、寮にいるのか?」


「そうよ。寮も昨日着いたばかりで、まだ一日しかいないの。」


「…そうか。残念だけど、寮からは引っ越ししてもらうよ。」


「え?」


「寮はシャハルから守ってくれないからな。」


「…女子寮なのに…?」


学園の女子寮は広く、警備もしっかりしていると聞いていた。

特に問題なさそうだったのに、シャハル王子からは守ってもらえないとは…。


「残念だが、何がおこるかわからない。

 だから留学中は俺の家に来てもらうことになる。」


「え?」


「婚約者だろう?大公家に来るんだから、花嫁修業だと言えばいい。

 と言っても、リアにする教育はもうなさそうだけど。

 まぁ、表向きはそういう理由で引っ越しするけど、

 リアを守るには俺の家にいてもらうのが確実だから。

 俺の家に住んで、一緒に馬車で行き来していれば、一番安全だからね。」


「そこまでしてもらっていいの?」


「いいんだよ。リアにとってはこれから一生住むかもしれない家だし。

 ゆっくり住んでみて判断すればいいよ。」


一生住む…それはジルと結婚してこの国で暮らすということ。

そんなことを言われても、まだ考えが追いつかない。

今は気持ちを落ち着かせるのに精いっぱいで、これからのことを考えるなんて無理だった。

ガチャと急にドアが開いたと思ったら、宰相であるジルの父親が文官を連れて入ってきた。



「ジル、レミアスから書簡が返って来たぞ。」


「父上、思ったよりも早かったですね。で?」


「ああ、婚約は成立した。リアージュ嬢にも手紙が来ている。」


そう言って私に手紙を渡すと宰相はすぐに出て行ってしまった。

突然の婚約騒ぎで忙しいのだろう。手紙を見ると、お祖母様からだった。

開いて読んでみると、


思ったよりも早かったわね。

でも、無事にリアが運命の相手に出会えて良かったわ。

レミアスでのことは忘れて幸せになりなさい。


短い三行だけが書かれた手紙。

思ったよりも早かったって、こうなると予想してたってことよね。

お祖母様が婚約者をって言ってたのはジルのことだったらしい。

ジルは知らなさそうだから、お祖母様が思っていただけかもしれないけれど。


本当にレミアスのことは忘れていいのかな。

まだ実感がなくて、お祖母様からの祝福の言葉も受け止められなかった。



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