良い知らせ(2)

 移植手術を受けて一週間後、それは突然起きた。なんだか胸に違和感を覚えた。これが、拒絶反応というものなのだろうか。それとも、手術は……。

 咄嗟に胸を抑える。

「優悟、大丈夫?」

 母さんを見やる。俺は平気な顔をするが、胸の違和感は消えない。それに息苦しさ、眩暈までしてきた。

 ついには母さんに訴えるような視線を向ける。誰か、この速い鼓動を止めてほしいとさえ思った。


「暫く、安静にすること。分かったかい?」

 強い視線で睨みつけるように三ツ橋先生は言う。三ツ橋先生によると、頻脈性不整脈というのを起こしていたらしい。最悪、死に繋がるとも言われた。

 俺は分かっていながら、興味本位で庭に出て走ってみた。それが、今回のような状態を起こしたという。今までの生活で運動制限された身体から解放されたと思い込み、気が抜けていた。

 また暫くは運動が出来ないのかと改めて実感した瞬間だった。

「優悟くん。ドナーからくれた大切な心臓なんだ。拒絶反応が良くなるまで、呉々も負担を掛けないように」

 釘を刺すように言われ、俺は今回のことで思い知った。

 今、俺の胸の中には自分の心臓じゃないのがある。他人から貰った心臓だ。それを常に頭の片隅に入れなきゃいけない。人生を無駄にすることは駄目なんだ。

 病気じゃなくなっても、薬は飲み続けなければならない。

 そんなことを考えていると、三ツ橋先生が母さんたちと話して病室を出ていこうとする姿が目に入った。

「先生、これから気を付ける。今回のことは、」

 三ツ橋先生は俺の言葉に振り返り、笑顔で病室を去っていった。あまりの優しい笑顔に言葉が途切れてしまう。

 ありがとう、三ツ橋先生。注意してくれなかったら、俺はどうなっていたんだろう。想像するだけでも恐怖を覚えた。


 そういえば、陽輔はどうしているんだろう。移植を受けたことを伝えたいと思うのに、あれからずっと見舞いに来ない日が続いている。

 思い返せば、移植した後から遥さんも来なくなった。二人は仲直りしているだろうか。仲良く普通の日常を送っていてほしい。そう思うと、あの楽しかった日々が懐かしく思えてくる。

「気分はどうだい?」

 知らぬうちに三ツ橋先生が病室に入ってきて、声を掛けてきた。俺は問題ないです、と答えた。

 実際、三ツ橋先生に注意されてから安静にしていたら、胸の違和感は消えていった。病気だった頃は安静にしていても、ほぼ毎日といっていいほどに胸が痛かった。

 移植を受けてから、驚くほどに日常が違って見える。負担を掛けすぎなければ、歩くことも外に出ることも出来る。

 階段を上る時はまだ抵抗あったが、下の階には行ける。リハビリで心肺機能を高めるために少しの運動も出来る。

 まるで違う世界にいるみたいだ。

「どうだい? 少し病院から出てみないかい?」

 俺は突然の言葉に驚く。同時に病院以外の場所に行けると思うと、嬉しさを感じた。

 俺は三ツ橋先生とともに病院を出ることにした。

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