良い知らせ(1)

 俺はなぜこんなにも生きているのだろうか。友人の一言で心は動揺しているはずだ。それにも関わらず、何事も無かったように発作は治って平然としている。

 どうして俺は生きている。

 いや、三ツ橋先生が助けてくれたんだ。その助けを有難く思わなきゃいけないのに思えないのは陽輔を怒鳴らせたことにあるかもしれない。

 陽輔に怒らせてしまってから、陽輔は見舞いに来なくなった。夏休みはアルバイトで忙しいということもあるが、それでも来れるならば来るだろう。来ないのはきっと俺のせいだろう。

 俺が気にしてなかったら、あんな事にはならなかったはずだ。陽輔にちゃんと謝りたいが、見舞いに来なければ謝ることも出来ない。すぐ謝っておけば良かったと後悔する。


 不意に病室の引き戸の音がした。視線を向けると、母さんと父さん、それに三ツ橋先生が揃って入ってきた。

「優悟くん、いい知らせだ。移植手術が決まった。急で悪いが、明日の午前十時からだ。今日は移植手術について説明した後、体調が良いか診察させてもらうよ。その後はゆっくり休むんだ。いいかい?」

 それを耳にして俺は驚きを通り越して唖然としてしまった。同時に長生き出来るという思いで嬉しさで胸がいっぱいになる。やっと、移植が受けられるんだな。ドナーに感謝したい気持ちが込み上げてきた。

「優悟、良かったな」

 父さんが今までにないくらい嬉しそうに笑っている。母さんは泣きそうなくらいだ。

 以前から説明は受けてきたが、改めて移植手術について説明を受けた。十年以上の生存率は高いが、拒絶反応が出る可能性があるらしい。酷ければ入院生活は続くが、治療で治すことは可能だという。

 その事を耳にする度に何度も不安になったことはあったが、改めて説明を受けて治療で完治という言葉に安心感を抱いた。それから、診察をしてもらい、ゆっくりと過ごした。

 その後の廊下がやけに静かだったことは不思議だった。


 **


 翌日、俺はいつもより体調が良く感じた朝を迎える。その理由もあってか、突然の手術にも関わらず、不安もなく受けることが出来た。母さんと父さんは俺が移植を受けるはずなのに、不安な様子だった。

「母さん、父さん、頑張ってくる」

 そう伝えると、安心した表情に変わった。応援しているように見えたのは幻ではない。二人は無事に手術が終わるように願っている。

 大丈夫、俺なら乗り越えられると自分でも内心願った。


 手術室に運ばれて合図で目を閉じる。俺は生きたいと強く願った。

 暫くして、自分でも思ってもいない夢を見た。誰かが呼んでいる気がした。

『俺の分まで生きろ』

 誰だか分からない。目の前に白く靄が広がっているのが原因なのかもしれない。ただ、声は記憶にあった。この声は……。

 そう思った瞬間、声は聞こえなくなっていた。



 目を開けると、視界に母さんと父さん、三ツ橋先生が俺の様子を窺っていた。

「優悟! 分かる?」

「あ、ああ」

 母さんの呼び掛けに言葉にならない声が洩れる。確か、手術、移植手術を受けて眠っていたはずだ。

 眠っていた間に何かを見た気がするが、何も思い出せない。いったい、何を見たんだろう。


「優悟くん、手術は成功したんだ。拒絶反応があるかだけ経過観察でもう少し入院することになるけど、いいかな?」

 三ツ橋先生が発する言葉に我に返って、思わず耳を傾ける。やっぱり、拒絶反応か。

 今のところ痛みはない。手術をしたばかりだが、きっと痛み止めで痛みは引いているんだろう。

 手術は病気の時に何回か受けたことがある。移植手術でも感覚は同じように思える。

 不意に胸に手を当てる。生きているんだ。そう、実感し、俺は母さんと父さんに視線を向ける。

 二人はよく頑張ったと言葉を口にし、うれしそうに笑っていた。俺も引き攣りながらも笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る