第3話 家電量販店で新たな出会いと

 街で一番大きな家電屋。

 せっかく街に来たのでついでにこの暑さを凌げる家電を買おうというわけだ。


『今年は近年稀に見る熱い夏になるでしょう』


 たかだか一ヶ月の我慢、そう思っていた俺だが、ニュースでこんなことを言われてはそうも言ってられなくなった訳で、ここにきた。


「もしかして………?」

「エアコンは買わないぞ。エアコンだと工事の人が来るしな」


 露骨にガッカリする。

 この娘は知るまい、エアコン以外にも夏を乗り切る家電が大量に存在するという事実を。


「ドケチ」

「ケチとかじゃねーよ。俺とお前が、」

「は?」

「………俺とゆずが一緒に暮らしてるの見られたら、不審に思って警察に通報されるかもしれないだろ」


 彼女はお前とか、名前で呼ばれないと途端に怖い目をするのだ。


「えぇ、そんなことあるかなあ」

「あるんだよなあ」


 多分な。それでもまあ、一応見ておくだけ見ておくか。

 だいたい十万くらいかと思っていたが、7万を切るものまであって、俺が感嘆の声を上げるとゆずから『買え』という視線が送られてきた。


「たかだか一ヶ月でエアコンなんか買えるか。意外と安かったがやっぱりダメ」

「ええー!!! 今ちょっといい雰囲気だったじゃん!! 急に冷静になるとかださ!」

「うるせえよ。ワンルームなら別にエアコンじゃなくても冷えるだろ。水を入れるタイプの扇風機とか、除湿機とか、ほら見ろ、持ち運びできるエアコンだってあるじゃねえか」


 まさかエアコンが持ち運びできるとは。現代科学技術すげえな。年取ったら社会の進化についていける自信ねーわ。進化早すぎだろ。


「うける、おっさんの思考じゃん!」

「そんなこと言ったらお前に、」

「はいはいはい?」

「………ゆずには使わせないぞ」

「女子高生にそんなこと言っちゃうかー!! このおじさんパワハラしてきまーす!!」

「お、おい!! でかい声出すなって!」


 にやついた顔で、吐息混じりに、


「じゃあ、二つ買ってくれる?」

「………しゃーねーな。」

「ヤッホーい! おじさん最高だね! まじ神!」


 これのどこが気遣いのできる女なのか問いただしたい。


「あ、」

「あ、」


 持ち運びできるエアコンを選んでいると、短い声が聞こえた。

 振り返ると、今時な感じの格好をした小さい女の子が立っていた。ダボッとしたパンツに、ダボッとしたジャケット、そして帽子、こういうのなんていうんだっけ、ストリート系か?


 冷たい感触が俺の腕を掴む。瞬間、引っ張られ店の出口まで駆け出した。


「あ、ちょっ! 待てええ!!!」


 小さい女の子も、叫びながらなかなかの速度でついてくる。


「いきなりなんだよ!? ゆず!」

「あいつは敵なの!」

「敵?!」


なんだその雑なB級ドラマみたいな展開は!?


「そう! うちの平穏を犯しにくる絶対悪の極悪人なのおお!!」


 という割にはキャッキャしてるように見えるが……。振り返れば、まだ女の子はついてきていた。もうすぐ店の扉も突破し、車へと差し掛かる。


「おじさん遅いよ! 早く車開けて!!」

「お、おう?」


 まるでゾンビ映画の如くゆずが叫ぶ。


 急げと言われれると焦ってしまい、うまくキーをつかめない。


「もうっ! おじさん老化しすぎ!」


 見かねたゆずが俺のポケットにズボッと手を突っ込み、あっという間に鍵を取り出すと、走った勢いそのまま車に乗り込み鍵を閉めた。


「急いで車出して!! 早く!」


 正直何が起こっているのかわからないが、息を切らしながら後ろからついてきていた女の子も、ここまで追いかけてきて発進させるまいと、車の前に立ち塞がった。


「もう逃さないだから! 比嘉ゆず子!」


 対する彼女は、下唇を噛み締め、くっそーー、みたいな顔をして帽子の唾で顔を隠していた。


「………おじさん、今の聴いてた?」

「ゆずの名前呼んでたな」


 驚きに満ちたような顔で、俺の方をばっと見る。


「………だけ?」

「だけって?」

「いやだから……比嘉ゆず子って」

「珍しい苗字だな。それよりあの子めっちゃ汗かいてるけど、大丈夫か?」


 今にも倒れそうな勢いで肩を揺らしていた。と同時に、助手席乗っているゆずの顔がだんだん曇るというか、沸々と怒りが湧いてくるというか、そんな顔になっていた。


 そして、突然絶叫し、小さな拳で俺の肩を殴りまくる。


「はああ!? 国民的アイドルの、比嘉! ゆず子! を! 知らないとか!! あ! り! え! な! い!!!」

「やめろ痛え……って、は? アイドル? お前が?」

「ただのアイドルじゃないから!! こ! く! み! ん! て! き! あ! い! ど! る!!」


 いや、まぁ………すっげえかわいいなとは思ってたけどさ。

 アイドル? こいつが? え、まじ? 頭の整理が追いつかないだけど。つかそういえばこの顔どっかで見たことあるような気がする。


 この下唇噛んで上目遣いの………あ、ビルのでけえ広告で見たんだわ。


 え?


「アイドル?」

「はぁあああああ!! もうどうしよう。ウチの夏休み計画が………とりあえずあの子連れてうちのアパート戻っておじさん。待って! やっぱりエアコン買わなきゃ! あんな地獄もういや!」


 ごめん、俺は君がアイドルってところから頭が進んでないんだ。


 アイドルってまじで言ってんの?


「比嘉ゆず子おおー!!」


 外ではまだあの子が叫んでるし、どうしようかこれ。

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JKとワンルームと〜家賃5,000円のボロアパートに色白JKが付いてきた〜 @サブまる @sabumaru

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