Episode.1 スクールライフ・スタート②

 「目を覚ませ、藤山ヒロム」

 ヒロムは、いつの間にか幾何学的な模様が辺りに浮いている不思議な空間で寝ていた。

 そんなヒロムを起こしたのは、謎の赤い玉だった。

「誰だ。そこにいるのは」

 赤い玉が直接脳内に話しかけてきた。

「私か? 私は『神』だ。」

 それはあまりにも無機質無感情な声だった。

「神なんかこの世にいるもんか」

「当たり前だ。人間に私を理解する事はできない。なぜなら私は人間の理の外にいるからな。ところでヒロム。私はキミに頼みがあって来たのだ」

「頼み?」

「そうだ。単刀直入に言うと、キミに世界を救ってほしい」

「世界?」

「そうだ。この平行宇宙にある、魔法世界の一つだ。勿論礼はする。キミの願いを、私が何でも叶えよう。神の力で」

 ヒロムの頭に、この世界の事が浮かんでくる。結局、自分の居場所なんかこの世界にはなかった。

 ならば自分のいる世界を変えてしまえばいい。神の力で願いを叶えて貰う事に興味はなかったが、ヒロムはすぐさま快諾した。

「わかった。行くよ、異世界」

「そうか。それなら私がキミに合う魔法を繕い、持たせよう。それとだヒロム」

「ん?」

「あっちに行ったら『ノア』という人物と会え。それが、世界を救う為の必要最低限のやるべき事だ」

「……? わかった」

「では、キミを異世界へ転移させるぞ」

 そしてヒロムはゆっくり目を閉じた。

 赤い玉は、「頼む。から『ノア』を守ってくれ。それが世界を救う事につながる」とつぶやいたが、もうヒロムには届かなかった。


 ———ヒロムは、今度は大きなベッドの上で目を覚ました。

「リーム様! リーム様! リーム様!」

 周りがうるさい。そもそも「リーム様」とは誰なのか。異世界転移は終わったのか? だとするとここが異世界なのか? 

 情報が少なすぎる以上、考えてもわからなかったので、状況確認するべくヒロムはパチッと目を開けた。

「ああよかった、助かりましたか!」

 

 そう言った女性は、ヒロムをひょいと抱え上げた。18歳男性をひょいと抱え上げたのだとしたら、その細腕に似合わぬ怪力である。

 ヒロムはその女性をまじまじと見つめた。女性はメイド服姿で、黒髪をアップに結っている。典型的なメイドだ。その上色白であり、益々この怪力が信じられなくなる。

 ヒロムは、不意に部屋の置き鏡に映った光景を見た。

 おかしいのはメイドではなく、自分だった。メイドに抱きかかえられていたのは、5歳ぐらいの少女だったのである。これが現在の自分の姿である事を瞬時に理解し、声を上げて驚いた。

 そういえば、こんなに大声を張り上げたのもずいぶん久しぶりだった。


 それからヒロム改めリームは、魔法の勉強とこの世界の歴史、経済、宗教を、家にある大量の本から学んだ。以前のリームから考えると、これはかなり意外だったらしく、以降おかしくなったと思われた。

 どうやらここの家主、つまりリームの父は相当本が好きな様だ。その自分の家の事も理解した。ガイアグル家は地方を治める貴族であり、中央貴族よりも家格が劣るという事、両親と兄は地方で仕事をする事が多いので滅多に帰ってこないという事……。

 リームは特に前世で学ぶ事がなかった魔法に興味を持ち、自分の固有魔法にも必要な魔法式を学んだ。

 その自分の固有魔法が「創造魔法」である事も理解した。

 時にはうまくいかない事もあった。

「やっぱり『創造合体魔法』はダメかな。消費する魔力が多すぎる」

 そんな魔法も、とりあえず魔法式だけでも覚えておいた。

 家の本を読み漁り、その全てを記憶した時には、実に10年の月日が流れていた。


 ———現在より少し前、マジーロ王国 ガイアグル家領地———

「本当に馬車を利用しなくてもいいのでして?」

 ある執事が聞いた。

「大丈夫大丈夫。私にはこの『ホーキビークル』があるから」

 美しく成長したリームは、自分で作った魔道具「ホーキビークル」を指しながら言った。

 箒とバイクが合体した様なマシンである。しかし、バイクのハンドルに当たる部分には、ハンドルの機能はオミットされている。自分の思う様に加速減速方向転換が可能だからだ。

「それじゃあ、行ってきます! お父様、お母様、お兄様によろしく!」

「いやまだあなたの出奔をご両親は認めておらず……うおっ!」

 リームは制止する声も聞かず、ホーキビークルにまたがり、そのまま浮き上がったと思うと、大きな音を立てて一瞬で飛んでいった。

 その衝撃で執事は怯み、その場に立ち尽くす事しかできなかった。

 ここから「マジーロ魔法学園都市」までは馬車では3日程かかるが、ホーキビークルでは1日程度で着く計算である。

 天気は快晴、まるで彼女の旅立ちを天が祝福している様だった。

 ……この1日後に事故を起こすのは、また別の話である。



 突然リームの部屋のドアを叩く音が聞こえた。

 制服の弁償をするから、ノアに部屋の片付けが終わり次第、自分の部屋に来る様にと伝えていたのだ。

 リームはドアを開け、ノアを迎え入れた。

「それで? 言われた様にボロボロになった制服持ってきたけど、これをどうするの?」

「それを着てそこに立ってくれ」

「……? うんわかった」

 女同士構わないだろうと、ノアはその場で着ていた私服を脱いでボロボロの制服を着た。リームは慌てて手で自分の顔を隠した。元男の自分が見てしまうのは、彼女に悪いと思ったからだ。

「着たよ」

 ノアが制服を着た事を確認したリームは、なぜだか自分の腰辺りを少しばかり弄った。

「出力はこれくらいかな。よし、この創造魔法を使う。『創造服飾魔法』『仕立て直しメイドオーバー』」

 リームがそう唱えた後、手をかざすと、そこから光の粒子が出てきてノアの制服を包み込んだ。そしてものの数秒でその光は消え、そこからピカピカの新品同然の制服が現れた。元々新品だったのだが。

「え、すごい! これがあなたの魔法?」

 ノアは素直に感心した。服飾魔法自体は見た事はあるが、ここまで速く正確に仕立てる所は見た事がなかったからだ。

「まあ、確かにおれの魔法だ。服に興味はないが、おれ自身の制服っていうサンプルがあったからそれに似せてさらに色をつけて仕立て直した。サンプルがないとこううまくはいかないけどな」

「それでも! すごいよ! 前よりも手触りいいし! 着心地もいいし!」

 喜んで貰えてよかった。リームは何だか嬉しくなった。前世では味わえなかった感情だった。

「じゃあ仲直りと友達の握手!」

「え?」

「ホラ『よろしくの握手』はもうやったでしょ。だから、ホラ!」

 ノアは今度は自分から手を差し伸べた。握手のサインだ。

 リームはその手を握り返した。

 こうして二人の少女は出会い、友達になった。この出会いが、やがてこの世界をよくも悪くも変えていく事になるのだが、今はまだ、本人達は勿論、この世界の誰も知らない物語である。


 Episode.1 終わり

 Episode.2に続く



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