ゲーム7:親切丁寧家庭教師対決②

 ピーンポーン

 まさか、こんな形で人生初・女子の家に乗り込むことになるとは。

 健吾はビビっていた。

 女子の家。親しい同級生ならまだ行けるかもしれない。だが、今回はそんなのではなく、学校も違う見知らぬ人間である。

「は、はーい……」

 インターホン越しに聞こえてくる声は弱々しいものだった。相手も怯えているのだろう。そう考えると少し楽になる。

「え、ええっと、あの、例の豊沼健吾っていう奴です……」

「あ、え、はい、今行きます……」

 もう消えてしまいそうなほどの声で通話終了。階段を踏み鳴らす音が聞こえる。

 ガチャッ

「あ、ええっと、こんにちは……」

「あ、こんにううっ?!」

 体中に電撃が走ったかと思った。

 ドアを開けて出てきた、平良真緒と聞いた女の子は色白のツルツルスベスベの肌、少しふっくらした顔に、キュートな目。

 ――こんな人っているのか。

 早織以外に初めて、こんな衝撃を味わった。


「ええっと、あの、今日はよろしくお願いします……」

「あぁ、ええっと、コチラこそよろしくお願いします……」

 どちらもガッチガチだ。

 ――どうしよう、俺は全く勉強なんてできねぇのに。教えるなんてもっての外だ……!

「あ、ええっと、今日は何を教えれば……?」

「え? え、ええっと、そうですね、あの、えー、す、数学を……」

 ――止めろー!!

「……あ、ええっと、数学ね。あ、はい。うん、ええ、分かり……」

 ました、と言いたいところで止める。これ、嘘ついていいのか。答えは否だと思う。だが、出来ないのに来たのかって責められそうな気がする……。

「ええっと、じゃあお願いできますか?」

「……ごめん、俺……数学、分からないんですよ」

「……へぇ」

 へぇとは? どういうことだろう。

「……」

「……」

 この沈黙が続くのは非常に辛い。お互い緊張しているのに、さらに歯痒い……。この事態を切り開くには、もうぶちかますしかないか。

「……あの、俺、実は……」

「……」

 真緒は静かに聞いている。

「勉強、全く分からないんですよ……」

「……あ、そうですか……」

 え、リアクション小さくない?

「……あの、ちょっと、もっと驚かないんですか……? もっと怒ったりとか……」

「……それは……」

 白い顔が少し赤くなってきてる。

「……教えてください。俺、素直に言ったんだし。……あ、これは関係ないか。押しつけがましいし」

 乾いたわざとの笑いを残す。

「……まあ、そうですよね……分かりました」

 ついに、あっちも観念してくれたらしい。

「実は、ちょっとね、鈴川伊織さんって言う人が……」




 ……。

 ――あれ?

 四角い白いボタンに音符が書かれた多分インターホンを弘人は押す。だが、音が鳴らない。

 日本家屋はこんなものなのだろうか。古いものっぽい見た目だし。

「あの、もしもーし……」

 と、呼びかけた時にちょうどガラガラガラガラとドアが開いた。

「あ、こんにちは……」

 星朱と聞いた女はドアを開けると一度ギロッと睨みつけてきた。おお怖っ。

「ええっと、大平弘人って言います……よろしくお願いします……」

「……そう」

 冷たい。真冬の南極を想像させるような、身体の芯が凍ってしまいそうなくらい冷たい言葉。

「……ええっと、その、上がらせてもらっていいですか?」

「……分かった。仕方ないわ」


 入ってみると、日本家屋は日本家屋でも、巷で人気な田舎暮らしの古民家カフェのような、レトロだがさりげない飾りがされてある、マニアの人ならたまらないのだろうなと言う家だった。

「二階」

 階段がミシミシと言うのは少し嫌なものだったが、そういうものなのだろう。

「ここ」

 二階の部屋を案内してくれた彼女は畳の上にどさっと倒れ込んだ。

「あぁ、眠い。なんでこんなのに協力しないといけないわけ?」

 ――協力?

 弘人は珍しく直感した。これは、伊織先輩が昔繋がりがあった女子の後輩に無理やりやらせているものなのだろう。実際は、多分全部分かっているのだろう。

 少し無言の気まずい雰囲気が漂う。

 少し思案したが、まあゲームだから仕方がない。教えられるものは教えて行かないとダメだろう。

「……えーっと、今日は何を教えればいいんですかね?」

 同級生相手に敬語ってのもなんか変だなぁと思ったが、タメ口で話したら印象ダウンかなぁと思って止めた。元々、そんな親しげに話せるタチじゃないし。

「……歴史」

 ――歴史か! 授業の中ではまあまあ得意な方じゃないか!

「歴史ですか。ええっと、今はどこの時代ですか?」

「……キャバクラ時代」

「ちょ、将来そんなんになるつもりじゃないでしょうね?」

「別に」

 冷たい。ツッコミを入れたつもりだったのだが。何だ、ウケを狙っているのではないのか?

「鎌倉時代か……どこが分からないんですか?」

「えっと……元の話」

「元。元のどこが分からないんですか?」

「全部」

 メチャクチャだろ。全部分からないとはどういう。

「いや、全部って言っても、元寇だったりとか、それまでの元の足取りだとか、チンギス・ハーンとかフビライ・ハーンだとか……」

「どこが分かんないのか分かんない」

 ――高校生、大丈夫か!

 と言っても、健吾とかもこういうので合格して入ってるのだから、そういうのもあるのか。

 ってか、元々このために知っている話を知らないって言ってるだけじゃないか。

「……じゃあ、まずはチンギスがどのように元を発展させていったのかを解説しましょうか」

「ん」

 そこから、色々話し始めた。

 ――が。

 やはり知っていることの反復と言うのはめんどくさいものらしく、彼女の態度はほぼ寝てたんじゃないのかと思うくらいのものだった。

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