第25話 貪欲 × 『彼』に会う時間
海外
~アメリカ~
クリスティーヌとアンナは、机の上に横たわったマネキン(普通のマネキンと違い、疑似骨格をfatで覆ったもの)になにやら真剣な表情で触れていた。
「アンナ、やっぱり難しいわ」
「うん、私も肘の関節部分は苦手かも」
そのそばには、1人の女性が立っている。
30代後半の年齢だろうか。
背は小さいが、姿勢もよく、綺麗な所作をしている。
ジンは鍼灸の名医である。
先祖は、中国で王族に仕えていた由緒ある一族だ。
おそらく鍼灸の分野に於いては、世界で5本の指に入る。
クリスティーヌとアンナはジンから鍼の技術を学んで、西洋医学と東洋医学を融合させ、それを自らの知識・技術に昇華させようとしているのだ。
一般的に鍼は、中国医学等の古典的な理論に基づいており、身体の
しかし、クリスティーヌとアンナは、こういった利用法で学んでいるのではない。
主な目的は、関節の可動域をコントロールすることだ。
特殊メイクではfatで太らせたりもする。
そういったときに痩せてる人が現実と同じ関節の使い方をすると、ものすごい違和感が生まれる。
だから、鍼で可動域を小さくしたり、コントロールしたいのだ。
身体半分がアンドロイドや、アンデッドの場合も上記だろう。
それとは逆に、狼人間や妖怪、
1人だけ特殊メイクをするような場合は、演技任せにしてもかまわないだろう。
ただし、群れを表現するために10人以上に同じ特殊メイクを施す場合もある。
こういった場合は、演者個体差によって、演技に違いが生まれる。そこを統一させるために鍼の利用を考えた。
彼女たちは技術力向上について、非常に貪欲だった。
クリスティーヌ家の秘伝だけでも、既にたくさんの需要もあるし、多くの金銭も得ている。
しかし、とことんリアリティを追求したい。
そのため、わざわざ中国本土から静を呼び寄せ、授業を受けている。
もちろん、鍼は刺す位置や深さを誤れば、人間を意図も容易に殺しかねない危険がある。
それもジンを呼び寄せた要因の1つだった。
ジンは、通常の鍼の使用とは異なるものの、的確に指導していく。
気血・経絡等にも詳しいジンだからなせる業である。
「う~ん、やっぱり深さが難しいね」
クリスティーヌが困り顔だ。
「私は、角度が難しいよ」
アンナも苦戦している。
その都度、ジンが指先の角度や力加減を丁寧に教えている。
「あ、もうこんな時間だわ、アンナ!」
「ほんとだっ、早くログインしないとっ!」
「今日はどんな楽しいこと発言するかな?」
「また、カードゲームの枚数増えちゃうね」
クリスティーヌとアンナは、さっきまでの疲れも吹き飛ばし、満面の笑みで手を繋ぎながら、パソコンに向かって歩きだした。
これだけ学ぶ時間を作っていても、きっちり『彼』に会う時間は確保する。
この間ジンは、午後に行う座学の準備も含めて長めの休憩に入る。
今日は、漢方についての講義だから、実際に中国から持ってきた漢方が入った瓶を机に並べている。
『彼女たちは「難しい」「苦手」とは言ってるけど、医師免許を持ってるとはいえ、これほど短期間でここまで習得するなんて、今まで見たことないわ。まるで化け物ね』
ジンは、心の中で呟いた。
……
こうして苦戦しながらも、1年ほどで試験に合格し、クリスティーヌとアンナは、西洋医学と東洋医学を操れるようになった。
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