戦いの幕開け

 “その日”を迎えた一行は、ギルドのテントの中に待機し、周りの者たちの息遣いを聞いていた。

 周りも全員、トーナメントの出場者だ。王国の内外から集まったブロンズ級のパーティーが、闘志を剥き出しにしてそのときを待ちかまえている。

 駆け出しのブロンズとはいえ、その中でも練度の高いパーティーばかりが集まっているのだ。テントの中は緊張感で満ちみちていた。


「なんか、ここにいるやつら全員敵かもって思うと、ワクワクしてくるよね……!」


 周りの闘志にあてられ、ごくりと生唾を飲むニーナ。


「お前は何見てもワクワクしかしねーな」

「もっちろん! ボクは戦いと冒険が何より好きだからね!」


 ニコラのぼやきに微妙に答えになっていないような答え方をする。

 まるで場違いな明るい声を放つ蒼穹の燕ブルー・スワローだが、あれから数週間、危険なクエストを率先して引き受け、様々な場での戦いを経験してきていた。パーティー全体の戦いに対する意識はそれ以前とはかなり変わってきている。その証拠か、蒼穹の燕ブルー・スワローの面々の顔も少し引き締まって見えた。

 少なくとも、グロリアはそう感じる。


「いよう、蒼穹の燕ブルー・スワローさんよ。ここにいたのかい」


 低い声がかけられる。

 振り返ると、すべての発端である鋼の栄光メタル・グロウの一味がそこに立っていた。

 どっしりと構えた重鎧のリーダーが、ニーナたちの顔を見てほくそ笑んだ。


「約束通り参加したんだな。ビビっちまって逃げ出すかと思ったぜ」

「そんなわけないだろ! ほんっと失礼なやつだな!」

「まあまあ、そうお盛んになるなよ。おたくらが参加しようがしまいが、俺たちはこの大会をシメてブロンズから昇格させてもらう。まあほどほどに頑張んな、決勝まで来たら相手してやるからよ」

「言ったな! 絶対だぞー!!」


 ニーナが語彙力のない返しをしている一方、相手の男には余裕がある。あのときと違って酒が入ってないからだろうか。堂々とした物腰には確かな自信と冷静さがあり、強敵を思わせる風格があった。


「それに、ちょっとやそっと修行したぐらいじゃ、使える魔法ゼロの姉ちゃんがいきなり究極魔法の使い手になったりはしねぇだろ?」

「勝負はもうついてるよなぁ! ヒャハハ!」


 突然、ルカに水が向いたかと思うと、再び嘲笑の流れになる。

 ルカはまたスタッフを握り締め、辛そうにうつむいた。

 確かに、ルカは決して魔法が使えるようになってはいない。

 数週間、グロリアとともに精神統一を続けたり、ギルドの魔導書を読み漁ったりしてきたが、めぼしい結果は得られなかった。

 その負い目が被さったのか、うつむくルカの背中はいつもより小さく見える。


「勝負がもうついているというなら、あなた方はすでに負けていることになりますね」


 その場にいた全員が発言者を探した。

 ルカの横にいたグロリアは、ポカーンとしている鋼の栄光メタル・グロウを見て、こうも言った。


「戦う前から先が見えているふうに語るのは、戦いの初心者のすることかと」

「っあんだとぉう!?」


 グロリアに煽られたメンバーが飛び出そうとしてくるが、リーダーの男に制される。


「っはっはっは! メイドさんに戦いのなんたるかを教わるとは勉強不足だったなぁ」


 男はスキンヘッドの頭を掻き、鷹揚に笑い飛ばした。


「勝負がどうなるかわからねぇのは本当のことだ。決勝で会おうぜ、ヒヨッコども――」

「負けたら『ガチンコ最強メスゴリラ軍団』だからな! ヒャーッハハハハ!」


 そう言ってどこか凄みのある笑みを残すと、仲間とともにその場を後にする。


「……グロリアさんが皮肉で返すなんて! 意外だったなぁ」

「あ、あの、守ってくれてありがとうございます……っ」

「さすがのアンタも堪忍袋にきたって感じか?」


 グロリアは自分でも少しだけ不思議だった。

 いつも凪いだ海のような胸中が、彼らの言葉を聞いて曇ったのだ。

 もしかしたら、――自分が思っている以上に、グロリアは彼らに愛着を覚えているのかもしれない。

 慣れない、感覚だ。


「トーナメント、出場ブロックの発表に移ります! ご清聴ください!」


 そのときギルドのスタッフから宣言があった。

 一気にざわつく周囲。蒼穹の燕ブルー・スワローの皆も固唾を飲む――。



「これで初戦があいつらだったら、それはそれで燃えたんだけどね!」


 出場ブロックの組分け発表を受けて、本格的に勝負に向けて待機する。

 ニーナは屈伸し、身体を温めながらそう言った。鋼の栄光メタル・グロウは遠くのブロックに配置されてしまい、会いまみえるのは相当先――決勝の舞台でもないとありえない。


「あぁあ~っ我慢できないよ! ボクも早く戦いたいっ」

「落ち着けよニーナ、一回戦はグロリアさんからだ」


 興奮を隠せないニーナに、ニコラは言う。

 準決勝までの試合はチーム代表者一名による個人戦。

 まず勝たなければ意味がないと、初戦は蒼穹の燕ブルー・スワローの最大戦力であるグロリアの出場が決まっていた。

 しかも、Aブロック最初の戦い。トーナメント初の試合を飾るのだ。

 会場の熱気と興奮にニーナはすでにあてられているが、グロリアは身だしなみに少し気を遣うぐらいで準備を完了させた。

 真っ白なカチューシャ。三つ編みおさげ。清潔なエプロンに、腰には二本の短剣。

 いつものように一分の隙もなく、完璧なメイドだ。

 最初の戦いに挑むべく、グロリアは仲間の応援を受けながら出場者用の通路へと向かった。


 王都近くの平原に建てられたトーナメント専用の会場。一週間をかけて職人たちが木板で組み上げた闘技場風のこの舞台は、数百人の観客を収容でき、本格的な試合の雰囲気を演出していた。

 試合の広間に一歩出たグロリアは、その壮観さに少し驚く。

 大した興行だ。客席のチケット代だけでギルドはいくら稼いだのだろう。

 観客はこれから有名になるかもしれない冒険者たちを見物しようと、すでに期待と興奮を漂わせている。

 冒険者のランク昇格を懸けた戦いをそのまま商売に変えてしまうなんて。

 これもロバートの戦略だったのだろうか、と、グロリアは少し考えた。

 物思いの間に、トーナメント司会者の声が風魔法を纏って大きく響いた。


「Aブロック、最初の出場者は――特殊職業エクストラジョブ侍女メイドのグロリア!」


 入場してきたグロリアの姿と、司会者の声で、観客は唖然となった。


「おいおい、マジか!」

特殊職業エクストラジョブなんて初めて聞いた……!」

「メイドが戦えるのかよー!」

「会場のお掃除でもするのか~!」


 戸惑いや驚き、好奇の笑い声でざわつく観客席。

 その中に一点だけ毛色の違う声が上がった。


「グロリアー! 応援に来ましたわー!」


 客席で唯一、グロリアに向かって大きく手を振る観客、フィリアナだ。

 トーナメント出場を知ったフィリアナは、グロリアの晴れ舞台を是非目にしたいと応援に駆けつけたのだ。

 ふっと表情を緩めたグロリアは、フィリアナの方に手を振り返した。

 司会は対戦相手の発表に移る。


「対するはァ――剣士セイバー、ライデン!」


 いつの間にかグロリアの目の前にはひとりの人物がいた。

 真っ白な頭髪を頂いた老齢の男で、薄汚れたマントを羽織っている。

 その顔つきは穏やかで、いかにもといった好々爺顔だ。


「んなっ……ジジイだと!?」

「メイドとジジイのバトルって何がどうなってんだー!」

「チケット払い戻しできるのかな……」

「いや逆に面白い説まであるぞコレは!!」


 メイドと老人というのどかな対戦カードに、観客側は意気消沈。中には帰ろうと荷物を支度し始める者までいる始末だった。


「ホッホッホ、ワシの相手はメイドさんかの。ええのお、ワシは若いモンの相手をするのが大好きなんじゃよ」


 老人はそう言い、開けたマントの中から一振りの得物を取り出した。

 それは刀と呼ばれる東方の剣で、鞘が真っ白く塗りつぶされた、不思議な見た目をしていた。

 その刀を見て、誰かが「あ」と驚きを洩らした。


「白い鞘の……あのじいさん、“白雷びゃくらい”だ!」


 そう叫ぶ声に、驚愕が連鎖する。


「白雷って……あの、東方の剣聖!?」

「盗賊百人斬りに、ドラゴンを刀一振りで追い払ったっていう、あの――!」

「なんでそんなバケモンがブロンズ級に――!?」


 雷が落ちたがごとく、一気に沸き上がる客席。

 グロリアは動じずに、相手をよく見た。白い鞘に、真っ白な髪。どうやらとてつもない有名人を引いたらしい。


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