実力、見せていただきます②

 玄関から逃げていった男を追い、全員は外へ。

 そこに馬の鳴き声と、けたたましい蹄の音が響く。

 やってきたときと同様、馬で逃げたらしい。グロリアたちも残った馬を拝借し、追跡する。


「はぁっ!」


 グロリアは力強く掛け声をかけ、馬を走らせた。

 男は街道を外れて、森の方に進んでいる。グロリアは《灯明ライティング》を自分の馬の頭上にかけ、後に続く皆の視界を照らした。

 グロリアの馬が速度を上げて男を追い込み、その差はほんのわずかとなる。

 一瞬、グロリアは明るい視界の隅で何かが動くのを見た。

 そして、前方から悲鳴があがる。男の身体が馬から引き剥がされ、宙に浮いている!

 驚く間もなく、男は灯りの範囲外へと消えてしまう。

 グロリアは手綱を引いて馬を急停止。危険を感じて地面に降りる。

 異変を感じた後ろの三人も同様に馬から降りて、様子を伺った。


 そのとき、また男の悲鳴があがった。

 続く衝撃。男の身体が地面に強く叩きつけられ、砂埃を撒き散らす。

 うつ伏せになった身体は荒く息をしていた。動けないところを見ると、肋骨かどこかをやられたのかもしれない。

 限られた照明でわかるのはそれだけだ。何も状況が掴めない。

 グロリアは短剣の鞘に触れながら、その場を一歩動こうとした。

 その瞬間、ニーナが叫んだ。


「グロリアさん――危ないッ!」

 やにわにニーナの身体がぶつかってきたと思うと、グロリアは弾き飛ばされた。

 グロリアの立っていた場所にいたニーナは太い蔦のようなものに巻きつかれ、四肢を封じ込められたまま宙に浮かせられる。

 これは――、


「ニーナッ!」

「ニーナちゃん!」


 ニコラとルカの叫びが重なる。

 そこへグロリアは辿り着いた答えを叫んだ。


「トレントです!」


 トレント――古木に魔力が宿り、魔物化した樹霊モンスター。蔦を触手のように操り、攻撃や捕食を行なう。

 《灯明ライティング》を操作し、グロリアは本体の位置を見つけた。

 一見、ただの古い大樹だが、樹の表皮には呪詛のこもった人間の表情のようなものが浮き上がっている。

 そいつが蔦を伸ばして男を投げ飛ばし、今はニーナを吊るし上げた正体だ。

 とっさにニコラは弓を構える。


「ダメ! 刺激したらニーナちゃんが投げられちゃう!」

「じゃあどうすりゃいいってんだよ……!」

「下手に動いて刺激しない方が得策です」


 グロリアも焦るニコラを制した。

 トレントは視界が悪く、動く気配に敏感に反応する。無闇やたらに動いては、二本目の蔦で捕らわれ宙吊りだ。グロリアは少し厄介な相手だと思った。トレント自体は大した敵ではない。問題はニーナが捕まっていることだ。下手に攻撃すれば彼女が危ない。――どうする。

 グロリアが思考したわずかなその時間、ルカが動いた。

 彼女は荷物からいくつか小瓶を取り出すと、蓋を開け、液状の中身を頭から被り始める。


「お、おい、ルカ、何やってんだ……っ!?」


 ニコラが訊ねるが、ルカは必死な様子でそれを続ける。

 彼女は頭からローブの下まで、いくつかの種類の液体でずぶ濡れになると、おもむろに駆け出し、トレントの方を目指した。

 自殺行為だ。

 さすがのグロリアも絶句した通り、俊敏な蔦がルカの身体を絡め取り、あっという間に宙へと連れ去る。

 そこで反応が少し違った。ニーナと違い、ルカを捕らえるや否や、トレントは樹の幹の大口を開けて待ち構える。


 捕食する気だ――! 助けに向かおうとしたグロリアはその瞬間、ルカと目が合う。

 彼女は悲鳴ひとつあげず、至って真剣な面持ちだ。まるで望んでトレントの体内に呑み込まれるかのように。

 そのまなざしに心を動かされたグロリアは自分の動きを止める。

 蔦に覆われたルカはそのままトレントの口の中へ。

 呆然となるニコラとグロリアだったが、トレントがまるで咀嚼するように口を動かす様を見ていると、変化があった。


 グ、グルォォオオ………。


 風の唸りのようなトレントの声が洩れると、苦しげに開いた口の中から樹液にまみれたルカがなんと自力で這い出してくる。片手には小さなナイフ、もう片手にはつるりとした木の根に似た何かを携えながら。


「ニコラ! ニーナちゃんを!」


 必死の身体で這い出してきたルカはそう叫んだ。

 唸り声をあげるトレントの枝葉や蔦はカサカサと急速に枯れていき、ニーナの身体から力をなくした蔦が外れていった。

 宙にあった身体が投げ出される。

 そこへダッシュをかけたニコラがニーナを受け止めた。


「最後は――グロリアさん、お願いしますっ!!」


 そう叫んだルカが言い終わる前に、グロリアはもう準備ができた。

 右のベルトに下げた紅の魔剣、煉獄の救世主ギルティ・レイを手に取り、勢いよく地を蹴る。

 生命力を徐々に失いつつも、最後の力を振り絞って人間を襲おうとするトレント。

 その邪悪な顔に向かって、紅い刀身を大きく走らせる。


「魔法剣――《真紅炎撃レッド・フランベルジュ》」


 斬られた傷からはこの世のものではない魔力の炎が噴き上がり、トレントの巨大な幹を炎上させる。

 地上に降り立ったグロリアは、燃える古木を背中に、魔剣を鞘に収める。


「グロリアさん、かっこいー!」

 ニコラに助けられ、自分も地上に降りたニーナが腕を振り回しそう叫ぶ。

 子供っぽい仕草を見て、ルカとニコラが呆れ、苦笑する。

 いつも通りだ。

 グロリアは皆の無事を確かめ、安堵する。


「でも、褒められるのは私よりルカさんかと」


 そう言うと、樹液ででろでろのルカは「え?」と首を傾げ、意味がわかった途端、慌て出す。


「そっ、そんな、私なんて何も……!」

「そういやルカ、なんで小瓶を開けて被ったの?」

「ああ、あれはね、トレントの好物の果実の匂いに近づけてとっさに合成したんだよ」

「捕食されたのは?」

「口の中に、トレントの蔦を司る器官があるから、それをちょん切ってきたの」

「………」


 ほら、と手にした木の根のようなものを見せてくるルカ。

 気軽に見せてくるそれに、グロリアたちは沈黙した。


「ひょっとして……ルカ」

「え?」

「お前、めちゃくちゃスゲェんじゃねぇか……!?」


 ニコラが声を上ずらせてそう言う。

 これにはグロリアも同意だ。

 とっさの判断で果実に擬態できるよう匂いを調合し、魔物の体内に入り込んで重要な器官を見極め、切り取ってきた。

 正直、駆け出し冒険者の技量ではない。


「えっと、えとえとえと、調合はずっと頑張ってきたことだし……! 魔物のことも、おばあちゃんに多少は教わってたから……!」

「あのばーさん……何気に弟子育てるスキルすげえんだな……」

「ルカ、すっごい成長してたんだな~っ!」


 幼馴染みたちも感嘆する。

 グロリアは納得した。ルカといい、彼らといい、――蒼穹の燕ブルー・スワローはすでに初心者の域を超えている。

 冒険者としては日が浅くとも、それぞれに今までの人生で培われてきた経験があり、実力があるのだ。

 これは彼らを舐めている方が痛い目を見るパターンではないのか。

 いや、そうなる。

 確信を抱いたグロリアは、ニーナ、ニコラ、そして――ルカを見た。


「ルカさん。私もあなたの機転には助けられました。ありがとうございます」


 グロリアは心からそう告げる。

 すると、真正面からそう言われたルカは、また耳まで赤くさせ、「うぅう~っ」と力ない声を絞り出した。


「……グロリアさんがそんなこと言うの、反則だよぉ……っ」


 と、か細い声が恨めしそうに言う樹液まみれのルカ。

 ニーナはニヤニヤと笑い、グロリアはやっぱり意味がわからず呆けていた。

 森の夜が深まる。


 トーナメントまで――本当にもう少し!

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