第46話 王様権限

「じゅっぱーせんと……?」


「あぁ……。一割だ。一割上げろ」


「イチ……! なぜ、そんな、急に……」


「今、言ったろう。引っ越す者の手当は全て国が賄うと。そのためには資金が必要だ。我が国の財政も無尽蔵ではないのでな」


「しかし、一気に一割というのは……」


「わかった。じゃあ、二だ」


「な、……!」


「二。わからんか? 二割、全ての税率を上げろ」


「……仰っている意味が……お分かりでしょうか?」


「なんだ?貴様。朕に意見するか?」


 俺の手の上で、パキパキと音を立てて氷が現れる。ショボクレは雷属性だ。


「い、いえ……。そのようなことは……」


 人は痛みに弱い。


「では、そのように進めろ」


「ハ……、ハッ!」


「なんか……あれだな」


「……何でしょう?」


「つまらんな」


「……はぁ」


「スポーツでもするか」


「す……、すぽおつ……?」


 俺は聖堂の中へと入り、窓際まで行く。ショボクレは少し間を開けて後ろをついてくる。窓からは旧帝国の領土が一望できる。


「吹けよ風! 呼べよ嵐!」


 俺がそう叫ぶと、にわかに風が強くなり、上空に黒い雲が現れた。かと思うと、雷が光り、豪雨が降り注ぐ。


「な……! 突然、何をなさるのですか!」


「だから言ったろ。スポーツだ。ちょっとした気晴らし……、娯楽だよ」


「きば……、ごら……! 気晴らしや娯楽で、民を苦しめるのですか!」


 叫んだショボクレの顔を、稲光が照らす。


「貴様のせいだぞー」


「わ……、私の……?」


「貴様が朕に意見するからだ。朕は気分を害した」


「そ……!」


「おーおー。逃げ惑っておる。結構距離があるが、割とよく見えるな」


「……」


「もう良いぞ。下がれ」


「……御意」



 朝。


 鈍い寝覚めの中、しばらく起き上がれず、何度か眠っては起き、を繰り返す。夜は眠れないくせに、どうして朝は眠くて仕方がないのだろう。


 ようやく重い半身を起こすと、そのタイミングを待っていたかのように、涼やかな呼び鈴の音がした。


「おはようございます、陛下」


 ロージの声だ。侍女を置く必要もないのだが、俺はロージに側にいてもらうことにした。週に四日は俺の側、残りの二日は実家で家業を手伝っている。


 ベッドから起き出し、体を引きずるようにして扉まで歩く。


 鍵を外し、開ける。ドアを細く開け、二人の衛兵、そしてロージ以外には誰もいないことを確認する。


「おはよ……」


 俺は室内へ入るよう促すと、「失礼致します」と一つ頭を下げて、ロージは入室した。


 この日は二日間の休み明けだったので、会えるのを楽しみにしていた。しかし、いつもなら朝日にも負けない笑顔で、かがんで下から、俺の顔を覗き込むように挨拶するのだが(ロージは俺よりも背が高い)、三日ぶりの彼女はいつになくうつむき加減だった。


「お着替えを手伝います」


 そう言いつつ、俺に顔を向けないよう、気を付けているように見える。だが、朝の光は容赦がない。照らしだされたロージの頬は、腫れ上がっていた。


「おまえ……、頬っぺた、どうした?」


 ロージは反射的に身をすくめて、顔を背けた。


「ちょ、見せてみろ」


 俺は、ロージの両の手首をつかんで顔を見ようとした。しかし、尚も顔を背ける。隠しようはないのだが……。


「も……、申し訳ございません! こんな姿で……。とんだ御無礼を!」


「そうじゃない。全然違う。無礼なんかじゃない。何があったんだ? ……あ! ごめん、その前に薬だった。……つーか、どこだったっけ?」


「薬箱は、その棚の一番上の左から二番目です。……あの、でも、薬は塗ってありますので、じきに腫れは引きますから……その、……大丈夫です」


「いや大丈夫って……、結構腫れてるぞ」


「いいんです。大丈夫です。申し訳ございません。お目汚しをしてしまって……」


「いやだからいいって。なんだよ、そのお目汚しって……。何があったんだよ?」


「その……、階段で転んで……」


 こういう時の嘘は、大体階段で転ぶことになる。それは隠界でもこっちの世界でも不思議な符合があるようだ。


「違うでしょ」


「……」


「階段で転んだら、そんな平手の痕は付かないもん」


「……!」


 ロージは慌てたように両手を頬に当てた。


「……申し訳ございません」


「いいよ。今の嘘は王様権限で不起訴にする」


「……ありがとうございます」


「で? 何があったの? なるべく冷静に聞くから、言ってごらん」


「……あの、……宜しいのでしょうか?」


「宜しいのです」


「お耳汚しになりますが……」


「汚れません。抗菌処理をしてるから」


「コウ……キン……?」


「あ……、いや、いいから、言いなさい。もう、帝妃命令です。国家権力発動です」


「はい……、では……。あのぅ……、たれまして……」


「誰に?」


「誰……、というか、ご近所さんに……」


「何で?」


「私がお城でお仕えしていることが、快く思われていないようで……。それで……」


「ブッ殺す!」


「え?」


 俺は窓際へ駆け寄った。この部屋からも領土が一望できる。


「ロージの家はあそこら辺だったっけな? その近所を全部攻撃すりゃあいいよな。ジスイズ連帯責任」


「帝妃様、お待ちください!」


「待たん! 行くぞ! 悔い改めよ! 風雲昇りサンダーストー……」


「お、お止めください!」


 ロージは俺の腕にしがみついた。ロージの方が大柄なので、少しよろめいてしまった。


「ロージに狼藉を働く奴には天誅をくれてやる」


「だから、お止めください!」


「なんで?」


「私のことはいいんです」


「だって……。人を黙らせるには恐怖が一番だぜ」


「私は……、そんな風にして人を変えるのは……」


 俺は黙ってロージを見つめた。


「あ……も、申し訳ございません……」


 俺の顔を見て、ロージは慌てて俺から手を離し、後ろへ下がった。俺はどんな顔をしているのか。鏡が遠くて良かった。


「でも、それだけは……お願いです」


 ロージは、深々と頭を下げた。


「……わかったよ」


 俺は窓から離れた。


「ありがとうございます」


 ロージは、更に深々と頭を垂れた。


「顔、洗って来る」


 眠気はすっかり覚めていたが、頭を冷やすのも兼ねたかった。


 洗面所に向かい、熱い湯で顔を洗った。大分すっきりした。顔を洗い終わると、側にはロージが控えていて、タオルを渡してくれた。


「ありがとう」


「お着替えの準備を宜しいですか?」


「うん」


「では、失礼します」


 ロージにネグリジェを脱がされ、着付けがはじまる。


「……帝妃様、」


「ん?」


「最近、嵐が多いですよね」


「んー、そうかな? そうだね」


「私の家の者も、近所の人も、お買い物に行ったときのお店の人も、みんな、困っております」


「んー、……そうなんだね」


「昨日も突然、嵐が起こりましたよね」


「そうだったっけ? ……そうだったね」


「今朝、登城するために家を出たら、道の真ん中に大きな水たまりができていまして。あー困ったなー、と思って水たまりを見ていたんですけど」


「困るよね。うん……」


「そうしてるうちに、小龍こりゅうが草むらから三匹ほど出てきまして。そうしたら、その小龍たちがその水たまりで水浴びを始めたんです。とても気持ちよさそうに」


「ふーん……」


「わたし、一見、困ったなー、って思うことも、後々から見てみると、誰かの役に立ってることって、あると思うんです」


「そういうことも、あるのかなぁ……」


「私はあると思います」


「うーん……」


「はい。お着替え終わりました」


 ロージは上から下まで、俺の周りを一回りして、一通り俺を見る。


「うん、完璧です。今日もお美しいです」


 そう言って、頬の腫れた笑顔を俺に向けた。


「ロージ、」


「はい?」


「ロージの家の近所には、旧獣人って、住んでる?」


「え?」


 ロージの笑顔が消える。


「ええ……、おりますが……」


「うん。そうか……。わかった。何でもない」

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