第45話 王

 先ず、最高権力者である枢密院が、敵である俺の前にで現れるのは不自然だ。


 次に、クイルクたち護衛の兵士がいるにはいるが、えらく控えめな人数で、なんとも心許ない。川に全戦力を投入したとはいえ、これから戦おうという意志はとても感じられない。非常に違和感がある。


 その心許ない数の兵士たちが、クイルクとショボクレを中心に前に出た。そして、その兵士たちに隠れるように爺さん共もそれに続いた。


 枢密院の連中が地面にいることが、何かすごく違和感がある。それまでは、それこそ高みに、この城で一番高い塔にある聖堂でしか見かけたことがない。そんな彼らが土の上(石畳ではあるが)にいることが妙に不思議な光景だ。


 また、日の光の下で見る彼らは、思ったよりも若い。薄暗い聖堂の中で見た彼らは、なんとなく後期高齢者くらいに見えた。しかし今、こうして相対してみると、大体還暦くらいのように見える。そう思うと、なんとなく威厳も減ったように見えるが、その分まだまだ元気があるようにも見える。


 そしてふと思った。警戒した方がいい。


 よくよく考えたらこの老人たち(と言って還暦くらいだが)も、それぞれの属性を持っている。枢密院になるくらいだから、それぞれに強力な能力を持っていると考えた方が、むしろ自然だ。


 そう思うと、この少人数の護衛も何か余裕の現れですらある印象に変わる。それに何より、直で俺の前に現れたではないか。しかも相手は四人だ。それぞれ、火、水、氷、雷の属性の数と符合する。偶然とは思えない。


 にわかに緊張が襲ってくる。しかし、覚悟はできてるつもりだ。この国を手中に収めた後、やらなくてはならないことは山積している。


 そこに行き着く前に、負けるわけにはいかない。俺はこのクソみてぇな世界をブチ壊すためにここまで来たのだ。


 いきなり先制攻撃を仕掛けるか。火か、水か、氷か、雷か、どれで攻撃を仕掛ける? いや、相手の出方を待ち、それぞれの攻撃に対応するべきか。俺は、ウスノロの背に立ち上がった。


 それに呼応するように、枢密院も衛兵を押しのけ、前に出た。そして四人は、地に手を着けた。地面から、何か攻撃を仕掛けるのか。俺は身構えた。しかし、特に何も起きない。四人は微動だにしない。どうも様子が変だ。


「帝妃様、」


 小太りがこうべを地面に垂れたまま、言った。そして気付いた。四人のこの体勢。これは、あの土下座に似た所作だった。小太りが続ける。


「御帰還、我等枢密院一同、心よりお待ち致しておりました」


 何……、言ってんだ?こいつ。


「再び、帝妃様の栄光ある治世の始まり、その補佐をすることが出来る身に余る光栄、誠に噛みしめて存じます」


 なるほどそういうことか。


「突然の逆賊によるはかりごとを止めることができず、我々枢密院も辛酸をなめ……」


「吹雪吹雪氷の世界!」


 俺がそう叫ぶと、次の瞬間、枢密院どもは氷に閉じ込められた。一人を除いて。やせぎすの爺さんは、氷漬けにされた他の枢密院を見て、腰を抜かした。


「逆賊は貴様たちだろう?」


 やせぎすは、すがるような目で俺を見る。


「て、帝妃様、わわわわた、わた、わた、私わ、わたわたわた……」


 慌てふためきすぎだろ。サンプラーか、てめぇは。


「貴様が火属性だったか」


「あ……、あ……」


不思議の海ブルーウォーター!」


 やせぎすは水の塊の中に沈んだ。


「お前たち!」


 俺は、そばに控えていたショボクレやクイルク、そして衛兵たちに命じた。


「ハ、……ハッ!」


 皆、今自分が仕えるべきは誰なのか、早速理解したようだ。


「この者どもを地下の牢屋に引っ立てい」


「で、ですが……」


 いや、まだ戸惑いはあるようだ。


「この国の民が朕と戦う中、この者たちだけは朕に寝返ろうとした。そのような者はいつ逆賊になっても不思議はない。極刑で良かろう」


「ハ、……ハッ! 帝妃様!」


「朕を帝妃と呼ぶな」


「は、はい……。では、何と……?」


 尋ねたのはショボクレだ。


「朕は帝妃ではない。道具ではない。朕は自らがこの国を治める。王だ。女も男も超越した『王』である。朕のことは王と呼べ」


「ハ、……ハッ! おい! その者たちを牢へ引っ立てい!」


 氷漬けにされた枢密院、水の塊で溺れているやせぎすは、それぞれ衛兵たちの手によって運ばれていった。


 俺は城を見上げた。またしばらくやっかいになる。



「突き落とすか?」


「御戯れを……」


 俺は後ろに控えるショボクレに声をかけたが、返事は無難なものだった。


 俺とショボクレは、移隠の儀で使う、あのテラスの上にいる。


 手すりは相変わらず設置されておらず、平板な半円形が突き出たような代物だ。遥か下にある川の流れは、かつては二つの急流がぶつかり、激しく飛沫を上げ、このテラスにまで響く轟音を轟かせていたという。


 今、その名残はない。川が一つ流れて来なくなったのだから、致し方のないところだろう。しかし、激しい飛沫が復活するのは、そう遠い話ではない。


「ダムの修理の予定はどうなっている?」


「ダム……? 堰堤えんていのことでございましょうか?」


「それだ」


「ハッ。少々遅れ気味のようです」


 俺は、王の下に宰相を置き、相談役及び実務係として使うことにした。そして、その役職にはショボクレを抜擢した。


 こいつなら、俺を連れ戻すため、危険を冒して隠界へも来たし、こっちへ来てからも、色々と世話にもなった。消去法で一番信頼できるのがショボクレだった。


 クイルクはダメだ。あいつは脳筋だからな。こういう事務方としては無能だろう。その代わり、軍のトップである最高指揮官に据えた。武力でなら彼の右に出る者はない上、やはり消去法で一番信頼できる。


「であれば、稼働時間を増やすしかないな。あと、人員の確保だ。旧獣人、特にデカい連中の村があるだろう? そういった村から、あと百人ほど連れてこい。旧帝国領土に住まわせろ」


「し、しかし、それでは帝国人が、」


帝国人、だろ? もうこの世は全て朕の帝国なのだから。帝国人も獣人もない。皆、等しく朕の民だ」


「は……、申し訳ございません。で……、その、帝国人が住む住居を確保することができず……」


 俺はショボクレの言葉を中途で遮った。


「だから、今ここに住んでる旧帝国人を、ここへ来る旧獣人が住んでいた村に引っ越させれば良いだろう」


「い、いや……、それでは……」


「何か問題があるのか? あ、そうか。じゃあ、こうしよう。引っ越し手当は全て国が持つ。これでどうだ?」


「費用の問題もありますが、しかしそれだけではございません」


「何だ?」


「その……。旧獣人の住んでいた村に旧帝国人を住まわせますと、その……、問題が生じます」


「どんな?」


「おそらく……、旧帝国人は、ただでは済まないでしょう……」


「ぶっちゃけた話、仲が悪いということか?」


「平たく言えば……」


「ま、確かに。最初のうちはそうだろうな」


「最初……?」


「何事にも順序はある。何かが変わるには痛みが伴うものだ」


「い、痛みと申されましても……!」


「そのうち仲良くなるだろうさ」


「仲良くなる前に帝国人は獣人どもに殺されてしまいます!」


帝国人。獣人」


「……! 申し訳ございません……。ですが、陛下もご存じでしょう! 帝国人と獣人の間には、」


「それは身から出た錆びではないのか?」


「いや、それは……」


「異がありそうだな。なんだ? 神話の類の話が根拠か?」


「それは、獣人側も、」


獣人」


「……獣人側も、同じようなものでは?」


「だったらお互いさまだろ?」


「……」


「それに、世界は今や朕のものだ。すべからく朕のものだ。その朕のもの同士は、仲良くしてもらわんと困る」


「……! 御意……」


「あ、そうだ。すぐに税を上げろ。全ての税を一律10%だ」

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