第38話 隠者

「でね、隠者を長くやってればやってるほど、住むところがさあー、なんつーか、笑っちゃうっていうかさあー……」


 要は「上級者」になればなるほど、よりワイルドな場所に住むようになるということを言いたかったようだ。おそらく、自然と合一化する、という観点から隠者はそうなるのだろう。


「ちなみにその「笑っちゃう」ところって、どんなとこ?」


「そうだなあー、例えば断崖とか、滝の内側とかー、」


「笑える要素一つもねぇけどな」


「そういう、普通住まないところに住むと、もっと、なんつーの、こう、どーんとサァ、そういう感じのものに、自分もなれる、っていうかさぁ、そういう感じになれるらしいよ」


 より厳しいところで暮らすことができれば、より自然に近づいている、ということなんだろう。自分に厳しいスタイルは、まさに修行僧である。


「だから、隠者たちにしてみれば、獣人も帝国人も、同じなんだって。同じにすんなっつーんだよな」


「え、なんで同じなの?」


「なんかさー、隠者の人たちから見れば、こう、カチッていうかさ、住むところとかも自分たちで建てるっつーか、町とか? あとは割とこう、道具とかもあるしさー……」


 帝国人も獣人も、隠者たちにしてみれば文明を築いているという点では同一であるらしい。


「大丈夫かな……。その隠者っていう人たち? 世捨て人感ハンパねぇんだけど」


「大丈夫じゃない? あんま気にしないと思うよ」


 いや、今までの話総合すると、めちゃくちゃ気にしそうじゃん。すごい気難しそうな人たちじゃね?


「それに隠者の家に行くと特典があんだよ」


「なんだよそれ?」


「困って訪ねてきた人には一晩は食事と宿を提供しなくちゃいけない、っていう習慣があんだよ。だから、行けばタダで泊めてもらえるし、タダメシが食えるぜ」


「なるほど。それはいいなぁ」


 今の俺の状況にとって、これほど渡りに船な人たちもないというものだ。


「私は実家以外には身寄りがないから、宿に困るとよく行くんだ」


 なんだろう。いいんだろうけど、良くないような気がする。そういう、いわば修行僧の家を無料の宿代わりに使うってのは、何か気が引ける。


「でも、泊まるのが許されてるのは基本は一泊だけなんだよな」


「そうなのか」


 一泊だけでもありがたいことこの上ないが。


「だから、翌日からは別の隠者を頼る。そんな風にして隠者の家を転々としているから、隠者の家には私、詳しいんだよね」


 隠者たちはレティエヌの食い物にされてる感が……。


「で、その隠者たちは大抵川沿いに住んでるってわけ。隠者の家を川沿いに上流へ行けば、私の実家に着くっていう寸法よ」


「でも、俺たち行って大丈夫なのか? 許されてるのは一泊だけだろ? これから行く家はお前が泊まったことがある家だよな?」


「大丈夫だよ。一定期間過ぎたら、うやむやになっちゃうから」


 割といい加減に暮らしている人たちであるようだ。



 それを「住宅」と呼んでいいものかどうか、俺には自信がない。


 レティエヌに連れてこられた隠者の家は、いわゆる穴居住宅ではあった。しかし、より正確な表現を求められたなら、それは洞窟である。穴である。崖にぽっかりと空いた穴なのだ。


 その「穴」にレティエヌは物怖じせずにズカズカと乗り込んでいく。いや待て。ここは異世界だ。さっきも、形も大きさもティラノサウルスみてぇな龍を見かけたばかりだ。「住宅」ではなく、「巣穴」の可能性もあるではないか。しかし、よく考えたらレティエヌも立派な異世界の住人だ。それくらいの違いはわかるだろう。


 しばらくして、穴の中から稲光がした。かと思うと、レティエヌが出てきた。


「いやあ、参った参った。龍の棲家になってた」


 レディエヌは違いのわからない獣人であるようだ。そしてどうやら、その龍を討ち取ってきたらしい。


「引っ越したか、喰われたか……。どのみちいなくなってた。次、行こう」


 さらりと怖い事を言って、さっさと行ってしまう。こういうことはしょっちゅうあるのだろうか? 俺はこいつを頼って大丈夫なのだろうか?


 しかしその後は順調だった。確かに隠者の家は洞窟だったが、それはちゃんと、巣穴ではなく住宅だった。大抵の隠者は、いぶかしそうな目で俺を見るが、特に何も言わず、ちゃんと一晩泊めてくれた上、夕食と朝食を振る舞ってくれた。


 食事は大体山菜と魚の汁ものが多かったが、たまに龍の肉が出る。龍の肉は鳥と豚、もしくは鳥と牛の間といった味だった。いずれにしても鳥要素が強い感じだ。


 食べ方としては、豪快に串刺しにして火で焼く。それに火の草と呼ばれる草をすりつぶした香辛料をかけて食べる。これで生臭さを消している感じだ。


 しかしまぁ、御馳走になった分際でこんなこと言うのはアレだが、正直辛いだけでそれほど美味しいものではない。肉も固い。


 むしろ、山菜と魚の汁ものが美味かった。隠者それぞれに味の個性があるのも楽しかった。しかし、どれも非常にさっぱりとした味わいという点では共通している。また、臭いを取る薬草があるのか、川魚なのに生臭さは感じない。それでいてしっかりとそれぞれの魚の味がする。


 採れる魚は隠者の魚の仕掛けや釣り方、また川の場所にも左右されるので、色んな種類の魚を食べることができた。そして、これがまたどれも美味しい。獣人の世界は魚料理天国であるのかもしれない。


 また、色んな獣人の方と出会った。レティエヌのような猫型もいれば、俺を襲ったような犬型もいる(隠者の犬獣人は穏やかだった)。その他、シカ、リス、タヌキ、キツネ、イノシシ、サイ、ゾウなどなど、様々な獣人がいた。


 また、形は違えど、共通しているのは、獣人は皆ほとんど喋らないということだ。


 喋る時もひっそりと話し、笑う時も声を立てて笑うことなどせず、ひっそりと微笑む。そもそも、表情筋がそれほど発達していないように思う。それは隠者だからかもしれないが、非常に穏やかな人が多いという印象だ。


 逆に言うと、レティエヌの方が獣人としては変わっているように思えてきた。よく喋るし、よく笑う。よく怒りもする。表情筋も非常に発達しているようだ。


 どうも、レティエヌは他の獣人とは違うような気がするが、多分村にいる獣人はレティエヌのような獣人が多いのだろう。自然と合一しようというくらいだから、隠者は皆穏やかなのだ。そうに違いない。


 そんな風に隠者の家(穴)を転々としていたある夜のことだった。


 寝ていると、突然隠者に起こされた。何だどうした曲者か、と思ったら、事実その通りだったので目がバッチリ覚めた。


 その隠者(イノシシの獣人だった)が言うには、他の同居の隠者が俺の寝首を掻こうとしているらしい。今のうちに逃げた方がいい、ということだった。


 やはり俺は帝国人。隠者にまで嫌われてるか、と改めて思うと、やはり悲しくなってくる。隠者と言っても獣人は獣人だ。


 致し方がない、と無理矢理自分に言い聞かせ、こうしちゃおれん、と思い直した。俺たちはそそくさと旅の支度をし(俺がフードを被っただけだが)、暇を告げた。


 こんな真夜中に追い出されて、夜行性の龍とかに出会ったらどうしようとも思うが、なんせ俺たちである。腕に覚えはありまくりだ。


「じゃ、行くか。あー、だりぃー……」


 と不満タラタラのレティエヌに、


「あ、ちょっと待って」


 と声をかけた。


「なんだよ? 忘れ物か」


「うん」


「持ち物なんてねぇだろ」


 それには応えず、俺はイノシシの獣人の隠者の元へ戻った。


「わざわざ起こしてくれて、ありがとう。おかげで助かった」


「え……! いや……」


「じゃあ、元気で」


 軽く手を挙げた俺を隠者は止めた。


「ちょっと……、待ってくれ」


 そう言って、奥へと消えた。


「なんだよ」


 レティエヌが声をかけてきた。


「いや、待ってろって」


 しばらくして、イノシシの獣人の隠者が戻って来た。


「これを……」


 差し出された膨れ上がった袋の中身を見ると、野菜や果物、干した魚などでいっぱいだった。


「え、そんな、悪いよ」


 俺が遠慮しようとすると、隠者は俺の手を取って、無理矢理に持たせた。


「達者で……」


 最後に隠者はそう言った。

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