前夜、慟哭

青田夢結

ユダの夜

注意:この物語は、史実とずれている箇所があります。

ご了承ください。

◇◆◇




ベッドに潜って眠ろうとすると、

途端に明日を迎えるのが怖くなってきた。

目を閉じて、眠ろうとしても

明日のことがちらついて眠れなくなる。


寒いはずないのに、体が震えてくる。

心の芯から来る寒気は、布団をかぶっているはずの

僕の体を徐々におかしくしてく。


「......大丈夫。どうにかなるさ」

――あの人は、いつもそうやってきたんだから。



そう呟いても、体の震えは止まらなくて、

息を深く吸って、すぐさま吐いて、

落ち着こうとしてみても

余計に目の前が真っ暗になるような感覚に陥るだけだった。


「..........あ、あっ」


寒気が酷くなる。

歯がカチカチと鳴り、布団に入っているの体が寒さで震える。

体の真ん中に鋭い痛みが走り、頭の中がぐるぐると回っているような感覚。

体中から汗が止まらず、誰かの不規則で荒い声のせいで

ますます目が覚めるような有様だった。

......その声が僕のものだと、気づけたのはいつだったか。

寒さをこらえてようと蹲ってみても、

収まる気配は全くなくて、むしろ悪化する有様だった。





「どうしたんだい?」


そう言って、お師匠様が僕の部屋へ来た。



――ああ。


明日、僕はこの人を裏切るのか。


「体が震えているじゃないか。

なにかおかしなものでも食べたのかい?」

「......わ、わからないぃ、んで、す............!」


これ以上嘘は重ねたくないのに

僕は、更にこの人への罪を増やしていく。


「......そうか」


そう言って、お師匠様は立ち去る――と思いきや

更に僕に近づいてきた。


そして、体の不調が止まらない僕の背中をゆっくりとさする。


「――神よ。かの者を怯えから開放し、

かの者を御身のあたたかな心で癒やし給え」





――そう言って、お師匠様が僕の背中をさすり続けてから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

徐々に体の震えは収まっていき、過呼吸気味だった息は、自然に落ち着いていった。


「......ありがとう、ございます」


「これくらい、なんともないさ」


「......なんで、僕のことが分かったんですか?」


「そりゃわかるさ。

皆は私の大切な弟子だからね。

ほら、おやすみ。

明日は早いのだろう?」


「......そうでした」

「もう夜が深い。早めに寝なさい」


「わかりました」


「――それじゃ、また」


そう言って、お師匠様――キリスト様は、僕の部屋の扉を閉めた。

周りがまた暗くなり、僕は少し落ち着いたこころと共に眠ろうとし――気づく。












明日は、午後にこの家を離れるはずだ。



震えが体の中を駆け巡――らなかった。




「は、ハ」


代わりに、乾いた笑い声が口から溢れただけだった。

お師匠様はやはり気づいていた。

晩餐の時のあの人は、勘で動いたわけではなかったのだ。


「......お師匠様。

僕は、ユダは、大罪を犯そうとしていたのですね」


きっと、今頃は部屋の外にほかの弟子たちを集め、僕の確保に動こうとしているだろう。




「――潔く、捕まろう」


そう思って、約束の時刻まで僕は、部屋の中でずっとドアを見つめていた。

今までのお師匠様との思い出を、頭の中で繰り返しながら。




なのに、誰も来る気配がない。

不思議に思いながら、僕は恐る恐る部屋の扉を開けた。


扉を開けた瞬間に捕まえてくれるのではないかと思ったのに、

誰もが寝静まっていた。


......お師匠様は何をしているのだろうか?

そもそも、あのときに何故僕のことを止めなかったのか。


一つの考えに思い当たった。



お師匠様は、わざと捕まって、ローマ教皇と話したいのではないか。



今考えれば、とても身勝手な考えだと思う。

でも、その時はその考えが頭の中を支配していった。


――僕はお師匠様の弟子で、商人の息子だ。

――お師匠様の考えを汲み取れなくてどうする。

――そうだ。これは裏切りではない。

これは―――





―――僕にしかできないことだ。



気が狂っていたのだと思う

そうとしか思えない思考だった。


でも、その時はそれ以外の考えが思いつかなかった。





急ごう。

刻限まで時間は少ない。

家の扉を勢いよく開け、僕は憲兵所へ急いだ。






朝早く起きた街の人は、皆、口々にこう言った。

『誰かが家から出てきたと思ったら、

そいつは悪魔がしていそうな笑顔でで憲兵所へ向かって行った』と。

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前夜、慟哭 青田夢結 @ikura_yume

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