第26話 出立相談

 翌朝。自室に戻って軽く睡眠を取った後、俺は「砂地の輝石ビジューサブレ」の面々と一緒に所長室に来ていた。理由はもちろん、昨夜に俺とレオナールで話をした、世界各地を巡る旅についてである。

 ウラリー、シルヴィ、エタンの三人にも、事前にこの話はしてある。三人とも、喜んで賛成してくれた。残るはアルフォンスからの承認を得るだけだ。


「世界のまだ発見されていない古代魔法を探す旅に出たい……か」


 レオナールが簡易的にまとめた計画書を見ながら、アルフォンスは目を細める。一通り計画書に目を通し終わった彼は、こくりとうなずいてこちらを見た。


「大いに歓迎する。止める理由はない」

「おお……」

「ありがとうございます、所長」


 すんなり承認を得られたことに俺が感動する横で、レオナールが満足そうに微笑んだ。礼を述べる彼に、アルフォンスは額の宝石を触りながら口を開く。


「だが、他国に赴いて古代魔法の紋様を探すということは、他国の魔法研究所やそれに準ずる組織と紋様の奪い合いになるということだ。先に発見すれば研究の権利を得られるとは言え、優先権はその紋様の存在する国になる。そのことは忘れないように」

「はい、所長」


 曰く、ガリ王国以外の国にも魔法研究所や紋様探索専門の冒険者がいるそうで、そうした組織は俺たち同様、自国を回ったり各国に出向いたりして古代魔法の紋様を探索しているんだそうだ。

 古代魔法の紋様は世界各地に眠っているが、基本的には紋様の位置する国が所有権を主張できる。その国にある遺跡やらなんやらに彫られているのだから当然だ。

 他国に出向いて紋様を探す際、遭遇したその国の冒険者が同様に紋様を探していた場合、国外の冒険者は素直に引き下がる、というのがルールだそうだ。紋様探索の冒険に同行や協力は出来ても、紋様を持ち帰ることは許されない、とのこと。

 すぐに返事をするレオナールに、続けてアルフォンスが言葉をかけた。


「それと、お前たちのパーティーに一人、復元班の人間をつける。整った紋様ばかりが見つかるわけではないし、サイキ下級部員も紋様の復元は不得手だ。復元に関してのプロフェッショナルは必要だ」

「確かに、そうですね」


 アルフォンスの言葉に返事をしたのはウラリーだった。確かに俺は、紋様を修復、復元することには長けていない。スマートフォンの解析機能も、カメラで取り込んだ紋様をそのまま解析してしまう。となれば、復元の専門家を同行させるのはおかしな話ではない。


「そうっすよね……俺のこいつ、そのままを読み取って解析することは出来ても、復元とかは無理っすし」

「そうだな、紋様に欠損がある可能性を考慮すると、復元班の人員は重要だ」


 俺が自分のスマートフォンを見ながら言うと、エタンも納得したようにうなずいた。となると6人で行動することになるわけだが、結構な大人数だ。

 その復元班の人物とうまくやっていけるだろうか、と俺が考えている中で、さらにアルフォンスは言葉を続けた。


「最後に。発見した紋様はなるべくその日のうちか、一両日中に魔法研究所宛てに送付するように。発見してそのままお前たちの手元にあって、お前たちに万一のことがあっては、紋様が散逸さんいつしてしまう」

「もちろんです」


 告げられた言葉に、レオナールがこくりとうなずいた。

 確かに、俺たちに万一のことがあって、せっかく手に入れた紋様を魔法研究所に届けられなくては、探索の意味がない。それは、なるべくすぐに送れ、というのも当然だ。

 しかしそんな、国際郵便みたいな仕組みがあるとは恐れ入った。さすがは、だいぶ技術が発達している世界だ。

 俺が感心していると、今度はレオナールがアルフォンスに問いかけた。


「送付に当たっては、秘密郵便ひみつゆうびんを使う認識でよろしいでしょうか?」

「そうなる。一般郵便を使うわけにはいかんし、国を跨いでの送付となるわけだからな」


 レオナールが発した言葉に俺はきょとんとした。秘密郵便。聞いたことのない単語だ。こっそりとシルヴィに耳打ちする。


「秘密郵便?」

「重要度の高い書類や物品を送る時に使う郵便の仕組みだよ。一般の郵便は『ポータル』を使って輸送するけど、秘密郵便は転移魔法を使うんだ」


 小声で返してくるシルヴィが、俺の顔を見てにっこり笑う。

 なるほど、送付に当たっての手法が違うわけだ。確かにここまで『ポータル』があちこちに伸びているなら、それを使って輸送するのが一番早いしたくさん運べるだろうが、秘匿性には欠ける。そこで転移魔法を使えば、もっと早くに、邪魔されずに書類を送れるというわけだ。

 聞けば、いわゆる郵便車というものもあるそうで、そういう手紙やら書類やらを運ぶ専用の車両が『ポータル』にはあるらしい。よく出来た仕組みだ。

 俺が目を見開く中で、アルフォンスが執務机にひじを付きながら言う。


「ガリ王国立魔法研究所として、お前たちの活動は最大限援助させてもらう、資金についても無尽蔵にとまでは言えないが、予算をつけられる範囲で支援する。必要に応じて申請するように」

「承知しました」

「ありがとうございます」


 彼の言葉に、レオナールとウラリーが揃って返事をした。なるほど、資金面の心配をしなくていいのはありがたい。長旅になるだろうから余計にだ。

 と、そこでアルフォンスが俺に視線を向け、手招きをしてくる。


「ああ、それとサイキ下級部員」

「はい?」


 呼ばれて、首を傾げながらアルフォンスの方に近づくと、彼は執務机の中から一つの革袋を取り出した。机の上にそれを置き、俺によこしながら彼は言う。


「まだ銀行口座の開設が出来ていないので手渡しになるが、先のブーシャルドン遺跡調査に関しての報酬と、今回の案件にかかる支度金だ。報酬については多少の色をつけている、これからの期待の表れと捉えてもらって構わない」

「おお……」


 そう話しながらうっすら笑うアルフォンスに、俺はちょっと感動を覚えながら革袋を手に取った。手に持つと、ずっしり重い。結構な金額が入っているのが予想できる。

 いや、それよりもだ。初めての給与である。今までバイトの経験はあるから、給与を受け取ることは初めてではないが、この世界にやってきてから初めて、俺はお金を手にしたのだ。重みが違う。

 すぐに他の面々も俺の周りに集まってきた。シルヴィがせがむように俺の腕に手をかける。


「マコト、見せて見せて」

「あ、どうぞっす……この国の貨幣価値、俺分かんないっすし」


 彼の言葉に、俺は革袋を手渡した。正直、彼らに見てもらった方が価値が分かるだろう。

 果たして、手渡された革袋を覗き込んだシルヴィが、おもむろに袋の中に指を入れながら声を上げる。


「えーと……うわ、すごい」

「えっ?」


 驚きの声を上げつつ、彼が取り出したのは金貨だった。それが2枚。表面には渦を巻く蛇の紋様が彫られているのが分かる。


「アギヨン金貨! それが2枚も。初任給でこれを貰えるなんてすごいことだよ!」

「他には……ルメール大銀貨が15枚、ギルマン小銀貨が18枚、か。なかなかに高額な報酬だな」


 エタンも袋の中を覗きながら、感心したように言った。確かに、革袋の中には八角形をした大きな銀貨と、それより一回り小さいサイズをした四角形の銀貨がたくさん入っている。これが、それぞれルメール大銀貨と、ギルマン小銀貨なのだろう。

 ガリ王国はいわゆる硬貨でやりとりする形で、一番上位からアギヨン金貨、ルメール大銀貨、ギルマン小銀貨、エルー銅貨、ジョナ鉄貨、とグレードが下がっていくそうだ。

 一般的に魔法研究所の初めての仕事で支払われるのは、ルメール大銀貨が10枚少々、という感じらしい。アギヨン金貨はルメール大銀貨20枚の価値があるそうで、つまり俺の初任給は一般の報酬の、実に4倍以上の額を貰ってしまったらしい。

 いいのだろうか、と思うと同時に、これは「今回の案件の支度金」を含む、ということを思い出す。それも含んでというなら、この高額報酬も納得だ。アルフォンスが執務机の引き出しを閉じながら言う。


「先にも述べた通り、貴君には大いに期待している。数多くの魔法に触れ、知識と経験を得てきたまえ」

「おお……あざまっす、頑張ります」


 彼の言葉に、俺はすぐに頭を下げた。ここまで期待をかけられているなら、頑張るしかない。期待を裏切れない、というやつだ。

 話がまとまったところで、アルフォンスがもう一度計画書を手に取る。それを見ながら、彼は静かに口を開いた。


「同行させる人員の調整などがあるため、すぐの出立とはいかん。決まり次第連絡するが、それまでは引き続き、国内の紋様探索に当たるように」

「承知しました」


 アルフォンスの指示を聞いて、レオナールが小さく頭を下げる。他の面々も、文句を言うようなことはない。

 果たして、来るべき出発の時間を心待ちにしながら、俺たちは所長室を後にした。その時間が来るまで、いつものように仕事をする必要がある。俺は紋様探索の準備を始めながら、わくわくが抑えられなかった。

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