第11話 第三書庫

 夕食を食べ終わって、すぐさま俺たちは魔法研究所の地下に向かっていた。

 階段を降り、警備の職員にタグを見せて、廊下を移動し、一番奥。明らかに厳重そうな扉の前でレオナールが立ち止まる。


「ここが第三書庫だ」

「はー……」


 ここの扉の前に立っている警備の職員にもタグを見せながらレオナールが言うと、俺は扉を見て、扉の反対側の天井も見て、息を吐き出す。

 ただの扉ではない、奥にももう一枚扉がある。さらに言うなれば天井には明らかにカメラ・・・がある。どう見たって監視カメラだ。


二重扉・・・っすか、おまけに監視カメラ。厳重っすね……」


 明らかにこれまでの設備よりも格段に厳重な警備体制を見ながら俺がこぼすと、一枚目の扉を職員に開けてもらいながらレオナールが微笑んだ。


「解析前の紋様を保管するための書庫だからね。解析が終わった紋様ももちろん秘匿性は高いが、解析前のものが他国の研究所に渡ったら、解析の手柄を横取りされてしまう」

「ボクたちの探索がまるっきり無駄になっちゃうわけだからね。とっても気を使っているんだ」


 早速扉をくぐっていくレオナールの後ろについていきながら、シルヴィも肩をすくめた。エタン、ウラリーもその後に続く。俺も彼らの後について中に入り、後方で扉が閉められ鍵がかかる。

 こうして外扉の鍵がかかってから内扉の鍵が開かれる仕組みらしい。分かってはいたが本当に厳重だ。


「『砂地の輝石ビジューサブレ』、レオナール・ルネ・バルテレミー上級部員以下5名、入ります」


 内扉の隣に設置されたマイクにレオナールが呼びかけると、内扉の小窓が開いた。奥から所長ことアルフォンスが顔をのぞかせて言う。


「来たか。他に連れているものはいないな?」

「はい、監視映像でも確認できるかと」


 アルフォンスの言葉にレオナールがこくりとうなずいた。なるほど、あの監視カメラの映像が書庫の中で確認できるらしい。

 カメラを確認したらしくアルフォンスが視線をそらす。そしてコクリとうなずくと、鍵が開いて扉が開かれた。


「確認できている。入れ」

「失礼いたします」


 開いた扉から俺たちが中に入る。と、そこに広がっていたのはあらゆる大きさ、あらゆる形の、紋様の印刷された紙の数々だ。解析前の紋様が保管されているとは言っていたが、結構な数が収まっているらしい。


「うわ……」


 あまりの紋様の多さに圧倒されて立ち尽くしていると、扉を押さえたままのアルフォンスが不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「何をもたついている、サイキ下級部員。さっさと入れ、鍵をかけねばならん」

「す、すんません」


 言われて、俺は慌てて扉の傍から離れて中に入る。そうして室内に入ると、余計にこの書庫の広さが感じられた。そこいらの図書館並みの広さがある。


「広い……」

「すごいでしょう。これまで私たちや他の捜索班の冒険者が集めてきた紋様が、ここに収容されているの。巨大な紋様もたくさん集めてきたから、これだけ広いのよ」


 言葉を漏らした俺に、ウラリーがくすりと笑いながら言葉をかける。なるほど、まだ解析前で集めてきたままとあれば、どうしたって収納性は悪くなる。つまりレオナールの『魔導書グリモワール』みたいな、本に収められないということだからだ。

 紋様を収納している棚の上に手を置きながら、アルフォンスが目を細める。


「他の部員から聞いていることと思うが、この書庫には解析がまだ行われていない紋様が保存性の高い絹紙けんしに複写される形で保管されている。この魔法研究所の最高機密の集積所と言える」


 そう話しながら手を広げるアルフォンス。食堂でも話を聞いたが、やはりここが魔法研究所で一番重要な場所ということだ。

 そこに、やってきたばかりの俺を連れてくる、というのは。アルフォンスが続けて話す。


「サイキ下級部員。貴君のその魔動板マジックボードは映像を取り込み、解析し、魔法の運用を代行する能力があるという。その機能の実演は先程やってもらったが、解析能力がどこまで出来るのかを確認したい」

「それで……俺をここに?」


 彼の言葉に俺は目を見開いた。

 確かに俺のスマートフォンは一瞬で古代魔法の紋様を解析できる。魔法として運用も出来る。しかし、性能制限がどんなものなのか、というのは調べておいて損はないわけだ。

 納得しながら首を傾げると、アルフォンスがこくりとうなずく。


「そうだ。解析可能な紋様の大きさ、欠損度合い、年代……解析班による人力での解析を妨げる要素は多数ある。それを貴君の魔動板マジックボードが代行できるのなら、我々としても好ましいわけだ」


 その言葉に、俺もなるほどとうなずいた。確かに、俺のこのスマートフォンがどこまで出来るのか、を測るのは重要なことだ。俺も、いざ紋様を前にしてスマホを構えて「あっ無理っす」っていうのは避けたい。

 納得した様子の俺を前に、アルフォンスが棚を開けて中から巨大な巻紙を取り出す。その大きさはまるで映画館のスクリーンのようだ。材質も、ただの紙というよりは布に近い。


「そうだな、まずはこれから解析してもらおうか。イーウィーヤ神暦965年6の月に、ラングラン皇国の朽ち果てた洞窟の最深部で発見された紋様だ」

「うわ……でっか」


 棚の上に巻紙を置いてわずかに広げて見せるアルフォンス。その大きさは想像以上だ。紋様を構成する四角一つ一つが、人間の手のひらくらいのサイズがある。

 巻紙を広げるのを手伝いながら、レオナールが口角を下げる。


「第三書庫に保管されている紋様でも最大級のものだ。石の床一面に彫られていたもので、おそらくは神歴以前に残されたものと推定されている」

「マコト、どうする? お前の機械のことを考えると、壁に掲示した方が解析しやすいのではないか」


 後ろで腕を組みながら見ていたエタンが、俺の方を見ながら助言してきた。なるほど、たしかに壁に吊るすなどしたほうが撮影もしやすい。この書庫の広さだと、端から端まで使わなくてはならないかもしれないが。


「そうっすね、壁に貼るなりかけるなり、してもらえますか」

「いいだろう、少し待て」


 俺が声を上げると、アルフォンス、レオナール、エタンが三人で巻紙を持った。そのまま書庫の壁に向かい、紋様を吊るすための棒に巻紙を固定する。紙の下部分にも棒を取り付ければ、巻紙は棒の重さで勝手にピンと張られる、という仕組みだ。

 その状態の巻紙を持ち、棒につけられた紐を書庫の壁に据えられた滑車にかけ、引っ張り上げれば巻紙が壁に貼り付くようにして設置される。これならシワもないし、読み取りは簡単だ。


「これでどうだ」

「バッチリっす。さて――」


 アルフォンスの言葉に返事を返して、俺はスマートフォンのカメラを起動する。自分の位置を調整しつつ、紋様の全体をカメラの枠に収めるようにすると、壁から向かって書庫の反対側の端に近いところで画面に全体が入った。

 それと同時にカメラが画像を認識し、魔法を読み取る。表示された内容は、こうだ。


 ―― 魔法『大崩壊ナショナル・コラプス』を取得しました。発動するには画面をタップしてください ――


 俺は目を見開くより他はなかった。スマートフォンを落とさなかっただけ偉いと思う。

 なんだ、「大崩壊」って。見るからに危険で恐ろしい魔法ではないか。


「ふぇっ!?」

「マコト、どうし――」


 素っ頓狂な声を上げて震え始める俺に、ウラリーとシルヴィが慌てた様子で駆け寄ってくる。心配そうに駆けてくる二人に、俺はスマートフォンの画面を見せるしか出来ない。

 そして、スマートフォンに表示されている魔法名を見るや、二人の顔からさっと血の気が引いた。


「これは……嘘でしょう?」

「え、待って、これヤバいやつじゃ!?」


 その様子を見て、他の三人も只事ではないと判断したのだろう。俺たちの方に走り寄ってくる。そして彼らも彼らで、俺のスマートフォンを見て絶句していた。


「なんと……なんという……」


 アルフォンスが絶望した表情で、声を漏らすのが見える。どうやらこの魔法は、明らかにヤバい代物らしい。

 そんな危険な魔法を、画面タップ一つで使える状態であることが恐ろしくて、俺は反射的にホーム画面に戻るボタンを押していたのだった。

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