第10話 貴族実態

 所長はこの後も仕事があるということで、所長室を後にした俺たち。俺にあてがわれた所員寮の部屋に余分な服を置いた俺は、食堂で「砂地の輝石ビジューサブレ」の4人と夕食を取っていた。

 ガリ王国は大麦の生産が盛んで、主食はパンとのことだが、東方の国から輸入したコメもあるらしい。大麦を混ぜて炊いたコメにブラウンシチューをかけた、カレーライスみたいな料理を食べつつ、俺はレオナールに問いかけた。


「そういえば、所長さんってレオナールさんの、こう……お父さんだったりするんっすか?」


 俺の質問に、俺の隣で豆のサラダを食べていたウラリーが微笑む。彼女の種族である妖精人エルフは元来、森に危害を加えるべからずということで肉食を尊ぶのだそうだが、彼女は出身が都市部であるということでそんなに気にしていないのだとか。


「あら、よく分かったわね。それともレオナールが話していたかしら?」

「い、いや。ただなんか、顔が似てるなって思って」


 ウラリーの言葉に俺が首を振ると、レオナールに視線を向けながら彼女は言った。


「魔法研究所の現所長は、アルフォンス・ギー・バルテレミー。ガリ王国の貴族・・、バルテレミー伯爵家の現当主の弟さんにして、レオナールのお父様ってわけ」

「えっ」


 そして、何でもないように口から飛び出した言葉を聞いて俺は目を見張る。

 貴族。貴族と言ったか、今。


「き……貴族?」

「おや、私から明かしたかったのだけれどね」


 目を見開きながらレオナールを見つめる俺に、ウサギ肉のソテーにナイフを入れていたレオナールが苦笑した。そう言いつつ彼がシャツの襟ボタンを外すと、そこには薄い青色で彫られた蝶の模様の刺青いれずみがある。

 その刺青を俺に見せるようにしながら、レオナールは話した。


「そう、私の伯父おじであるクレマン・ポール・バルテレミーはバルテレミー伯爵家の当主を務めている。まあ、甥である私に当主の役目が回ってくる可能性が低いがゆえ、こうして冒険者家業をさせてもらっているわけだがね」


 曰く、バルテレミー伯爵家現当主のクレマンの弟が、レオナールの父にして魔法研究所所長のアルフォンスであり、クレマンとアルフォンスの間にもう一人、セレスタンという兄がいるらしい。クレマンには既に息子が三人いるため、セレスタンやアルフォンスに爵位継承権が来ることは、まずないだろうという見方だそうだ。

 なるほど、それはある程度気楽に仕事ができるというわけだ。はーっと息を吐いた俺の前で、レオナールが彼同様に上級部員であるらしいウラリーに向けてあごをしゃくる。


「ちなみにだが、ウラリーのご実家も貴族だよ。ジルー男爵家さ」

「えぇっ」


 レオナールの発言に、俺はスプーンを取り落としそうになりながら隣のウラリーを見る。俺の視線にウラリーは微笑を返すと、左手に着けていた手袋を外した。彼女の手の甲には緑色をした鹿の模様の刺青。

 二人が話すところによると、この世界の王族や貴族は、家の紋様を刺青の形で身体のどこかに彫るならわしがあるらしい。この刺青の図案や色で、どこの家に属する者か、判別できるようにしているのだそうだ。普段それを隠しているのも、貴族だと分かると強盗やら暗殺者やらに狙われてしまうからなのだとか。

 シルヴィがレオナールが頼んだのと同じ、ウサギ肉のソテーを食べながら話す。


「ほんと、すごいこともあったもんだよねぇ。パーティーメンバーの中で、二人も貴族がいるなんてさ」

「そういうシルヴィも、パレ家の先祖を辿れば著名人がいるのではなかったか。全くの平民出へいみんでは、俺くらいなものだ」


 エタンが牛肉の入ったリゾットみたいなスープを食べながら、ため息交じりにシルヴィに言った。シルヴィの実家は商家だそうで、雑貨や調理器具なんかを売っているらしい。平民は平民なのだが、一応いいところのお坊ちゃんなんだそうだ。

 対してエタンは普通に一般市民の家庭で育ち、特にコネとか何もなしに魔法研究所に入所してここまで上り詰めたんだとか。シルヴィとエタンは中級部員とのことだが、捜索班でコネなしの平民出でそこまで行けるのは結構強いらしい。

 4人の話を聞きつつ、はーっと息を吐きながら俺はシチューライスを食べつつ発する。


「へぇぇ……でも、貴族の家柄なのに冒険者とか、あるんっすね。貴族って普通、そうした冒険者に依頼を出す側だと思ってました」


 そう、貴族って話を聞くと、お屋敷の豪華な部屋で部下の話を聞いて、冒険みたいな仕事は下々の者たちに任せて、報酬を支払う側……そういうイメージだったのだ。異世界ファンタジーのラノベとか、異世界舞台のゲームとか、だいたいそういうものなので。

 俺が言った言葉を聞いて、付け合せのにんじんグラッセをフォークで刺しながらレオナールが話す。


「貴族と言ってもこの国の国民であることには違いないからね。もちろん貴族である以上、良い職業に就いて高い収入を得られることは間違いないが……冒険者という職業はその点、危険ではあるけれど収入は確保できるから」


 レオナールの言葉になるほどと納得する俺だ。貴族と言えども国に仕える人間、やはり仕事はするし金を稼ぐということだ。もちろん貴族の当主であるレオナールの伯父さんには、領地経営の収入なんかもあるそうだが、そうした不労所得はレオナールにはない。

 ニンジンを口に運びつつ、苦笑しながらレオナールが話す。


「それに、一般向けの冒険者組合と違って、私たちは国家機関の魔法研究所付きだからね。言ってしまえば国家に雇用されている形だ。意味合いが若干違う」

「あー……そういう……」


 やっぱり良い家の出身、職業選択の幅は広いらしい。国家機関である魔法研究所やそれ以外の省庁、各組合の職員などに採用されることが多いそうだ。

 一般向けの冒険者組合と国家機関の冒険者は意味合いも異なり、純粋な魔物退治が仕事な人たちと調査や研究の一環で魔物を退治する人たち、という具合に違うんだそうだ。

 ともあれ、伯爵家の一員であるし、現当主の弟は魔法研究所の職員。そりゃ、高級服飾店でツケ払いなんてのも可能なわけだ。


「だからあの時、服屋さんであんな服の買い方をしたっすか……」

「まぁそうだね。そうでなくても『エルヴィユ服飾店』にとってバルテレミー家はお得意さまだ」


 俺がため息交じりに言葉を漏らすと、苦笑しながらレオナールがウサギ肉にフォークを刺した。と、その時。レオナールのローブの胸ポケットに入っていた魔法板マジックボードが大きな音を立て始めた。


「ん?」

「呼び出しの音だ。なんだろ」


 レオナールがフォークを置きながら胸ポケットの魔法板マジックボードを取り出すと、鳴り響く音がより一層大きくなる。シルヴィも首を傾げている。当然だろう、今は夕食の最中だ。


「どういう仕組みなんっすか」

「この施設内には微弱な魔力の波動が満ちていて、魔法板マジックボードと連携して言葉をやり取りできるの。これは放送室からの呼び出しの音よ」


 俺が声を潜めながらウラリーに耳打ちすると、ウラリーも小さな声で俺に返してきた。

 なるほど、この建物の中限定で無線通話が出来るということか。さすがは魔法研究所、そうしたシステムも構築済みらしい。そうこうする間に通話のチャネルが開いたらしく、レオナールの魔法板マジックボードから受付にいたフォレという名だった気がする女性職員の声が聞こえてきた。


「『砂地の輝石ビジューサブレ』。『砂地の輝石ビジューサブレ』。所長がお呼びです。サイキ下級部員と共に・・・・・・・・・・第三書庫しょこまでお越しください」


 そう告げるだけ告げて、チャネルが閉じて呼び出しは終わる。テーブルに置かれたままの魔法板マジックボードをそのままに、4人が揃って顔を見合わせた。

 俺は何がなんだか分からず、恐る恐る問いを投げる。


「第三書庫?」

「解析前の紋様を保管する書庫だな。何故そんなところに?」


 曰く、この魔法研究所の地下には魔法の紋様を保管するための書庫があり、第一書庫が解析済みで実運用にも乗せられている魔法の紋様、第二書庫が解析済みだけれど実運用には乗せられない、または危険であるなどの理由で乗せる訳にはいかない魔法の紋様、第三書庫が収集されたけれど解析待ちになっている魔法の紋様が、それぞれ保管されているらしい。

 もちろん、警備は厳重だし監視の目も鋭い。なにせ魔法の紋様は魔法研究所の秘中の秘だ。外部に漏れるなんてことがあったら大変だ。だから研究所の所員でも、許可がない限りは書庫への立ち入りが出来ないらしい。

 それは、本当に何故?というやつだ。首をひねる俺たちだが、ウラリーがフォークでサラダボウルを軽く叩きつつ言う。


「案外、マコトの機械が頼りにされているのかもしれないわ。早く食べて行きましょう」


 その言葉に、俺たちは急いで食事を再開した。所長からの呼び出しとあればあまり待たせる訳にはいかない。俺は勢いよくシチューライスにスプーンを突っ込んだ。

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