第1話 洞窟放浪

「う……?」


 俺が目を覚ますと、そこは真っ暗な空間だった。頬や手のひらに当たる冷たく乾いた地面。空間がほこりっぽい。

 身を起こして辺りを見つつ、何かないかと手を動かす。硬いものが手にぶつかって、ちょっと痛い。


「うわ、どこだここ」


 手にぶつかったものを支えにしながら立ち上がる。ごつごつした足元なのか、少し足の裏に痛みが走った。立ち上がってみても、辺りは暗くて何も見えない。

 そこで俺は、ずっと手に握りっぱなしだったスマートフォンの存在を思い出した。ボタンを押して画面を点ける。問題なく点いた。ようやく少し、周囲が明るくなる。


「スマホ、スマホのライト……! よし、使える!」


 スマートフォンを操作してライトをオンにした。背面のライトが点灯し、ようやく周囲の状況が分かるようになる。

 と、そこで俺はスマートフォンの画面、右上に目を留めた。バッテリー残量の部分、そこが何だかおかしい。


「あれ? なんだこれ」


 俺はスマートフォンの画面に目を凝らした。バッテリー残量の部分がなんだか、見たことのない表示になっている。

 普通ならパーセンテージとか電池マークとかが表示されるのだが、それが何だか、電源につながっているみたいなマークなのだ。


「充電マックスじゃん、しかも無限に使えるっぽい? ラッキー」


 どうやら電池を無限に使えるらしいことに俺は安堵する。こんな洞窟の中で、周囲も真っ暗という状況。灯りがなくなったらマジで詰みだ。


「で、なんだここ……洞窟?」


 そして俺はスマートフォンを動かしながら、周囲の状況を確認した。

 どうやらここは、どこか洞窟の中のようだ。ある程度地面はなめらかだが、しかし自然の洞窟らしくゴツゴツしたところもある。壁や天井もそれなりに滑らかで、寄りかかったりしても怪我をすることはなさそうだ。

 だがしかし、今の俺の服装はTシャツに短パン、裸足である。こんな格好、間違ってもこんなところをうろついていいはずはない。


「マジかよー、こんな格好で洞窟の中をうろつかないといけないのかよー」


 そうぼやきながら、俺は壁伝いに洞窟の中を歩き始めた。スマートフォンのライトがあるからいくらか明るいが、しかし懐中電灯一つで暗闇を当てもなく歩いているようなもの。この洞窟をどうやったら抜けられるのかも、全く分からない。

 それに加えて、ここが地球ではない、全くの異世界だという現実。嫌な思考が頭をよぎる。


「ってか、異世界、洞窟……っとくりゃあ」


 そう呟きながら、俺がスマートフォンのライトをぐるりと動かしたところでだ。

 右手側に何やら、もぞりと動くものがいた。

 巨大な毛むくじゃらの化け物だ。それが俺の持つライトに照らされて、ぎょろりと大きな一つ目をこちらに向けてくる。


「グゥ?」

「うわーーー!!」


 化け物の声に俺は飛び上がった。即座に身体を反転させて走り出す。

 やっぱり、モンスター・・・・・だ。やっぱり異世界だからモンスターがいるのだ。こんな格好で戦うすべもなく、あんなのと遭遇したら逃げるしかない。

 必死になって走り、突き当たりで俺は息を整える。と、左手側から光る眼が俺を見つめていた。


「ゴア」

「こっちにもいたーーー!!」


 暗闇から姿を見せたのは熊のようなモンスターだ。先程の大きな魔物と違って、こいつは俺を狙って動き出している。もう右側の道に向かって走っていくしかない。

 もう、出口がどうとかここがどこだとか、考えている余裕は一切なかった。とにかく逃げて、生き延びなければ。それしか頭にはない。

 気付けばさっきの熊みたいなやつだけでなく、狐みたいな魔物も数匹俺を追いかけてきていた。死にたくない俺は、もう死にものぐるいで走るだけだ。


「ガァッ!」

「ガルルッ!」

「ひぃっ、ひぃっ……!」


 息も絶え絶えになったところで、ふとスマートフォンのライトで照らされる横穴があった。なんとか俺一人がくぐり抜けられる程度の大きさだ。


「横穴!」


 意を決して俺はその横穴に飛び込んだ。穴の中に飛び込み、身を隠して息をひそめる。念のためにスマートフォンのライトも消した。

 熊と狐は、そのまま俺を見失ったらしい。しばらく横穴のある通路をうろうろとしているようで、声が聞こえる。


「ガゥ……」

「ウルル……」


 しばらくその辺りにいたようだが、すぐに興味をなくしたらしくどこかに行ってしまった。そこでようやく、俺は荒く息を整える。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 息を整えながら、横穴の壁にもたれかかった。この横穴、幸いにも入り口が狭いだけで中は広さがあった。おまけに行き止まりらしく入り口は入ってきた穴だけ。ここなら、とりあえずの安全は確保できるだろう。

 だが、結局どん詰まりなことに変わりはない。


「もう、何だよ……何だってこんな、いきなり死にかけなきゃ、いけないんだよ……!」


 呼吸を整えながら、俺は改めてフレドリクとかいうあの身勝手なおっさんに悪態をついた。

 勝手に召喚して、勝手に失望して、勝手に放り出すなど。しかも元の世界に返すならともかく、同じ世界のどことも知れぬ場所に。その結果が、今だ。

 俺は空いている手で頭を掻きむしった。今の騒動で髪の毛はますますボサボサだ。


「持ってるのはスマホだけ、Tシャツ短パンと下着しか着てない、頭ぼさぼさで喉も乾いた……くっそー」


 八方塞がりだ。もう一度スマートフォンのライトをつけながら、俺は言葉を漏らす。本当に、この状況からどうやって脱すればいいのだろう。

 思考を巡らせながら、先程フレドリクから聞いた話を思い返す。


「そういや、さっきのおっさん、スキルがどうとか言ってたけど……俺のスキル、だっけか、えーと」


 そう呟きながら、俺は指であの魔術師がやっていたみたいに指で図形を描く。すると描いた図形の周囲に、色々と文字が浮かんできた。どうやらこの図形が、いわゆるゲームで言うところの「ステータスオープン」らしい。

 レベルだの、HPだの、MPだのという数値は見当たらない。あるのは「スキル」と思われる、いくつかの文字列だけだ。それを一つ一つ読み上げていく。


「『身体保護しんたいほご』は、あれかな、怪我から守ってくれんのかな。『光源設置こうげんせっち』はまぁ、灯りだよな。『水生成みずせいせい』、おっ、水は飲めるのか。よかったー」


 確認しながら、俺は少しだけホッとした。綺麗な水を生成するスキルが有るのはとても助かるし、光源設置も出来るのならいちいちスマートフォンのライトを使わなくてもいい。

 それはまだ、見ただけで効果が分かる。問題はそれ以外だ。これまた一つ一つ読み上げていく。


「で、後はこれか……『電源供給でんげんきょうきゅう』と『画像解析がぞうかいせき』、『魔力置換まりょくちかん』……?」


 頭に疑問符を浮かべながら、俺は浮かんでいる文字をつついた。つついたところで何があるわけでもなかったが、しかしもしかしたら、これらのスキルが俺のスマートフォンに作用している可能性はある。


「もしかしてだけど、この『電源供給』とやらで、俺のスマホのバッテリーは絶えず充電されているってことか。となると後は、『画像解析』と『魔力置換』だけど……」


 そう、『電源供給』でスマートフォンに電源が供給できているなら、このスマートフォン右上のマークにも説明がつく。とすれば、残り二つもスマートフォン関連の効果である可能性がある。


「なんかこう、スマホのカメラで解析できたりしないんかなー」


 そこで俺は何気なく、本当に何の気無しにカメラを起動してみたのだ。そして横穴の中をあちこち見てみる。

 と。


「お?」


 横穴の天井部分、カメラが一瞬だけ反応する場所があった。ライトをつけてスマートフォンを向けてみるも、よく見えない。


「くそ、暗くてよく分かんないな……あ、ここであれすれば」


 悩んだ俺だが、ここでひらめいた。スキルの使いどころだ。どう使えばいいのか悩みつつ、俺は手のひらを横穴の天井に向ける。


「えー……『光源設置』!」


 手を伸ばしながら声を上げると、なんと、俺の手のひらの先に光の玉が生まれた。この玉の光は横穴全体を照らし、スマートフォンのライトよりもずっと明るい。


「点いたー……! スキル、すげー」


 スキルの効果に感心しながら、俺は改めて天井を見る。何の変哲もない、岩の壁だ。しかし。


「で、ここだったよな……これって、もしかしてだけど」


 呟きながら、もう一度スマートフォンのカメラを向ける。一見すると何でもないでこぼこの石壁だが、カメラはたしかに反応した。反応したということは、つまり。


二次元コード・・・・・・?」


 そう、二次元コードだ。マトリックス式二次元コードと呼ばれる、特定の様式で描かれたコードをスマートフォンのカメラで読み取ると文字列やらなんやらが出てくる、あれである。

 そして、この二次元コードを読み取って出てきたものを確認する。


「お? なんだこれ」


 読み取ったものをタップすると、表示された文言は以下の通りだ。


 ―― 魔法『雷光ライトニングボルト』を取得しました。発動するには画面をタップしてください ――


「魔法……『雷光ライトニングボルト』?」


 それを見て俺は目が点になった。

 魔法。やはり異世界だから魔法があるのか。しかしなんで、こんな形で魔法が読み取れるんだ。

 恐る恐る、画面をタップする。するとスマートフォンの先端から、まばゆい閃光が走った。


「わっ!? なんか出た!?」


 思わずスマートフォンを取り落とすかと思ったが、なんとか堪える。そして震える指でもう一度、画面をタップ。先程と同じように、閃光が俺のスマートフォンから迸った。


「す、すげー……俺のスマホから魔法が出た……」


 あまりの予想外の事態に俺は感動に打ち震えた。

 俺は魔法が使えないかもしれないけれど、俺のスマートフォンなら魔法が使えるのかもしれない。ということはつまり、外のモンスターとも対峙できるのかもしれない。


「もしかして、外の奴らもこれで――」


 そう呟いて、恐る恐る横穴から顔を出す。と、そこで俺は気がついた。通路が妙に明るい。


「あれ?」

「ん」


 と、声を上げた俺の目に留まったのは、頭に三角耳の生えて尻尾を生やした小柄な少年だった。少年は俺の顔を見るや、驚いたように声を上げる。


「ヒトだ!?」

「レオナール、人間がいたぞ!」


 少年の後ろについていた大柄な、鎧を着込んだ青年も俺を見るなり声を上げる。そのまま後ろにいる細身の青年に振り返った。

 細身の青年は俺の方に歩み寄ってくると、明らかに不審そうな目をしながら声をかけてくる。青年の額には宝石のような石がはまっていた。


「君、ここはガリ王国の管轄区域だ。一般人の立ち入りは禁じられている。魔物も多数生息していて危険だ」

「あ、いやその、あの」


 細身の青年の言葉に俺は言葉に詰まる。当然だろう、俺だってなんでこんなところに飛ばされたのか、どうやって立ち入ったのか、説明する手段を持たないのだ。

 と、一番うしろにいた髪の長い女性が、俺を見ながら青年に声をかける。


「ねえ、レオナール」

「どうした、ウラリー」


 女性の言葉に、レオナールと呼ばれた細身の青年が振り返る。女性は手に持った長い杖をこちらに向けながら、淡々と話した。


「この人、明らかにこの国の人じゃないわ。こんなに軽装でこの山に入る人、見たことがない」

「ふむ……確かに」


 女性が言うと、レオナールなる青年が顎に手をやりながら唸った。

 確かに俺は、どう見てもこの国の人間ではないだろう。ここにいる4人の服装は、どう見たってファンタジー世界のそれである。俺のこのTシャツ短パンという服装が浮きまくってしょうがない。

 しばらく思案した後、レオナールが俺に声をかけてきた。


「君、本当なら洞窟の外で話を聞きたいところだが、この深部ではそれも難しい。君が隠れていた横穴で話を聞きたいが、我々も入れそうか」

「えー、た、多分……?」


 レオナールの問いかけに、俺は後方に視線を向けながら返す。5人なら、何とか全員入ることは出来る、と思う。

 おっかなびっくり、俺は横穴の中に引っ込んだ。このよく分からないが敵でもなさそうな4人を通すためには、俺が動かないとならないのだ。

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