第5話【どっかで聞いたような使命だった件】

 翌朝ベッドで目を覚ますと、枕元に新書サイズの小さな冊子が置いてあるのに気がついた。朝食を食べに一階に降り、そこで鯖の味噌煮をほおばっていた父に冊子を見せて尋ねた。


「・・・朝起きたら、枕元にあった。読んでいいやつかな?」


「読んでほしくなきゃ、そんなことしねぇって。」


 それもそうだ。俺は父と一緒に、その冊子の内容に目を通した。

 書かれていたのは大まかな仕事の内容、所謂チュートリアルだ。冗長な文章だったが、要約すると以下のような感じになる。



 ーーーーーーーーーーーーー



 現在、この世界と並行して存在する多くの世界が滅びの危機に瀕している。その原因は、『フォーリナー』と呼ばれる存在。


 世界というものは基本的に、その世界を担当する神の理に則って運営されることで維持されている。例えばこの宇宙を物理法則が支配しているように、あらゆる世界は神の定めたのりよって規定される。


 しかし、その神が定めたのりを何故か無視して行動できるイレギュラーな存在がおり、彼らのことを『外来者フォーリナー』という。フォーリナーの活動によって、その世界が神の定めた法則とあまりに乖離するものになってしまうと、世界は神による支配を失い、混沌に帰する。まあ、簡単に言えば滅ぶ。


 フォーリナーの見分け方は簡単。明らかにその世界の常識や法則に反した者がフォーリナーだ。その世界の人間でも多少無視しているやつはいるが、フォーリナーは「は???」っていうレベルで無視してるから一発で分かる。学園ラブコメにウル○ラマンが出てくるレベルで目立つから、頭のイカレた現地人と見間違うことは基本的にないという。


 そして竜侍オレの使命は、そのフォーリナーたちの活動を控えさせるか止めるかして世界の崩壊を防ぐこと。



 ーーーーーーーーーーーーー


 フォーリナーが活動している世界は、世界の法則に歪みが生じ『極座標』という状態になる。これに赴き、修正することが俺の仕事なんだとか。まるでどっかのスマホゲーみたいな使命だ。


 ・・・が、今回の使命には大きな特徴が二つある。

 その一つが修正対象の数だ。俺が修正すべき極座標の数は、なんと三十個以上。それもどんどん増え続けているらしい。これについては、一つ一つの難易度が低いことを祈るしかあるまい。幸い俺の【爬虫ラプトル】には、カメレオンの擬態能力を模した【能力擬態ミメーシス】という能力が付属しており、これを使うと周囲から異常なまでに目立たなくなり、その世界で何をしていても違和感のない状態、いわゆる『モブ』状態になる。うまく使えばフォーリナーに目を付けられることなく万全の態勢で接近し、速やかに任務をこなすことができるだろう。


 そしてもう一つの大きな特徴は、今から向かう数々の世界は、完全に新しい世界だということだ。別の世界と言っても、別の時間や別の世界線といった感じではなく、完全に現在の地球とは異なる世界らしい。したがってタイムパラドックス等の心配はないし、最悪任務に失敗しても今いるこの世界には何の影響もないそうだ。


 そして説明書の最後のに一文は、いくらか救われることとなった。


「なお、任務が終了し次第地球に帰還できるが、帰還する時刻は出発日の夕方になるよう設定しておいた。暇な日に任務を行うといい。」


 随分アバウトな説明ではあったが、とりあえず使命について理解はできたし、それほどブラックな仕事でもなさそうだったので、俺は最後の覚悟を決め、この仕事を引き受ける決意をした。

 俺は家族が大好きだ。家族と過ごす時間も大好きだ。誰かに奪われるなんて、絶対に嫌だ。そしてそれは、どこの世界にも存在する感情だと思う。だから、俺なんかの力で今この時にも救える命があるなら、何とかして救ってあげたい。彼らの命を、彼らの家族の時間を守りたい。


 その旨を父に伝えると、父は真剣な笑みを浮かべて俺の背中を強く叩いた。


「・・・やっぱ俺とテティスの子だよ。お前は。そうと決まれば行ってこい。どんな英雄も聖人も、最初はその気持ち一つでスタートしたんだ。そのために何が必要で、それをどう手に入れるかは、お前が考えることだ。」


 そして軽い朝食の後、父は裏庭に俺を連れて行った。狭い裏庭にデンと構えている大きなコンポストを取り払うと、中にあったのは堆肥などではなく、小さな石柱であった。

 訓民正音ハングルと楔形文字を足して二で割ったような文字がびっしりと刻まれた、へその辺りの高さまであるその石柱の頂点には、大きなビー玉のようなものが埋め込まれていて、かすかに青白く光っていた。


「・・・これ何・・・?」


「別の世界に飛ぶための装置だ。俺も仕事でよく使ってる。」


「・・・父さんの仕事って、生物学者だったはずじゃ。」


「そんなのは表向きの言い訳さ。確かに生物学者もやってるけど、本職は世界を救うスーパーヒーローだぞ?」


「説得力がありすぎる・・・。」


 転移装置について父から幾つか説明を受け、転移の方法も教わった。転移先は閻魔大王の方で指定するらしいので、俺はその石柱に『霊気』と呼ばれる例のモヤモヤを注入して起動させるだけでいいらしい。


 そして、日差しが暑くなり始めた午前九時頃。

 家族全員に見守られ、俺は出発することとなった。


「それじゃ、長い旅になると思うけど、諦めずにがんばってね。」


 母はそう言って、俺を優しく抱きしめた。姉たちは誇らしげな顔つきで、石柱の前に立つ俺に手を振っている。その後ろに、優しい笑みを浮かべながら無言で頷く父の姿も見えた。

 俺は、皆に向かって精一杯の笑顔で言った。


「それじゃあ、行ってきます。」


 その一言を最後に俺の視界は光に覆われ、彼らの姿は一瞬でかき消えてしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤竜紀行 モノサイト @miranga1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ