Best girls On Board(統)


 役者達の前向きな態度のおかげか撮影スケジュールはそのまま何事もなく進んでいった。

 自分たちアビエイターは彼女らと飛び、そして彼女らが別の撮影や休暇の間に単座戦闘機に乗り換え、外からの様子を撮影する。

 そんな日々も過ぎ、いよいよ最後のシーンの撮影が始まる。一度は撃墜されるも敵が前作の主人公機を輸入していたという奇跡が積み重なり、敵基地から離脱。父親を殺されたわだかまりを乗り越えた新主人公の「プタブル」が離脱命令を無視して敵の第五世代戦闘機に挑みに行く。映画公開日まで外部秘の内容だ。

『そちらと主人公機がヨーヨーで交戦、それに後ろから近づいて攻撃。いいわね。』

『あとで外ズラの為に単座機でもう一度飛ぶんだぞ。再現できる軌道にしてくれよ。』

 第五世代戦闘機のアビエイターのパネモル5がそう冗談を言う。平べったい新型機がレーダーリフレクターを上げたのを確認してから特徴的なスプリッター迷彩の翼を振って可変戦闘機と共に離れていく。

『エトワール、撮影の配置につけ。』

 了解と無線で返して、それから後ろの女優を一瞥する。カメラに隠れて上手く見えなかったがおちついている。よし、いいぞ。我がことのように安心する。それから話しかける。

『ねえ、一つだけ、お願いをしていい?』

 聞く耳を立てたのを確認して話を続ける。

『前言ったよね。アビエイターにとって、機体とは「乗る」んじゃなくて「着る」ものだって。だから……』

 間を置いたのは緊張感を取り戻すためだ。気合を入れる。そうでなければ彼女の前で次の言葉をいう資格はない。一息分の時間を置いて会話を続ける。

『同じように私を着て!私は全身全霊を以て役を演じる。だから、この私を着こなして。ヒーローや弁護士の役割を着こなす様に。』

『あなたと、一つに?』

『うん。私を着れる?』

 悩む時間など存在しない。即座に、出来る。という判断。

『機体も兵装も私の一部。だから貴女は私の一部で、そして私は貴方の一部。』

 入れ替わるように指示が入る。撮影スタンバイ。

『着心地はOK?問題ない?さあ、とっておきを演じるわよ!』

『コピー!エトワール、私、貴女になる!』

『OK!私も貴女になる。』

 操縦桿を強く握る。股下のスティックを握る手から人と人が重なっていくのを感じる。

―――そして、演じましょう。「プタブル」という役を。

 撮影開始、の言葉と共に私は自らを忘却させて銀幕の中に飛び込む。

 最新鋭第五世代戦闘機と向き合う。そして、正対したまま突き抜ける

『プタブル、マージ!』

 その言葉は女優としてのそれではなく映画の登場人物そのものだ。自分たちは今銀幕の映写機が結ぶ像の中に居るのだ。自分を消す。自分は、エトワールではなく、プタブルで、これは単座型で、今、因縁の教官を助けに敵の只中に飛び込もうとしている。

『何をしに来た!』

 主人公の言葉、劇中の進行ではここで彼を追う機体を囲む敵機の群れの中に飛び込んで、それから2対5ののドッグファイトに突入する。

『直感に従いました……』

『大馬鹿野郎!』

『あなたに教わった通りです。それにもう、逃げてももう死にます。』

『分かった。後ろの奴だ。分るか?』

 観客からは陰になる多機能ディスプレイに操縦桿やスロットルの情報が表示されている。 それを元に後席の女優が機体を自分で操縦しているかのようにせわしく動き回る。3回この部分を撮影。

 撮影は続く。もつれ込むドッグファイトで第五世代戦闘機特有の高度な制御機構を持って自分たちが演じる「プタブル」のミサイルを回避……実戦で出来るか甚だ疑問だが、間違いなく絵になる……を実行。それに合わせて主人公が乗る前世代の可変戦闘機も強制的に翼を広げてコブラ紛いの超機動に入る。そして、そこから機関砲の射程圏内で事前の打合せ通りのドッグファイトを撮るのだ。

 頭上を通り過ぎた戦闘機が後ろにぴったりと付く。コブラ機動。そこからその位置関係を維持したまま海面ギリギリまで降下。会場の撮影班の小舟ギリギリまで近づいての撮影。海面が近いのが怖い。

 墜落の恐怖が一瞬過ぎる。昔、古い映画で戦闘機乗りが撮影途中の事故を起こして、厚塗りで一瞬誤魔化した後、映画の中で事故を起こさせてフォローした事があった。だが、こっちはそうはいかない。既に撮影は戻れないところまできた。その上ここでの事故は即、死だ。

 その時パネモル5が後ろ席の役者を気にしてくる。大丈夫だよな、無理はさせるな。私は、振り返った。問題など無かった。何故なら、そこにいるのは女優などではない。TACネーム「プタブル」の名前を持つ映画の登場人物だった。

 参った。まだまだだった。少しでも疑った自分を恥じる。彼女は完全に役になり切っている。それに対して、自分はどうだ?自分はまだ演じてはいない。もっと彼女と一つに、二人で一人に。映画の世界にいる一人の人間として役と一体化する。そうだ。壁を超えろ。私は「プタブル」の一部、彼女の一部なんだ。

 映画のヒーローが事故で死ぬか?落馬で半身を持っていかれるのは、私であって「プタブル」ではないのだ。そうだ。それでいい。

 海面を風で押しつぶし、撮影の小舟の上を突き抜ける。気迫に押されたのか、事故の悪魔は現れる気配すら見えなかった。


 そして、最後のシーン。後ろから、主人公、第五世代戦闘機、「プタブル」の並びになる。最新型戦闘機の電子妨害で……何?バーンスルー?そのニンジャを飛び込ませるよりつまらん戯言はよせ……ロックオンが効かない。過去にミサイル発射事故で彼女の父親を事故で殺してしまったトラウマで誤射を恐れる主人公。その中で、主人公に「いいから、撃って!」と叫ぶ「プタブル」、そして、短い会話の中で克服した主人公は、ミサイルを発射する。


 その会話シーンをロールをかけながら撮影したのち、いよいよトリとなるシーンの撮影に入る。撃たれるなりエンジンを切り、コブラ紛いの機動でミサイルの視界から消える。このシーンの機内映像を取るのだ。前人未踏。コブラ機動のコックピットでの演技だ。上手くいけば第五世代戦闘機の上面を後ろに見せることになる。


『パネモル5、撃たれる位置についた。エトワール?そっちは?』

『いい感じだ。』キャノピーについた後方確認用のミラーに映る彼を見ながら私は女優に「じゃあ、いける?」と聞く。返答は、分かっていた通りだった。

 撮影が開始される。その瞬間、私も女優も再び「プタブル」に一体化する。さっき撮った「今だ!引け!」の合図の続き。速度を少し落とす。そしてアフターバーナーを全開までスロットルを押し上げて、そして、操縦桿裏のGリミッター解除スイッチを小指で突いて、引き起こす。

 唐突に重力の方向が変わる。9Gを超えるG。血流が足元に集まり、広かった空が狭く小さくなる。

 カットが入る。テイク1完了。続いて同じテイクをもう一度。そこで、待ったがかかった。


『今のカットでも十分に使える。だが、もう少し絵になるものはないか?』

 監督は言う。確かにコブラ機動は凄い。だが、もう何度もやってしまった後だ。アイディアが思いつかなくてこれでいこうとしたが、どうも最後にふさわしいカットにならない。『いっそクルビットでも出来れば……無理だ……』

 空中でバク転する機動だ。隊長は、それは余りにも危険すぎる。という。

『さすがに、厳しいかな?』と主人公の主演俳優。

『できます。』と私。

 頭越しに敵機が抜けていくその中で頭上の敵機が爆発する。どうです。絵になりますよ、と売り込む。危険だ。と言う声、賛同する声、振り返る。意見を求めるべき人は彼らではない「私」自身だ。

『やりたい?』

 ごちゃごちゃした配線越しに女優と視線が合う。

『今までとは比較にならないわよ、高いGが掛かって、すぐ真上を通る敵を見る。出来る?』

 彼女は答えた。顔はカメラに阻まれて見えなかったが、笑っている。

 アファーム、アイ、コピー……!

 ……いいよ。やって……それが答えだ。

『一回だけだぞ。こんな危険な飛行。』隊長は笑って、だが真剣な声で回答した。失敗したら飛行禁止モノだぞ。とも。構わなかった。彼女は、わたし、わたしは、彼女、ならば、ここで最高の演技を見せてやる。舞台を見渡す。第四の壁は、見えない。一面の青空と上下など分からなくなるほど蒼い海。

 パネモル5との打合せも兼ねた練習でイメージは掴んだ。最後は操縦席同士がすれ違うギリギリの所を飛ぶ。恐れはない。我ら海軍曲芸飛行隊。失敗が怖くてサーカスが出来るか。

 撮影が始まる。撮影用の練習機から監督が心配そうに見ている。いくよ。と私は半身に声をかけ、機体のコンピュータの制御を外す。操縦桿を強く握りしめる。もう戻れない。

(……行け!)

 尋常じゃないぐらいに世界が縦回転する。パネモル5を見る。手を伸ばせば触れれるぐらいの所を扁平な機体が抜けていく。後で特殊効果で爆炎が追加されるであろうその機体を通り過ぎた後、機体は翼から空気を失い、落下する。

 撮影終了の合図が告げられる。機体は失速。スロットルを一番下まで下げていた機体は落下を始める。再びスロットルをバスター、アフターバーナー未使用の全開運転。それから落ちるに任せて高度を下げる。そして、翼が風を取り戻し、そして戻る。

(雲の上で溺れたら落ちろ……か。)機体の底面が海面を叩く振動の中で私はその言葉を思い出した。もう一つその言葉には意味がある。転じて、それが出来るだけの「落ちれる高度」を確保しろという意味。

 (うん。いい言葉。)今は素直にそう思う。落下は、いつか這い上がるための前動作だ。 

 細かな連絡をしながら雲の上に上昇し、後ろを向く。さっき撮影の最中は何ともなかった彼女が汚い咆哮を上げているところだった。初めて紙袋を取り出す。ついに限界を超えたか。

 それが落ち着いてから、お疲れ様。と私は共演者であり、限界まで泣かなかった彼女のたった一人の観客として、親指を立てて労を労った。


 ブレイクが掛かる。間の短い編隊が一機一機崩れていく。

 退いて久しい旧式の可変翼機が翼を開いてブレイクするのを見送って、私も空母に向けて翼を翻した。光学着艦装置視認、ファイナルアプローチに入る。

『言い忘れていた事があるけど、いいかな……。その劇団の子……』

 言葉が遮られる。丁度、機体が空母の甲板を叩く瞬間だった。機体がフックを掴み、エンジンを開いて、閉じて、止まるまで間を置いて。それから途切れた言葉の続きでもって、私は彼女の健闘を称えた。

『……きっと今嬉しがっていると思うよ。』

 キャノピーフレームの鏡に映る自分の顔を見た。そこには笑ってカーテンコールを待っていたあの頃と変わらない私がそこにいた。

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