12.男と女

 二時間経って仮眠を終えると、またラゲンツ国に向かって南下していく。

 朝と昼、二度の食事休憩を挟んで二時間ほど行軍していると、先に遣わされていた斥候が戻ってきた。斥候は急いでジアードに駆け寄り報告する。

 その様子を、エリザ含め周りの騎士は固唾をのんで見守った。


「ジアード様! 敵兵力が確認できました!」

「どの程度だ」

「視認できたのは約二千の騎士です! その先頭に……セノフォンテ様の姿を確認!」

「……セノか」


 ざわっと風が鳴った。

 ジアードの従兄のセノフォンテ。戦場で対峙するのはあり得ないことではないと思ってはいたが、それでも現実を目の前にするとエリザは動悸がしてきた。ジアードは、いたって平静な顔をしていたが。


「その分では、セノフォンテだけではないだろうな」

「はい……ラゲンツ軍のほとんどが、元リオレインの騎士であると思われます……っ」

「ふむ」


 ジアードは腕を組むと、じっと考えを巡らせているようだった。


「向こうに行っちゃった仲間と、戦わなきゃいけないんだね……」


 ボソリとエリザは呟く。わかっていても、心で拒否を起こしてしまっているようだ。

 しかしそれはエリザだけではなかった。漏れ聞こえる周りの騎士たちの息が、胸中を空気に溶かして淀みを作っている。


「衝突する日は、いつかきたさ。それが今日だったというだけの話だ」


 淡々と放たれるシルヴィオの言葉には、覚悟しか読み取れない。


「元リオレインの騎士ばかりなら、戦闘回避とかできないかなぁ……」

「無理だ。あっちに行ったやつらには、家族がいる。家族をラゲンツ国に置いてきている状態だろ。ていのいい人質、だな」

「だよね……」


 家族をラゲンツ国に残してる状態では、下手に逆らえないだろう。説得なんて方法は夢のまた夢だ。

 寝返りをさらに寝返らせたところで、 リオレインの貧困下ではどうしようもない話である。

 セノフォンテもそうだが、家族のために改宗した騎士は多いだろう。あちらはあちらで戦わなければいけない理由があるのだ。この戦いに負けると、家族がどうなってしまうかわからないのだから。

 そんな風に考え込んでいると、ジアードが心を決めたように騎士たちに振り返った。


「これから第三軍団は、ラゲンツ軍と相対することとなる」


 誰もが雑談を止め、静寂の中ジアードを見つめる。


「みな、ここまでよく私についてきてくれた。私はお前たちを誇りに思う」


 ジアードは、こうして騎士を喜ばせるのがうまい。

 だからこそ、ジアードについていきたいと思わせるのだ。


「これより、第三軍団最後の戦いとなる。よもや、私のめいに逆らうまいな?」


 ニヤリと笑うジアードにつられるように、騎士たちはそれぞれに笑みを見せ始める。

 それを確認したジアードが、大きく息を吸い込んだ。


「正面から行く! 散ることを覚悟した命、文句はないな!!」


 オオオオオと士気が上がると、空気がビリビリと震えてエリザの肌は粟立った。

 これは男と女の違いだろうか。男たちは脳から湧き出るなにかに支配されるように血がたぎっているのに対し、エリザの頭は凍ったように冷静になる。


 喜んで死にに行くなんて、やっぱりおかしいよ……!


 みんないなくなる。ここにいる、全員が。

 盛り上がる男たちとは対照的に、涙が溢れそうになった。

 みんなと死ねるならそれでもいいと思っていたはずなのに、異様な光景を目の前にすると震えた。

 士気に水を差すわけにいかず、ぐっと飲み込んで耐える。ふと見ると、ロベルトが呼ばれてジアードと何事かを話している。

 隣にいたシルヴィオが、横目でエリザを見下ろした。


「エリザ……やっぱりお前は抜けた方がいい」


 手が、顔が、体が、全身が冷たい。ギギギと音を立てる古びた扉のようにして、エリザはシルヴィオを見上げた。


「……何度もいわせないでよ……そんなことしたら、みんなの士気が落ちるじゃない」

「だが」

「ほら、行くよ」


 先頭が進行を始めたので、エリザは足を進める。

 ロベルトはジアードの隣でまだなにかを話しながら歩いているようだ。


 体中が凍りそう……っ


 女は騎士職に向いていないとは、耳にタコができるほど聞いた話だった。

 その時は反発したものだが、今になってようやくわかる。

 エリザは女だ。命を生み出す側の人間だ。男は気が狂っているとしか思えない。


 でも……止められない……


 幾度も止まりそうになる足を無理やり運び、エリザは涙を飲み込みながら進んだ。

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