第4話 面接当日1

 朝食を摂り、わたしはすぐに着替えて荷物の確認をした。


 今日は十二時くらいに東京に着き、そこからいろいろと最終打ち合わせをしたりしてから面接をする予定なので、午前中でもうここ自宅を出なければならない。


 朝食の時に「リアルでのミーティングに来いって言われたから俺も一緒に行くから」と蒼空に言われ、急遽二人で東京に向かうことになった。急だが飛行機に乗ったことがほとんどないわたしにとっては心強い。


 黒いリュックサックに財布、履歴書、ICカード、ペットボトルに入れた水、のどスプレー、のど飴が入っていることを確認し、鏡で自分の身だしなみを確認する。

 白いシャツに黒いジャケットとスカート、ベージュのストッキングを身に着け、髪をポニーテールでまとめ、普段は全くしないメイクをした自分の姿は何度見ても自分だとは思えない。蒼空も「普段と変わりすぎだろ」と言っていた。


「行くぞ、萌恵」


 蒼空の呼びかけに頷いて応え、わたしは一度も履いたことのないローファーを履き、令和にもなって未だに開き戸の玄関を音高く開けて家を出た。


 家の敷地を出てタクシーに乗り、空港へ着くと、もうそこは数分前まで見ていた片田舎の景色ではなく、都会っぽいスタイリッシュな雰囲気だった。


 わたし自身は去年くらいまで東京に住んでいて、十八歳になった直後——ちなみに今は十九歳——のころから宮崎県の祖父母のものをもらった蒼空の家に居候させてもらっている。理由は単純で『実家暮らし』という肩書が嫌になったからと、なんとなく親に迷惑をかけている感じが強くなってきたように思えてきたからだ。


 だから都会慣れしていないわけではないが、何度見ても先ほどまで見ていた景色との差に驚かされる。


 空港は日曜日だからか夏休みに帰省するときよりは格段に人が少なく、ほとんどわたしたちだけだった。


 券売機でチケットを発券し、荷物検査を抜けて羽田空港行きの飛行機に乗ると、蒼空が小さな機械を手渡してきた。

 白くて厚さが二ミリ程度、一辺が一センチくらいの厚紙のようなもので、片面にある小さな銀のふちに囲まれた白いボタンがなんとかそれが機械だということを伝えている。


「俺が心配性なだけかもしれないけど、一応これをポケットに入れておけ。飛行機を降りたらそこのボタンを押して電源を入れてくれ」


 わたしは言われたとおりにその謎の機械をポケットに入れた。

 どうしてこんな謎の機械を渡してきたのか分からずに首を傾げていると、蒼空がその物体が何なのか教えてくれた。


「それは盗聴器みたいなやつ」


 ——いや盗聴器!? なんで?


 わたしがびっくりして蒼空を見つめると、蒼空は詳しく説明を始める。


「気のせいなのかもしれないけど、萌恵が面接をするって言った時から、今日の面接を担当する黒岩さんって人が常に落ち着かない感じで、なんか目が興奮しているというか怖がってるというか・・・・・・なんかありそうで変なんだよな。それで何かあるかもしれないって不安だからとりあえず持っていてくれ」


 正直そこまでするのかと思うが、こればかりは仕方がない。わたしはずっと引きこもってばかりだったので運動能力が極めて低く、相手が襲ってきたりした時には相手が小学生でも抵抗できるかわからない。成人男性が相手だと絶対に抵抗できない。しかも蒼空の勘はなぜか鋭いので、甘く見ていると毎回痛い目を見かけている。


「それが拾った音はリアルタイムで俺のイヤホンに送られてくるから、何かあったらすぐにわかる。そしたら俺が行くから、それまでは・・・・・・うん。頑張れ」


 ——最後ので一気に不安になったんだけど・・・・・・?


「あ、あと空港から事務所に行くまでは迎えの人が車で送ってくれる。大丈夫、その人は俺が信頼してる人だし、第一俺も一緒に乗っていくからな」




 羽田空港に到着すると、ロビーで長めの金髪にサングラスをかけ、赤のパーカーにダメージジーンズという装いのチャラそうな青年がこちらに手を振っていた。この人が迎えなのだろうか。


 わたしはこういう感じの人があまり好きではない。というか苦手だ。話すことができないからというのもあるが、そもそも会話もあまり好きではないので無限に話してきそうな人は始めから避けている。


 だが、わたしの近寄りたくないという願いは届かず、蒼空はどんどんと青年に近づいていく。仕方がなく、せめて目につきにくいように蒼空の大きな背中の後ろに隠れてついていく。


 蒼空と青年の前に行くと、二人は挨拶を交わした。


「あ、お疲れ様でーす」


「おう、お疲れ~」


 ——なんだかすごく仲いいな。この人って蒼空とどんな関係なの?


 そんな私の心を読んだかのようなタイミングで蒼空がチャラい青年を紹介し始める。


「この人は石田健斗いしだ けんと。今から萌恵が面接を受ける《Harbinger》の代表でその運営をしている《MafiNマフィン》のCEOでもある」


 一瞬ぽかんとしてしまった。さっきまでただのチャラ男だと思っていて、さらに見た目もまだ二十代くらいの青年が今からわたしが入ろうとするところのトップだったらしい。

 《Harbinger》の運営会社が《マフィン》というかわいい名前だということも知らなかったが、そんなことよりも社長をチャラ男と思ってしまっていたことで、段々と心臓にひやりとした感覚が絡みついてくる。


 ——そんなに偉かったの・・・・・・? チャラ男とか言っててごめんなさい!


 わたしは口に出して言ってないとはいえ、失礼なことを思っていたことへの謝罪の意思とあいさつの意味を兼ねてぎゅんっとお辞儀した。


「あ、この子が今日面接を受ける・・・・・・なんだっけ」


 うー、あーと唸りながら頭を搔くチャラ男改め石田さんに、蒼空が呆れてため息をつきながら答えを教える。


「清水萌恵ですよ。ゲームの腕は俺と同等以上の実力で、ネットで騒がれている《無音の殺戮者》の正体。でも引きこもりで話さな過ぎて喉を使い慣れていなくて、声を発すると喉が切れます」


「そう、それだ」


 石田さんはパンと手を打ってそう言った。


「あ、そういえばさ、その《無音の殺戮者》なんていう超絶厨二な二つ名って誰が言い出したんだろうね~。まさか本人がネットに出したなんて考えにくいしね・・・・・・」


「本当に突然だし今更ですよ。それについてはどっかの中二病のネット民が出したのがネタ交じりで広まっただけでしょう」


 ——その中二病ネット民、許すまじ。おかげでわたしは有名な配信者の配信に映りこんだ時とかに変に騒がれるんだよ・・・・・・。

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