5-4 Reach Out To Her Dream...?
仲直りが完了したところで、パパを呼び出す。部屋で待っているだけでも気疲れしたらしく、テスト明けみたいな顔をしていた。
「……終わったか」
「はい、これで完全に仲直りしました」
「
あたしと
パパはあたしたちの顔を見比べてから、両腕であたしたちを抱きしめる。
「友達でも幼馴染でも腐れ縁なんでもいいから。ずっと仲良くするんだぞ」
パパだってあたしたちの結婚を望んでいたのでは――とかも思うけど、もう考えなくていいだろう。パパはあたしたちの選択を尊重してくれた、それでいい。
じゃあ次は
「ところで、なんだけど」
仁輔にはまだ言いたいことがあったらしい。
「
「何よ?」
「義花と母さんが本気なら、さ。二人が付き合ったり家族になるのも、アリかと思うんだ」
「……いや、待て待て待て」
あたしは仁輔に詰め寄る。
「お前な、あたしがやっと諦めてきたところに」
「一回聞け義花、さっきもそうやっただろ」
そう言われると聞くしかない、パパも聞くモードに入っている。テーブルのそばに腰掛けつつ、あたしは仁輔に促した。
「……分かった、説明して」
「ああ。理由は……二つになるか、父さんと俺で」
さっきのあたしのプレゼンを返すような形だ。
「まず、父さんの話。母さんから昔のこと聞いた後にさ、父さんと電話したんだよ。
そうしたらさ。結婚した後も、母さんは
咲子さんから実穂さんへの執着なら理解できる、けど。
「待ってよ、あたしには仲良さそうに見えてるよ。ラブラブとかじゃないけど、ちゃんと信頼しあっているんだなって」
「俺もそう思ってきた。けどさ……なんか、分かるんだよ。父さんが帰ってきたときもさ、俺の話はいつもしてくれるし、家族の決めごとはしっかり夫婦で相談してるけど、お互いの話って全然しないんだよ。よその夫婦もそうかもしれないんだけどさ。
俺が家を出たら、二人で一緒に居る理由ってもうないなかもって……この辺、康さんも分かるでしょ?」
パパは溜息をつきながら答える。
「確かにな。君たちが小さい頃、僕たち三人でその話はしたんだ。色々揉めたが、仁が就職した後なら離婚もアリにしようって結論になった。勿論、それまでは浮気もナシ。
咲ちゃんが実穂を忘れられない、あるいは別の女性を好きになった場合は離婚の方が納得いくかもしれないし。岳志は岳志で、しがらみがない方が楽かもしれないからな」
「じゃあ、父さんも覚悟はできてるんじゃ?」
「だとしても、気持ちだけで動かせるほど家族って形は軽くないんだよ。現に二人とも、このまま夫婦の縁が続く想定で色々準備してるんだ。その積み重ねの重みを子供に量られるのは、僕は好きじゃない」
パパの言うことも正しいだろう。津嶋家については知らないが、パパがあたしの将来のためにどれだけ頑張ってきたかは少なからず分かる。お金や経済の話は苦手らしいのに、ずっと資産形成の勉強をしていることだってそうだ。
「ただな。このまま二人が夫婦でいることを、仁が苦しいと思うなら、話も違ってくると思うぞ」
パパに問われ、仁輔はしばらく黙ってから。
「二人が夫婦でいることが……というかさ。今の母さんとこの先も付き合うことが、俺は結構しんどい。だって母さん、全然納得できてねえもん。実穂さんのこと引きずってるだけじゃない、義花のことだって割り切れてない。口には出さないけど、俺が別の女性と一緒になることも嫌がってそうだし」
好きでたまらない人とはいえ、咲子さんが仁輔の負担になっていることだってよく分かる。
「シンプルにさ、親が沈んだムードでいると子供は辛いでしょ」
あたしが言うと、仁輔は頷いた。
「けど、母さんのこと嫌いになりたくないからさ。母さんが思う幸せを叶えてくれるのが良いし……それが義花の幸せにもなるなら、尚更さ」
「気持ちを考えるとそうなるってのは、分かった」
パパも理解はしたらしい。
「で、今のが二つ目か?」
「いや、これから話すのが二つ目。義花が産科医を目指すって話は康さんも聞いてる?」
「ああ、支持もしてる」
「なら、誰かのために自分に厳しくする道だってのも分かるよね」
「……それが岳志と被るからってことか」
「察し早くて助かる」
「待った、あたしは察せてないぞ」
男同士の無言の頷き、みたいな空気は好きだけど今は困る。
「あたしがさっき語った理想は仁に影響されてるから、仁のリファレンス元である岳志さんに行き着くってことよね?」
仁輔の回答。
「合ってる、前提から話す。
父さんが言ってたんだよ。自分が遠い場所でも仕事に打ち込めるのは、母さんが俺の面倒しっかり見てるからで。きつくてもプレッシャーでも頑張れるのは、俺と母さんを不安にさせたくないからだって。
そうやって支え合っているんだと思ったから、俺は二人に夫婦でいてほしかったんだよ。だから、母さんが義花を好きになったことは、父さんへの裏切りだと思ってた」
「浮気といえばそうだからね、仁に恨まれるのは当然だってあたしは思うし……許されようとは今も思ってないよ」
「そもそも義花は俺に対しても浮気してたからな」
「……そっか、そうじゃん、ごめんなさい」
「キリないからいいわ……話戻すけどさ」
怒りや絶望を経ての、仁輔の真剣な結論。
「俺はそのうち家を出るし、父さんも数年したら退官して……再就職するかもだけどさ。とにかく、母さんを必要とする理由は今より減るだろ。
けど、義花はこれからじゃん。色んなものを背負って歩き続けるんだってときに、隣に大事な人がいないのは寂しいだろうって俺も思う。
「……つまり、今度はあたしに順番が回ってきたと?」
「大体はそういうこと、それで母さんが幸せになるなら」
あたしが仁輔の発言を反芻していると、パパが口を挟む。
「仁が真剣に考えたのは分かるんだがな。咲ちゃんは岳志と別れてやって老後までやっていけるか、みたいな話も絡んでくるんだぞ」
「俺はそういうのは分からないから、決めることはできないよ。あくまでも、そうなったらいいって願い」
そう、だよな。
あたしが社会人だったらまだしも、高校生である。
築いてきた家族を捨ててほしいなんて、あたしからは言えない。
「あたしが本当にドクターになれたら迎えに行く……とか?」
「そこまで来たら義花も立派な大人だ、僕がどうこう言えることじゃない」
「そんなに長く待つのも辛いだろ、全員」
平行線である。
……というか、正直。
「ごめん仁、あたし今めっちゃ疲れてて良い考えできない、一回預からせて」
流れをぶった切って悪いが、さっきから感情が動きっぱなしでキャパオーバーである。ただでさえ金曜の夜なのだ。
「そうだな、咲ちゃんに報告して終わりにしてくるといい」
パパに促され、あたしと仁輔は津嶋家へ。
待っていた咲子さんも疲れきった顔だった、ひどく気を揉んでいたらしい。けど、あたしたちの顔を見て少しは安堵したらしい。
テーブルを囲み、仁輔から切り出す。
「母さん。俺と義花は今日を限りに、カップルや夫婦になる可能性を完全に消します」
咲子さんは涙を呑み込むように、ぎゅっと目を閉じてから答える。
「……うん、分かった。今まで仁に期待かけすぎて、ごめんね」
「もういいんだよ。義花が好きって気持ちで身についたものは沢山あるし、それは何も無駄にならない。それに、」
仁輔は視線であたしにパス。
「あたしたち、これからもずっと一番の友達だから。仁が大事だって気持ちはこれまでと変わらない、むしろ前より強くなってる。だから咲子さんは、心配しないで大丈夫だよ」
「……そっか、本当に仲直りできたんだね、良かった」
言葉とは裏腹に。咲子さんの顔は全然晴れていない。ひどく苦しげに俯いたまま、あたしたちの顔をまっすぐ見ようともしない。
それでも、あたしは言わなくちゃいけない。
「どうか、仁と愛する人の将来を、祝ってあげてください……咲子さんが仁の選択を疑うのは、あたしも嫌です」
ケジメの言葉を口にしつつ、咲子さんの表情に胸が締め付けられる。
――やっぱり、咲子さんには笑っててほしいな。
そんな咲子さんの心が曇ったままなの、嫌だな。
あたしが晴らせるなら、笑顔にできるなら、なんだってしたい。
咲子さんがずっとあたしに幸せをくれたのなら、今度はあたしが返したい。
けど、あたしと恋人になる道は。
咲子さんにとって、一人の大人の女性にとって、今よりずっと険しい。
好きな人と一緒ならそれで幸せなんて子供の世界観じゃ、覆せないんだ。
「じゃあ、もう遅いから……おやすみ、またね」
席を立つ。咲子さんの顔を見たら離れられなくなりそうだから、振り返らずに早足で玄関を出て、訳もなくマンションの階段を駆け上がる。
自分の部屋に戻り、ベッドの上でぼうっとしていると、パパにノックされる。
「いいよ」
「義花、一つ言っておきたいんだが」
「うん」
「義花が成人してから、本気で咲ちゃんと一緒になりたいなら。僕はいくらでも岳志に頭を下げるし、金の助けだってするから」
「……本当に?」
「本気ならな。津嶋家との仲が壊れる覚悟を義花が決めるなら、僕もそうする」
体を起こしてパパと向き合う。
「岳志さんはパパの一番の友達、なんだよね」
「ああ、あそこまで古い仲の奴は他にいない……だとしても、僕が一番に大切なのは義花だ。だから危ない道は渡ってほしくないけど……義花がずっと後悔するくらいなら、一緒に飛び込むくらいはできるさ」
「最悪の場合、民事訴訟で慰謝料とか」
「アイツはそういう解決はしないさ、一生ぶん怒ることはあっても」
パパはこういうときにリップサービスはしない、だから真剣だとは分かる。
つまりは、パパの大事な物を巻き込む覚悟があたしにあるか、と問われているのだ。
「それに……実穂は、子供には自由に幸せになってほしいと言っていた。ここで義花から選択を取り上げたら、顔向けできない」
「……ママは、よその夫婦を裂くような真似は嫌いな人なんじゃないかな」
「関わった人にとって一番幸せな道なら、どんな過程だってきっと分かってくれる人だよ」
――仁輔の話を思い出す。このままでも津嶋家にとって良い道ではないとしたら。
「パパの真剣さは分かった、ありがとう。もうちょっと、考えさせて」
そして、道が定まるきっかけは、意外なところでやってきた。
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