3-6 憧憬

 そして鑑賞後、近くのファミレスにて。


「ほんとアクション凄かった、日本の映画であそこまで見せてくれるのすげえ嬉しい」

「でしょでしょ~、津嶋つしまくん気に入ってくれて良かった! みんなダンスも凄いから、MVとかも観て観て」

 テーブルを挟んだ仁輔じんすけ結華梨ゆかりはすっかりツボが合ってきている一方。


「そうそう、義花よしかは?」

「ギャップ裏切り殺伐百合にキャスト文脈とデュエットキャラソンをお出しされたら狂うしかなかった」

「……義花、どっかでお酒飲んできたの?」

「あんなんアルコールを脊髄に流しこむようなもんやろ」

「あっはい」


 向かいの結華梨が若干引くほど、あたしは完全に百合にやられていた。


 今回の映画『ヒーローズ・ユニバース乱/戦国クライシス』は、戦国時代を思わせる世界を舞台に、様々な世界から転移したキャラクターたちが入り乱れる物語だ。

 主人公の仲間となる新キャラであり、序盤から仲睦まじい姉妹感で周囲を和ませていたくノ一のバディ。その片割れが敵のスパイであることが中盤で明かされ、かつてのバディ同士が戦う展開になったのだ。しかも、二人を演じていたのは同じアイドルグループのメンバーである。


「いやさあ、あの自然体のいちゃつきが尊すぎてさ……そこから内気ネコに見えた方が裏切る時点で熱すぎるし、けど完全に姉御タチに情が移ってるから泣きながら投降を迫るわけじゃん? それでもってチャンバラして、割り切れない愛憎をぶつけ合って、さらにデュエットのキャラソンでしょ? 百合オタ絶対泣かすマンだよこんなの」


 まくし立てるあたしに、仁輔が訊ねる。

「義花があんまり好きじゃないタイプのシナリオだった気がしたけど、その様子だと満足?」

「いや展開はガタガタだし説明不足の割に演出は冗長で、なんなら能力バトルのシナリオでやったらダメなこと相当やってたけど、なんかそういうの全部まとめて熱量と音楽で押し切るみたいな潔い作りだったし百合!! 百合百合百合!! 燃えたまんまで行っちゃって!!」


「悪い箕輪さん、こいつもう百合の話しかしねえ」

「みたいだね……津嶋くん、ドラマ的にはどこが好きだった?」

「ボスの息子、ヒサだっけ。父親の非道にキレて、敵わないのに何度も立ち向かうとこで泣けた」

「分かる~、クライマックスで傷だらけでアヤちゃんの盾になってたのも熱かったよね……そこでユウくんが追いついて、後は任せろって決戦になるの!」

「ほんと良かったよな……エピローグで、今度は僕が勇者になるって話してくれたのも最高」


 あたしも百合脳を何とか鎮めて、二人に合流する。

「仁は昔から、戦う力のない少年が勇気を出して一瞬だけヒーローと共闘する……みたいなのが大好きだからね。『イージス』とか何回も観てるし」

「イージス?」

 結華梨は知らなさそうだ、当たり前である。

「二十年くらい前のペルソナイト。仁のパパが大好きで、その影響であたしらも履修済みなんだけど」


 ペルソナイトイージス、シリーズでも屈指のリアル志向のタイトルだ。一般人に擬態し凶悪事件を起こす怪人を止めるべく、ヒーローと警察が共闘する物語。スペックは低く強力な必殺技もないペルソナイトだからこそ、泥臭い格闘や周到な作戦で立ち向かいチームワークで勝つ……という戦法が生む面白さは「最弱にして最高のペルソナイト」とも称されている。


 仁輔が話を引き継ぐ。

イージスはとにかく、体を張って誰かを守る人を描く話で。小学生ペアがゲストの回なんだけどさ」

 結華梨は熱心に頷いている、聞き方が上手いよなあ彼女。

「四年生くらいの男子と女子が帰り道でケンカして、男子が走って先に行っちゃうんだけど、化けた怪人が女の子を攫おうとするのよ。そうしたら男子が全力で戻ってきて、怪人の足にしがみついて抵抗して……もう殺されちゃうかもってときに警察もナイトも駆けつけて二人とも助かるんだけどさ」


 早口説明はあたしの担当が多いので、仁輔のは何だかレアだ。なんなら熱も高めである。

「戦いが終わった後、自分じゃ友達を守れなかったって泣く少年にナイトが語るんだよ。今は俺たちに任せてほしい、だから元気に大きくなって、人を守れる大人になってほしいって」

「へえ……ウチも聞いてるだけで泣けちゃいそう」

「その少年を演じた子役が、十年くらい後にペルソナイトやったのも熱くて」

「うっそ、激エモじゃん!」


 タイトルを越えた文脈、長寿シリーズの強みである。そして、オタクの人生を共にしてきた感慨も。


「お父さんの影響もだけどさ、盾も大きかったでしょ? 仁が自衛隊を目指すの」

「へえ、津嶋くんはお父さん譲り……」

 結華梨の相槌が不自然に止まる。あたしが隣に目をやると、仁はバツの悪そうな顔をしていた。


「自衛隊はな……ちょっと考え直してる」

「あれ、なんかあった?」

「特に何かでもないし、今でも興味はあるんだけどさ。確実に地元に戻ってこれる仕事の方がいいんじゃって気も増してるし」

 幹部自衛官はいずれ転勤が多くなる、それを受けての感覚だろう。もしかしたら、岳志たけしさんと咲子さきこさんの間で何かあったのかもしれない。


「けど仁、他にやりたい仕事とかあるの? 誰かを守る仕事ってのがあんたのアイデンティティだと思ってたけど」

「昔はそればっかりだったけどな……向いてるかは分からんけど、建築系とか面白そうだなって」

「ああ、工事現場とか好きだったもんね。確かに合いそうな気はするけど」


 おかしくはないが、やはりどこか引っかかる。

「仁、あたしに合わせすぎようとしてない?」

「……大事なときに義花と母さんのそばにいなきゃとは思ってるけど、それだけじゃないって」

「なら良いけどさ。あんたにはやりたい仕事してほしいって、ずっとあたしは思ってるから」


 がっつり話しかけてから我に返る。あたしと仁の今後は不確定だし、そもそも今は結華梨と遊んでいる最中だ。


「ごめんミユカ、置いてけぼり……」

 向かいの結華梨を見ると、随分と真剣な眼差しで、目には涙すら浮かんでいた。

「ちょっと、ミユカ!?」

 慌てて彼女の隣へ。


「ごめん、大丈夫……なんか、感動しちゃって。

 二人とも、お互いのことすごく真剣に考えてるんだなって」


 お世辞や茶化しではない声色だった。結華梨は本当に感銘を受けているらしい。

 同時に思い出す。あたしは詳しくは知らないが、結華梨は中学の頃に彼氏とひどい別れ方をしたらしいと。


「こんなふうに真剣なカップル、周りにあんまりいなかったから……彼氏彼女も悪い例ばかりじゃないなって。いつか結華梨も、そんんな人に会いたいな」

 あたしの肩に頭を預けて、結華梨は言う。

「末永く幸せにね。ふたりは、結華梨にとっても希望だよ」


 結華梨の横顔と、その目線の先の仁輔を見比べながら。

 仁輔にとって本当に相応しいのは、結華梨みたいな女子なんじゃないだろうか――なんて予感が拭えなかった。


 けど、前にはっきり聞いたときも「ウチは仁くんを彼氏にしたいとかじゃない」と結華梨は明言していたし、今だってそんな欲は読み取れなかった。

 彼女があたしたちを祝福する、それを素直に浴びるしかなさそうだった。



 結華梨と別れた帰り道。

「仁さ、」

「おう」

「結華梨みたいに周りからカップル仲を応援されるの、仁はきつくない?」

「俺は嬉しいけど、義花はきついんだろ」

「……そうっすね。いつか裏切るかもしれないわけで罪悪感、だけどカップルを推したい感情はすごく分かる」


 前提とすることに合意しているだけで、仁輔と一緒になろうと決めきれてはいない。その中途半端な状況で祈られることは心苦しい、けれど。


「そういう外圧があった方が良いのかなってあたしは思う」

「いい気持ちしなくてもか?」

「楽に幸せになれる恋路なんてそうそうない、たとえ心身ともに両想いだろうとストレスはあるでしょ。自由すぎると、あたしが良いと思ったレールからだって逸脱しかねないから、ストレスが道を正してくれるのも良い作用。子はかすがい、みたいな感じでさ」


 仁輔はしばらく黙ってから。

「聞き飽きたかもしれないけどさ。義花みたいに理屈で割り切れる人間ばっかじゃないんだよ、俺も含めて」

「……ごめん、あんたの気持ち考えられてなかった」


 実際はあたしが一番、心を理屈で割り切れていない。今だって、咲子さんへの恋しさが止まってくれない。だからガチガチのロジックで封じるしかない。


 だって仁、あんたも嫌でしょ。

 あんたが振られるならまだしも、あんたが尊敬してる両親の仲だって引き裂きかねないのがあたしだよ。そこまでして叶うべきものじゃないよ、あたしの今の恋心なんて。


「義花、俺からも聞きたい」

「なに?」

「もし、同性のパートナーと生きることに何のしがらみもない社会だったとして、それでも義花は俺と一緒になりたいって思うか?」

「ああ……そこは聞かれるよなあ」


 あたしだって何度も考えてきた。そのうえで、答えは固まっていた。


「そういう社会だったとしても、仁が必要としてくれるなら仁がいい。だって子供ほしいもん、それは男性を介さないと無理だし、その相手は仁輔がいい」

 遺伝子編集技術の応用で雌マウス同士から子供を誕生させた研究は知っているが、人間に応用できる可能性はかなり低いだろう。

「義花、そんなに子育てに憧れてる印象なかったけど」

「ミラステやってても思うよ、子供の成長は好きだって。それに、育ててもらった恩には育てることで報いたいって思う」


 あたしも仁も、自分を育ててくれたモノに何かを返せる大人になりたいと考えるタイプだ。それが子育てに限らないことも分かってはいるが、子育ては一番分かりやすい道だ。あたしみたいな来歴なら、尚更。


「そのせいで、義花が本当に望む恋ができなくても?」

「あたしの軸は、パパと津嶋親子がいるこの場所だよ。ここの幸せを守って増やしたいんだよ。どこかで好きになるかもしれない女性より、そっちの方が優先」


 それでも、ひとり選ぶなら咲子さんだ。その欲は絶えていない、だから封じるために仁輔との道を進めるしかない。


「……そっか、義花の考えは分かった」


 仁輔は何か言いたげなまま、あたしは大事なことを言えないまま過ぎていった、激動だった夏休みの終盤。


 しかし、真の波乱はここからだった。

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