3-2 あたしと百合のリアル

 ひとり自宅で留守番することになったあたしは、あれこれ悩んだ末に、新しい百合作品を探すことにした。相手のいる女に惚れちゃった女の話、そういうのが参考になるのではと思ったからだ。


「夏休みなんで新しい百合を履修したいです、三角関係とか人妻モノでオススメありません?」


 ギバンナと名乗る趣味垢で投稿すると、ポツポツと反応があった。さすがは数年来の相互フォロワー、話が早い……勤務中のはずの人もいるが、そこは突っ込まないでおく。

 


 あたしが百合に興味を持ったのは、その概念を教わる前の保育園の頃だった。

 きっかけは絵本だったかテレビだったか、キスという概念を覚えたとき。そこのモデルは男女だったはずなのだが、あたしは「女どうしの方が絶対にカワイイ」みたいに思った記憶がある。

 その頃にやってたアニメであたしの最推しだった少女が主人公の少年とキスして、パパも咲子さきこさんも仁輔じんすけも盛り上がっていたときも、あたしはひどく怒っていた。それは百合好きの本能ゆえなのか、自身がキャラに対してガチ恋していたからか……とにかく、誰に教わるまでもなくそんな趣味だった。


 小学校に上がる頃には、男女の恋愛に反感を抱いたりはなくなったし、百合好きを主張することも減らした。とはいえ中身は変わらなかったし、パパや津嶋親子には「この子とあの子はラブラブなの」などと強弁していた。そのときに「普通は男の子と女の子で付き合うんだよ」などとは言われなかったあたり、百合に寛容な大人たちに育てられたのかもしれない。

 ……まあ、結局は仁輔とくっつくだろうと安心されていた、というのが親の本音だっただろう。咲子さんもパパも、今は内心で心配の嵐かもしれない。


 ともかく。あたしは自分がどうとかではなく、単にオタクとして百合を好んでいた……という自覚だった。しかし今思うに、あたし自身を百合願望を重ねていたから好きだったのかもしれない。



 こちらが学生ということに配慮されてか、漫画アプリや小説投稿サイトですぐ読める作品が中心に寄せられた。一人きりなのをいいことに、片っ端から読んでいくことにする。


 ……確かに、面白くはあった。普段読むのは少女どうしの百合がメインなので、大人が絡む描写は新鮮でもあった。

 けど、自分を重ねられるかというと微妙である。


 夫に浮気された妻が、職場の後輩の女性と愛を交わす話……こういうスリリング甘さは好きだが、あたしが浮気させようとした側である。

 今度も夫に浮気された、そして息子にも冷たくされている女性が、マッチングアプリで知りあった年下の美少女にほだされていく話……あたしも合法ロリになりてえ、じゃなくて。


 大人百合とサレ妻の相性がいいのは発見だったが、咲子さんたちは円満のはずである、どうも重ねにくい、違うのいこう。


 息子の彼女と恋仲になりかける母の話、いいぞ……ああ、夫とは離婚済みなのね。少女は成長し、スパダリとして主人公を迎えにきた。うわ良いなこれ、ただ咲子さんたちに離婚されたくはないぞあたし。あたしはともかく仁輔が辛い。


 教授の妻を好きになってしまった女子大生が、色々ありつつ諦める話……方向としては合っているんだけど、明らかにバッドエンドと意図されている。諦めるのが辛いのは分かるんだが、だからこそ前向きさがほしい気分だった。


 色々探したものの、今のあたしの状況と心情にマッチする物語は見つからなかった。そりゃそうだ、百合ルートを前向きに諦める話は百合オタクに受けない。「いい話みたいにするなや」みたいな不満だって噴出するだろう、あたしだってその手のオタクだった。こんな形で自分と解釈違いを起こすとは。


 スマホを投げ出してベッドに寝転がる、フィクションに自分を探すのは一旦中止だ。


「……どうしたいんだ、あたし?」


 実現したいこと――関係性の修復。

 仁輔とは、幼馴染みというか友情というか、恋愛の絡まない間柄。

 咲子さんとは親子のような、これまた恋愛の絡まない間柄。


 どちらにせよ、咲子さんへの恋心を断ち切ることが必須。

 そのためには……別の誰かを好きになる、か?

 

 これまでに知り合ってきた女子たちを思い出す。心身ともに素敵な子は多かった、結華梨だって最高の女の子である……けど、結華梨に恋心を抱くのは難しそうだ。レズビアンだということは言えても、恋仲になることで友情が揺らぐのは怖い。

 元からあたしは、学校の知人とはあまり深い仲にならないことが多い。女子と付き合える女子を探してお付き合いまで行く、というのは厳しすぎるチャレンジである。


 かといって、女性相手とはいえ見知らぬ人とそうした関係に及ぶのは抵抗がある。そもそも高校生だし、出会い系云々もほぼ不可。


 結局あたしは、中学のときのクラスメイトに連絡を取ることにした。当時クラスにいた女子カップルのうちあたしと仲が良かった、穗乃佳ほのかちゃんである。高校は別だが、誕生日とかにはメッセージを送るくらいには親しい仲だ。


 仁輔とのことは伏せて「レズビアンだと気づいた」「人妻を好きになってしまった」という二点を報告。そのうえで「ビアン向けの媒体とか、悩みを相談できる人を知っていたら聞きたい」と頼む。


 ややあって返信。あたしの中学でのニックネームの一つに、九郷くごうから取った「キューちゃん」がある。

「久しぶり、キューちゃんも仲間なんだ! 嬉しいし、ウチに言ってくれてありがとう」

「言いそびれていたんだけど、実はしーちゃんとは友達に戻っています。嫌いとかじゃないんだけど、恋人って難しくて」


 しーちゃん、穗乃佳の彼女だった静花しずか。あれだけ相性が良さそうだった二人も別れたか……当たり前だが、百合も無敵じゃない。


 ただ、彼女たちが励みにしていたという人は教えてもらった。『Mrs. & Mrs. Shiny Song』というアマチュアの女性ボーカルデュオである、コンビ名の百合圧がすごい。


 穗乃佳も大ファンだという。

「このミセミセってコンビ、メインは歌なんだけどラジオ配信もやってて、リスナーからの相談もずっとやっててくれるの。自分たちがカップルだってことも言ってるしセクマイの味方なのは当然なんだけど、他の立場のこともしっかり考える人でね。政治経済にも詳しいから、すごく勉強になるよ」


 音声配信サイトには数年ぶんのアーカイブが残っていた、さっとタイトルの並びを見てみる。セクマイ絡みのテーマや惚気トークの中に「就職したら知っておきたい投資信託」とか「誤解されがちな時事問題」とかがあった、どういう振り幅だ。


「最近は更新ペース落ちてるけど、二ヶ月に一回くらいはラジオ上げてくれてるから、キューちゃんも送ってみたらいいと思う!」

 穗乃佳のオススメ、どうやら当たりそうだ。

「こういうの探してたの、穗乃佳ちゃんありがとう!」


 スタンプが帰ってきて、今日のやり取りは終わりかな……と思ったのだが。


 昼食の後、追伸が来ていた。


「ウチはキューちゃんの気持ち分からないし、好きになっちゃいけない人を好きになったのは本当に辛いと思うの。

 ただね、ウチはしーちゃんを好きになった頃、しーちゃんが世界の全部みたいに思ってた。女子どうしだったせいか、他のどんなカップルより特別だって思ってた。けど今は、前まで好きだった女の子ってくらいになってます。

 だからキューちゃんも、早く前を向けたらいいなと願ってます」


 熱い恋心だっていずれ変わる、それは希望でもあると穗乃佳は言いたいのだろう。辛かったであろう経験を伝えてくれた、その優しさにあたしも報いたい。


「穗乃佳ちゃんありがとう、あたしも頑張って落ち着きます。

 あたしはね、お付き合いしている穗乃佳ちゃんと静花ちゃんと一緒にいられて本当に良かったよ。レズビアンかもって気づいたとき、二人のこと思い出したから仲間だって思えたから」


 送信、すぐに返ってきた。

「徳積んだじゃんウチ、そのぶん超美人と付き合えるのでは」


 強気な解釈に笑ってしまう。記憶にある頃より、彼女の心は強かだった。


 紹介してくれたミセミセさんの音源を聴いてみる、歌い手というだけあって二人とも声が綺麗だった。こんな人たちも仲間だ、そう思うだけで心が上を向いた。

 咲子さんに、仁輔に、もうちょっと自分で向き合ってみよう。そうやって考えが深まってから、相談のメールを送ればいい。

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