第8話 暮らし

村が悪魔に襲われて数日が過ぎた。男はすでに村から発ってしまっている。

彼は旅をしていると言っていた。もう会うこともないだろう。


 そして、先日の一件からディアナの評判はさらに悪化していた。村人たちの中であの悪魔による襲撃は彼女によるものだということになっているらしい。密かに彼女を村から追い出そうという声も上がり始めている。


 彼女の方でも少しだけ変化があった。

いや、彼女自身は何も変わってはいない、今日も作物の世話をしている。

 変わったのは彼女の周りの人間のほうだ。


「行ってきます。」

「うん、気を付けてね。」


 いつも通りの朝の挨拶。ディアナは畑から遠目に家から出てきたジルを見送る。

村には子供に勉強を教えてくれる先生のような存在がいるらしく、たまに集めては授業を開く今日はその日だったなとディアナは思う。

 自然なことで不自然なことはない。むしろ言葉に対して返事が返ってくるのは彼女にとって喜ばしいことのはずだ。

 だけどなにかが違うとディアナは感じる。

 どこかよそよそしく距離があると感じる。

 それは、彼女が他人から受けてきた仕打ちに似ていた。

 刺されるような刺激ではないが、それに似た自分に対する後ろめたさのようなものをジルが持っているような気がした。


 心に少しの不安と不信感を抱きながら過ぎていく、そんな毎日を送っていたとき彼らはやってきた。

「すごくいっぱいの馬車だよ。」

 メイが村のほうを見てそんなことを言う。

 促されるように丘の上から村を見下ろすと今までに見たことがないくらいの数の馬車が村に入ってこようとしているのが見えた。

 全部で五台ほどあるそれらは荷運びのために利用するものでないことはディアナの目にも明白である。

 その馬車は村人が目にする荷馬車とは箱の造りが大きく異なっていた。

 村の柵越から遠目に見えるその集団は村にとって珍しいものであり道行く人々は足を止め、指をさしながら「あれはなんだ?」「何かあったのかと」騒ぎ始めていた。

 メイも「すごーい」と言いながら隣ではしゃいでいる。

 しかし、ディアナには馴染みの深い馬車だ。因縁のあると言い変えてもいい。

あの馬車には荷物ではなく人が乗っている。顔や名前すらも知らないが自分達に関係のある人物だとわかっていた。

 ディアナは横目でメイを見ながら寂しそうに目を細めた。


 しばらくするとディアナの予測通り馬車は丘を登り孤児院の前で止まった。

近くに来るまで気づかなかったが馬車に刻まれた印は嫌なくらいに見覚えがある。

旅人がしていたネックレスと同じ形のマーク、育児院のドアにも刻まれている。

……これはソフリム教の紋章だ。

 

ソフリム教は『ソフリム』という天使を崇め称えるためにつくられた宗教だ。

ソフリムは気まぐれでどこにでもいると言われており、その伝説は多岐にわたる。

 草木一本生えない乾ききった土地に雨を降らし森にした。

 流行り病の土地に訪れ、風を吹かすと病が土地から消え去った。

 昔、悪魔に虐げられていたこの地の人々をその支配から救ったこともあるらしい。

伝説を挙げればきりがないが祈れば願いが叶い、幸せになれる。と言われている。

 そんな天使様だ。


 ディアナが暮らすアークス、この森も天使ソフリムが作ったと言われている。

 ソフリムの容姿は幼い子供という説もあれば背の高い女性という説もある。要するに誰も知らないのだ。

 しかし、共通点として金色の髪を持っていると言われており、絵として描かれるソフリム総じて金色の髪を持って描かれる。


金色というのは繁栄をもたらすと、この国では言われておりとても縁起が良いものである。

 ソフリムの髪が元になって金色の縁起が良くなったのか、金色の縁起が良いからソフリムの髪が金色と言われるようになったのかはわからない。


 しかし、その世間的な概念がディアナの現状にも繋がっていることは事実なのだ。

かつてこの地を支配していた悪魔の髪は赤かったらしい。

それだけの理由で彼らと彼女は敵対する関係にあるはずなのだ。

それはこの村の人々の対応を見れば証明となるだろう。

 四台の馬車からはぞろぞろと人間が降りてくる。胸元に教会のマークが彫られた鎧をだれもが着こんでいる。その誰もが機敏な動きをし同じような動きで列を作り始めていった。


 見晴らしの良い育児院の丘は一瞬で異質な光景へと変化してしまった。

 普段、目にすることのない人の数に唖然としながらメイとミリディアナの二人はその光景を眺めていた。

 そのうち一台からはゆっくりとした動きの人物が騎士の手をかりながら降りてくる。

 着ているものは鎧ではなく純白の服。汚れの一つも見受けられないその服は、それそのものが眩いくらいに発光しているようにも感じられた。その服の材質はここらでは見ることもできない代物だろう。メイはその生地に釘付けになってしまっていた。


 仰々しい服装のその人物は眩しそうに空を見上げ、その後にゆっくりとあたりを見回した。

 しかし、すぐに視線は一か所に留まることになる。それを見た時、目は大きく開きそれしか映らなくなった。求めるように両手を伸ばし慣れない足取りでそれに向かう。

 視線の先にあるものは赤色の髪を持つ年端もいかない少女の姿だ。

 彼は両手で彼女の右手をとった。

 その手は肉が薄く骨ばっており、とても冷たかった。


「あなたこそが私達の求めていた人、ソフリム様はあなたをお選びになりました。」

 ディアナは動揺し固まってしまうが一方でこの状況をなんとかしなくてはと画策していた。

「えっと、」


 やっとの思いで出した声であるがその先が出ることはなかった。


「さぁ、教会でソフリム様がお待ちです。こちらへ。」

 痛いくらいに強く手を引かれ一歩足が前に出る。


「お待ちください!」


 育児院の扉が勢い良く開きベルマがそう叫んだ。

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