第6話 休息

勢いよく扉が閉じられ気が緩んだのか怪しげな男は「はあ」と息をつく両手で顔を覆った。

目が合った。

 時間にして一秒にも満たないが彼の手の隙間から出る視線に確かにぶつかったことがわかる。


彼が扉のほうに近づいてくる。

ディアナ自身、やってしまったという気持ちは確かにあったが動いたり取り繕ったりしようとはならなかった。

ためらいもなく扉は開け放たれる。彼は扉の隙間から見るよりも大きかったが遠目に見るよりも嫌な雰囲気はなかった。


頼りないランプの明かりが彼の体をすり抜けて少しだけ部屋に入り込んでくる。それは逆光となり彼の姿を隠した。こんなに近くなのに顔すら見えない。


「家はあるか?」


左手が差し出される。

自分に対するその行為は初めてのことで思わず目を広げてしまうくらいには衝撃的だった。

 少し考えてから頷きその手を受け入れる。

握れば握り返される。彼の手はかたく、驚くほどに冷たかった。

腕を引かれると体重がなくなったのではないかと錯覚するくらいに簡単に立たされてしまう。

バランスを崩し危うく胸にぶつかってしまうところだった。


「ありがとうございます……。」


手を握られ起こされたことがなんだか子供っぽくて、恥ずかしくお礼は小声になり。顔は俯きがちとなった。おそらく彼には聞こえていないだろう。

ランプを持ち、外へと出る。どうやら送ってくれるようだ。


 外はすっかり暗い。村の人たちはとっくに眠ってしまっていることだろう。

 道には誰もいない。心もとない灯りでは足元ぐらいしか照らせはしない。


「疲れたよな。」


その一言でディアナはいろんな出来事を思い浮かべる。

しかし、断片的な記憶のかけらはとても鋭利だ。

それ以降に会話はなかった。


 ディアナは返答しなかったし男も口を開きかけつぐんだ。


 静かな夜道の先、小高い丘の上にほんのりと光が漏れている。

ディアナの帰るべき場所、唯一に存在を許される場所だ。

一息入れて、ドアを叩いた。

程なくしてドアが開き見えた顔は見慣れたもので彼女を安心させた。

ただ、目元は赤く腫れていた。

自分の親代わりの人間の泣いた後の顔に彼女に申し訳なさを覚えた。

何も言うこともなくベルマはディアナを抱きしめる。首に手を回し胸にうずめた。もう離さないという思いが込められていた。


「おかえり」

「ただいま……戻りました。」


ディアナはそれが嬉しかった。生きている事実と喜びを感じられた。

「入りなさい。」


 後ろを振り返るがここまで送ってくれた人は消えていた。

闇に溶けたのかもしれないし、本当はいなかったのかもしれない。そう思ってしまうくらい自然にいなくなっていた。


 しかし、そんなことは彼女にとってはどうでも良いことだ。

家に入ると温められたミルクを与えられ、飲むと身体が緩んでいくのを感じた、よほど緊張していたのだろう。

ミルクの心地の良い暖かさに彼女は幸せを噛みしめる。

自室に戻る前にひとつの部屋の扉を静かに開け安堵する。

メイは枕を抱えるようにして眠っていた。安心してため息が漏れる。

「おやすみなさい。」

誰もいなくなった食卓のテーブルには果物で彩られたタルトケーキが丸々残されている。

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