第5話 密会

灯りの一つもない。真っ暗な部屋の中でディアナは目を覚ました。


「ここは……。」

 

 外の景色は見えないがなんとなく夜を迎えたことがわかる。

一人で使うには広すぎるくらいの空間で自分の部屋ではなかった。

 なぜここに自分がいるのかと覚めたばかりの冴えない頭で目を擦りながら周りを確認する。

他に人がいるのだろうか、顔を見ることはなかったが、となりには二つの布団が並んでおり膨らんでいる。

 扉は部屋にひとつだけ、下の隙間から光が漏れ出ており、うっすらと声も聞こえてくる。


「ここはどこだろう」とディアナはゆっくりと立ちあがり扉をすこし開ける。

そこから外の様子を確認した。扉が閉まっている時よりもはっきりと声が聞こえてくる。


しかし、声の主は壁を挟んでとなりの部屋にいたようで、ディアナは息を殺した。


「ありがとう。あんたが来なければここはもっと大きな被害を受けていた。あらためて礼を言わせてくれ。」

「はい……。まあ。」


 どうやら声の主は二人のようだ。

向こうの部屋には机を挟んでふたつの長椅子があり向き合うように座っていた。

灯りはランプの光のみのようで密会のような雰囲気を思わせる。

 片方は小麦色に焼けた肌の見るからに健康そうな人、声は大きくハキハキとしている。


 話をしたことはないがディアナは彼を知っている。アークスでの事業を引っ張っている人物、この村の実質的なまとめ役、村長と言われるべき人物だった。

 もう片方は知らない人物。フードを深くかぶっているため顔は見えず黒色のロングコートに身を包む。

 傍らには麻袋と守人が使っていたような剣が寝かされているため、ぎりぎり旅をしている剣士のように見えなくもないがはっきり言って怪しい風貌だった。


少し俯き気味で返事も小さく会話を聞くのも一苦労だが、自分の状況を把握するためにディアナは耳を澄ませる。


「こうして人々を助けることが我々の騎士団の仕事ですから、当然です。」


 彼は一度胸元でこぶしを握り、広げる。はっきりと見えるようにそれを出した。

それは、翼の生えた剣をわっかが囲むような形をした、ネックレスのような装飾品で金の箔が貼られており浴びる火の光が当たると影が煌めいた。


「すべてはソフリム様の意志です。」

「さすがは教会の騎士といったところか」

怪しい人物は首を振る。

「二人も犠牲者が出てしまっている。もうすこし早く来ていればと考えずにはいられない。」


村長は少し悩むしぐさを見せたが答える。


「あのふたりのことは残念だった。あの光景は目を背けるくらいに酷いものだった。事態を理解したときは考えを否定した。あの悪魔に対する怒りも覚えた。だが、君が来てくれた。悪魔を殺し彼らの無念を晴らしてくれた。それだけでも救われるというものだ。それに彼らもただ死んだというわけではない。守人として彼らがここにいなかったならば被害は増えていただろう。彼らの功績や生きた証は確かにここにある。どうか君と彼らが守ったものを見てほしい。」


そこで、ディアナは思い出す。『悪魔』という言葉に覚えがあった。それは、自分が受けた印象そのものだったからだ。

あの時の恐怖を凄惨な光景が思い出される。胸が激しく跳ねる、息が浅くなり呼吸が苦しくなった。運動したわけでもないのに汗がにじり出る。

それほどまでに衝撃的な光景が彼女の目には焼きついている。

それほどまでに迫った死の恐怖、悪魔の顔が脳に張り付いている。

だが、さらに彼女を追い詰める事象がある。


「う……で……?」


自分の左側をみる。そこには確かに左腕があった。

あのとき受けた痛みも、気を失ったことも事実としてあるのだろう。

時間が戻った?と馬鹿な考えもよぎったがそれではこの状況が説明できない。

何度か握りと開きを繰り返し確信する。間違えなく自分の左腕だ。

喜び、安堵するような展開ではあるが今回に限ってはその事態が彼女をさらに混乱させていた。


そして、自分の他人とは違う特異性を思い出す。

 包丁を使っているときに誤って指を切ってしまったときの切り傷、裁縫の針で突いてしまった傷、そのほかすべての傷は自分には存在しない。

 ほんの一瞬、瞬きの間に治ってしまうのだから。

今、自分に腕があることが気持ち悪かった。自分のきもち悪さを自覚した。

 

頭の中はぐちゃぐちゃだがそれでも必死に思い出した。あのときなにがあったのかをどこか見落としていのではないか、自分の思っていることは単なる悪夢なのではないか?と、

 あった。それはこの状況を否定するものではない。


『みんな、大丈夫かな?』


しかし彼女はその一点において自分を持ち直した。

息は次第に軽くなり、先程以上に耳をそばたてた。


「わるかった、立ち寄っただけの俺よりもあなたのほうがつらい……」

優しい言葉をかけた彼の肩は少し震えていた。

「そうだな、彼と彼女を守れただけでも良かったと思う。」

そのとき彼の震えがピタリと止まった。そして、

「赤毛ですよ?」


 短い言葉ではあるがその声色は先ほどとは違い苛だちが含まれていた。

そのことが信じられないという風に正気を疑うような、あるいは軽蔑するような冷たい声だった。あるいは怒りを抑えているかのようにも感じる。


「あれのせいだとは思わないのか?」


突然の豹変ぶりだった。

食い気味に言葉をつなげる。


「あの状況で、凄惨な現場で、アレだけが無傷で無事だったんだ。アレがこの惨状の原因だ、アイツがいたからこうなった。そう考えるのが普通だろう?」


目の前の男は黙って聞いている。俯いたままで眉一つ動かさない。

ひとしきり話終えると興奮した村長は肩で息をし、


「今日は、ここで休んでくれて構わない。これで失礼する。」


痺れを切らした彼は強引に話を終わらせた。

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