35話 初めてのさよなら

〈余震情報です。昨日昼頃、マグニチュード5・4を記録する強い余震が関東地方で観測されました。この揺れでいくつかの建物が倒壊する被害発生し、付近では引き続き警戒が強まっています。橋の崩落現場と中継が繋がっています。現場の村上さん〉

〈はい、村上です。偶然石橋の崩落現場にいあわせた方にお話しを聞くことができました。大丈夫でしたか〉

〈はい、何とか。王城寺学院大学の学生さんに助けてもらったんです。すっごい美人の女の子とすっごい普通の男の子が自転車を押してくれたんです。これを見ていたら連絡をください。すっごい美人の女の子と、すっごい普通の男の子なんです〉


 ……いや、すっごい普通って言う必要ある?


 信じがたい話だが、昨日僕の足元から石橋をもぎ取った地震は三週間前の大地震の余震であると報道された。

余震の定義はよく知らないけれど、ワイドショーの話を信じるならば、期間にして最大一か月、規模にして本震と同程度の余震も起こり得るらしい。

芸能人のコメンテーターは、崩落した石橋が明治時代の遺物であり、歴史的価値から建て替えが見送られ続けたことの是非を声高に訴えていた。


「もう、うるさいよ」

 テレビを消してベッドの上で寝返りをうった。

枕元のスマートフォンを引き寄せてホームボタンに触れる一限の授業に間に合おうと思ったらそろそろ家を出なくちゃいけない時間だけど、起き上がる気力は全くわかなかったかといって携帯ゲームに興じる気力もなく、ネットサーフィンをする気力もなく、眠る気力すらない。 


 簡単に言うと、僕は非常にわかりやすい形で落ち込んでいた。


「いや、なんで落ち込んでるんだよ」

 独り言が布団の綿に吸い込まれていく。

 多喜たきさんはスーパーヒーロー活動を止めると宣言してくれた。その証拠に予言ノートを火にまでくべて。

それは僕にとって歓迎すべき事態のはずだ。元々僕は多喜さんにスーパーヒーロー活動を止めてもらうために今まで張り付いてきたのだから。


これで多喜さんは誰にも傷付けられることなく、誰のことも傷付けない、みんなの多喜さんに戻れるだろう。全く持って完璧な形のミッションコンプリート…………なのに、この有様はなんだ。

何で僕はベッドから起き上がれない。多喜さんの残した言葉が頭の中で反響する。


『ごめんね、わたし本当にバカだ。何を楽しくなっちゃってたんだろう』


「多喜さんも楽しかったのか………」

 無意識に吐き出した独り言に僕の陰鬱の全てが集約されていた。


僕も楽しかったんだ。

鳥に頭をつつかれても、友達に変人扱いされても、その恋人にドン引きされても、橋が崩落して死にそうになっても、楽しかったんだ。

多喜さんと過ごした特別な思い出は、僕の胸の中で少しずつ大きくなり、いつの間にかもう一つの臓器と呼べるほどかけがいのないものに成長していた。

また多喜さんの言葉が頭の中でよみがえる。


『バイバイ、海堂くん』


 思えば多喜さんの口からそのセリフを聞いたのは昨日が初めてだった。


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