12話 朝の情報番組は基本見ない

《おはようございます。関東地方のニュースです。昨日午前、王城寺学院大学でガス漏れが原因と思われる爆発事故が発生しました。幸いけが人はない模様で消防は原因の追究を急いでいます。それでは現場の――》


 まさか、朝の情報番組でうちの大学の映像を見ることになるとは思わなかった。

それも爆発事故なんて物騒なトピックで。 


とはいえ、地震の続報に比べればさすがに全国的な注目度は低いらしく、ニュースとして取り上げた局は一つだけ、それも関東ローカルという扱いだった。


お堅い風貌のアナウンサーは、爆発の原因を自然発生した静電気が漏れた可燃性ガスに引火したため伝えている。そもそものガス漏れについてはヒューマンエラーか地震の影響かまだ不明らしく、日本の大学の安全意識に警鐘を鳴らすコメントでニュースは締めくくられていた。


「静電気か……」

 下宿の一室でそう呟いて、僕はテレビのスイッチを切った。

 タイミングとしては、僕と森田先輩が立ち話をやめて歩き出した直後に静電気が発生したことになる。


 ――フバッ。

昨日のことを思い出す度に、空気の音が耳元で鳴る。悪魔のような爆発を導いた、不吉な音。

もしあの時、立ち話の最中に森田先輩が煙草に火を点けていたら僕達はどうなっていたのだろう。先輩の煙草が多喜たきさんの水風船で濡れていなかったら。


『んなもん、たまたまだ』

先輩はそう嘯いて、頑なに多喜さんのおかげで助かったという事実を認めようとしなかった。無理もない。何も知らない森田先輩がそう考えるのは極めて常識的なことだ。


でも、僕は見てしまっている。多喜さんの、あの非常識なノートを。

一応、高校大学と演劇部で役者なんてやっているので、文章を覚えるのは得意な方だと思う。あのページはもう何度も見て脳裏に焼き付いている。確か、見開きページの最後に書き付けられていた一文。


『12日は危ないすごい 爆発爆発爆発 第三棟がガスで爆発する すごい飛ぶよ 怖いしうるさいし あの人の首が焼ける 可哀そう痛そう 』


いや、一年以上同じ学部で過ごしたんだから『あの人』呼ばわりは酷くないですか、多喜さん。思わず苦笑が湧いてきた。

そういえばカフェテラスでも多喜さんは森田先輩を指さしてそう呼んでいたっけな。

何はともあれ、これでもう確定だろう。


『12日。第三棟。ガス。爆発』

予測不可能な事故の詳細をここまでピタリと当てている以上、もう偶然なんかじゃすまされない。

 突然、頭の中に夜の鐘突き堂の下に立つ多喜さんの姿がよみがえった。

ノートを開きペンを構えた、あの姿。

どこか神々しささえ漂う、あの姿。

あれはやはりセリフの練習なんかじゃなかったということか。


「……多喜さんに会わないと」

 居ても立っても居られずにそう呟いた。

電話やメールじゃだめだ。どうしても直接会って確かめなくてはならないことがある。一つ、いや二つだ。

適当に選んだシャツをひっかぶり、昨日と同じジーンズに足を通す。メールを打とうとスマートフォンを取り上げたそのタイミングで、逆にメールの着信が伝えられた。


『おい、海堂かいどう。朝のニュース見たか? ありえねえ、なんだあれ。ケガ人いるっつーの! 首火傷したっつーの! 紹介しろよ、俺のこと。取材しにこいよ。でも、これは吉兆かもしれねーぞ。前に万馬券取った時もちょうどコーヒーこぼして火傷して―――』

 

もう、うるさいな。

メールですら競馬自慢を忘れないあの人からのメッセージを、最後まで読むことなくそっと閉じた。


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