5話 ここらで謎を少々

ーー 稽古終了後


「それでは、今日の稽古はここまでです。来週はいよいよ配役の発表となります。誰がどの役に当たることになっても皆さんが全力で役に取り組んでくれるとあたしは信じています。そして、皆さんの全力を引き出せる役であるという自負もあります。残り二カ月、精一杯、役に向き合っていきましょう。ちなみに………サプライズ配役は二つあるからドキドキしながら待っててねー。んじゃ、お疲れっしたー」

「おい、なんだよ、それ!」

「眠れないじゃーん!」


 伊鶴いずる部長の締めの挨拶がいつものように物議をかもしつつ、本日の稽古は終了した。


「退館十分前でーす。急いでくださーい」

 部室棟の使用は八時まで。鍵締め係の僕は手を叩いて素早い退出を促すが、稽古の興奮を引きずった部員達の腰は重い。

着替えそっちのけで演技の確認する者がいたり、小道具を奮って立ち回りの調整をする者がいたり、

「坂本ちゃん、おーはよー!」

「きゃあ、もう枝はいいですって」

 ……小枝をワサつかせて後輩にちょっかいを出したりする変人がいたりして、全体の退館を遅らせる。


「何やってるんですか、多喜たきさん、遊んでるなら早く出てくださいよ」

「きゃー、怒られたー。逃げろ逃げろー」

「鞄鞄! 鞄忘れてますって。重っ、何入ってるんですか、これ?」

「やん、女の子の鞄に触らないでー。別に必要な物しか入ってないよ。スケッチブックとか、マジックとか、あとガムテープ、ボンドとか……」

「出さなくていいですから、早く出て」

「待って待って、あと一個。もうすぐ出るから。はい、出た。おーはよー」

「ミニカーはもういいですって!」

 あと必要なもん一個も入ってないじゃないか、これが二十歳過ぎた女の鞄かよ。

おもちゃ箱のような鞄を多喜さんに押し付けて、そのまま部屋の外まで押し出した。


「はい、忘れ物なし! カーテンOK! 電気オフ!」

 なんとかかんとか部員達を全員追い出し、指差し確認の後に照明を落とした。

今回もまた鍵の返却はギリギリになりそうだ。今日の守衛さんは優しい人だったかな、そんなことを考えながら施錠を済まし足早に廊下を歩いていると、

「なんだ、あれ?」

 階段の真ん中に一冊のノートが落ちているのが目に入った。


 何の変哲もないどこにでも売っていそうな水色のノート。


状況的に考えて演劇部員の忘れ物だろう。

それにしたってこんな場所に落とすかね。

拾い上げてみるが表にも裏にも名前はない。


「こういうのが一番厄介なんだよなぁ……」


中を開いて確認しないわけにはいかないから。お願いからただの稽古日誌であってくれよ。部員の不満とか愚痴とかびっしり書いてあったりしたら、明日から笑顔で部室に入れる気がしないぞ。


「……見なかったことにしようかな」

 びょんびょんとノートをしならせながら独り言ちる。

うん、そうだ。それがいい。

だって別にうちの忘れ物と確定したわけじゃないのだから。他の部の物だって可能性も十分あるのだから。

今日部室棟の四階を使用しているのは演劇部だけだけど、朝からずっと落ちていたような気がしないでもない。

 いや、あったな。うん、あった。来る時あったわ。見た見た、そういえば。

よし、これはうちのじゃない。というわけで放置決定、後は守衛さんに任せよう。

そんなことを思いながらノートを開いた。


「………………」

白紙か。

どこにも何も書いていない。

開いたページはノートのちょうど真ん中あたり。そこから表紙に向かって一ページずつめくっていくと―――きた。


『5月11日はおいしい ダブルチョコレート 西 絶対欲しい絶対欲しい』


おっそろしく癖のある乱暴なボールペン字で、一行だけの記述があった。


なんだ、これ? 五月十一日って、今日だよな? 

何のメモだろう。ダブルチョコレート? マフィンのことだろうか。

確かに今日のダブルチョコレートは西売店で販売されていたけれど。なんでそんなこと書き留めているんだろう、この人は。


さすがに筆跡鑑定はできないので、これだけでは持ち主は特定できない。部活と関係ない個人的なノートだとしたらあまり隅々まで目を通すのも気が引けるけれど、次をめくらないわけにはいかないか……。

 もう一枚だけ。これでわからなかったら諦める。そう決めてページを送ると、


『危ない危ない危ない危ない危ない危ない危ない5月7日は危ないよ危ないよ 川口のあおもせ おおもせみが 未次ける だから掴もうとしたからもじけた だからお母さんのせいだから 危ないよ危ないよ危ないよ』


………ん?

なんだ、これ?もう1ページめくってみる。


『5日3時はあああああ くくくくくくねねねねねねの まいまいまいあみあなああ ないよこれもないない ああああああああああ うえええええええ えええええええ』


………お、おお。

もう1ページ。

 

『8日 8888 九九九九九九 ねねねねねねねね 3333336363781731 97888811221131 オイエオイエオイエエエ アアアアイオイイイイ』


…………もう1ページ。


『5月11日は揺れる 地震が揺れるよ すごく揺れるよ 怖いよ怖いよ 第4倉庫が一番揺れるよ あああ壊れた なんで入らないで 揺れる揺れる揺れる揺れるよ入らないで』


…………もう1ページ。


『9日は伊鶴凛香に刺さるよ 痛い痛い刺さる 包丁が刺さった なんで刺したの痛いよ痛いよカワイソウカワイソウ』


………伊鶴って。部長のことか?

もう1ページ。


『坂本こよりは痛いよ 枝に足が裂かれるよ 風で折れたの 尖ったの ひどいひどい痛い血が出てる 切り裂かれたじゃん まだまだ痛いんだね 長いんだね 可哀そう痛い痛い痛い』


…………坂本?

もう1ページ。


『5月10日6時15分にぶつかるからね 風でねよけてねぶつかるからねよけて ああもうよけてっていったのに おじさんだから 警備のおじさんよけてねぶつかるら』


…………。


『12日は危ないすごい 爆発爆発爆発 第三棟がガスで爆発する すごい飛ぶよ 怖いしうるさいし あの人の首が焼けた 可哀そう痛そう可哀想痛そう可哀想痛そう可哀ソウ痛ソウ可哀ソウ痛ソウ可哀ソウ痛ソウ可哀ソウ痛ソウ痛ソウ痛ソウ 痛ソウ痛ソウ痛ソウ痛ソウ痛ソウ痛ソ』


 

 

「なんだよ、これ」

紙面から延びてくる手を断ち切るように、ノートを閉じた。

鳥肌が首の回りで渦を巻く。


「……なんだよ、これは」


二回目の独り言は、声にならずに口の中で漂った。





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