お風邪



◆お風邪



 朝の会議。

 昨夜はみな殺気立っており、冷静な話し合いにはならなかった。

メルの人望は厚く、みな一刻も早い奪還を求めたけれど、ボクが予告状に書かれた文字を見せると落ち着いていくれた。


「これが人質の態度かよ」とドウジマさん。

「花火みたいに見上げた根性だね」とハナコさん。

「アパカバー」とぴよきちさん。


 ボクは情けないことに、昨夜帰宅するとすぐにダウンしてしまった。

 友達がさらわれたのに呑気なもんだと我ながら思う。でも寝てしまった。メルの文字に妙な自信と心強さがあったから。正直なところ今も眠くてしょうがない。


 闇黒三美神の2人が言うには、

「期限の一週間までは、彼女は無事ですね……」

「むしろビップ待遇だよっ!」

 とのことだ。


「しかしキルコ様、これは相手方に有利な条件ですね」

「はっ! ゴートマのやりそうなこった」

 やべことレヴナが言った。

「どういうこと?」

「魔物にはそれぞれ、種族ごとに能力が飛躍的に向上する日があるのです」

「そうそ。魔物なんて大方は満月、か……新月の日が多いんだけどな。俺らは数年ゴートマの配下にいたから分かるんだがよ、アイツが最も力を増すのは8月10日だな」

「なんで? 誕生日?」


 そんな単純じゃないか。


「俺には分からねーがよ」

 レヴナが肩をすくめると、三美神が口を開いた。

「私には分かりますよ……ゴートマは猫が好きなんです……」

「そうそうっ。8月10日は一年の中で、222日にあたるんだよっ」

「8月10日は本来ゴブリンの日ではないのですがね…………」

「わざわざ矯正してその日にしたんだよっ。かわってるねっ! にゃんにゃんっ!」


 一同の視線がレヴナに集まる。


「なるほど、にゃんにゃんにゃんの日ってことか。あ? なんだよ、俺がなんだって言うんだよ」


 憑依に失敗すると猫になっちゃうレヴナだから……。


 ぴよきちさんがシラキラ族のものなのか、奇妙なお面をつけて、石槍をかかげて言った。


「つまりさ、自分が一番有利になれる時に勝負の時を迎えたい。もし来ないなら、最高の魔力をもって実力行使するぞー! という意思を感じちゃうよね」


「お前のソレはなんなんだよ」


「コレ? コレはシラキラ族と仲良くなったらさ、くれたんですよ。もうウチの一員になれだってさ。えへへ、お嫁さんも用意してくれるって」


 ニヤニヤと笑うぴよきちさん。


「きも……」とレヴナがこぼす。

「ひどいな! お忘れなきように! いいですかみなさん? 僕の語学力がなければここダートムアと宿場町のヤジキタを繋ぐルートは確保できなかったんですよ? 勇者が増える、キルコちゃんの懐をあたたかくできる、みんなが贅沢できるのは僕のおかげなんですよ!?」


 昨日のうちに、ルートの確保のメドはついたらしい。ぴよきちさんは、勇者勢が総出になってもできなかったシラキラ族との和解をやってのけた。彼曰く、


「シラキラ族はね、寂しかったんですよ。言葉が分かる人がいなくて」


 とにもかくにも良かった。町づくりの指導者、ワタヌキキヨシ……世界が違うけれどボクのお爺様のコメントは「これで安泰じゃ」だった。廃墟だった町、ダートムアが輝く準備がバンタンってわけ。


 不謹慎だけれども、札束風呂に入っている自分を想像して、鼻血が出そうだった。


「どう!? キルコ君。僕もやるでしょ」


 ぴよきちさんの問いに、ボクはへらへらと笑った。


「すごいですねぇ。えへへ~」


 ふと、視界が揺れたので目を閉じた。瞼の暗闇の中でみんなの声がする。


「おいキルコ、大丈夫か? 怨霊が憑いたみたいになってるぜ」

「もしやキルコ様、体調が優れないのでは?!」


 ぼーっとした思考の中で、今日のバイトはランチ上がりで良かったと考えていた。泉さんが脳裏に顔を出して、「暇な店なのに休む選択肢とかないでしょ」と言った。


 体の節々がざわざわと痛む。あーー……これは、


「ボクは風邪ですね」

 そう言ってボクは現世に戻った。


 やべこやあー子、三美神を連れてくるのも億劫で、そのままバイトへ。


 ちゃんと今日は暇な、マイコ、流刑地の、お店、島――――。


「ワタヌキさん、大丈夫?」


 龍田さんがボクの髪を撫でた。ボクは三十路だと情報としては知っているはずだけど、龍田さんは自分の弟……、いや妹にでも接するようだった。


「はぁ~」

「頑張れば、うち1人でも回せるけど、お店」

「知ってますか? ジェニーっていうのは、円の100分の1なんです」

「銭ぃ? あ、そうなんだ」

「つまりボクが1時間突っ立ってれば、10万ジェニーの価値があるんですよ」


 なんてことを言っているうちに夜だった。

 ディナータイムの終わりより1時間早く、龍田さんにお尻を叩かれて退勤した。


 向こうの世界がどうなってるかなんて分からない。

 こっちの世界も今はどうでもいい。


 誰もいない部屋に帰り着くとボクは泥のように眠った。疲れ切って正体なく眠った。ちなみに泥のように眠るの、泥は、でいという中国の空想の虫が語源だ。

 へ~~。

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