かえるのうた



◆かえるのうた



 駅前を過ぎ、目抜き通りの坂を下っていく。ガールズバーの女豹見習いを横目に、髭面の占い師を無視して、とぼとぼと。

 きれいな声が聞こえた。

 歌声だ。ギターの音も混じっている。

 庚申堂といったか、小さな神棚みたいな、仏壇みたいなものがある三叉路に人だかりができていた。彼らが視線を送っているのは、お堂の前でギターを弾く龍田さんと、それに合わせて歌うフェミニン系の服装のお姉さん。

 どこかで聞いたことのあるメロディだ。そうだ……ああ、聖神の戦闘曲のなんだ。ハナコさんたちとコマンドバトルした時に流れていた曲。歌詞はたぶん即興。

「みんなぁおつかれぇ帰ったらぁ缶ビールぅ~ぷっしゅぅ〜」が正規の歌詞なわけない。

 歌が止んだ。お姉さんと目が合う。カワセミ色の髪を編み込んだローツインテール。オシャレな髪型だなと思うのと、「あっ、この人勇者だ」という気付きが同時に。

「見つけましたわよ~」

 彼女はボクを指さした。

「キル……、キルぅ? なんでしたっけ。あなたのお名前」

 ボクが来たことにより歌が止むと、集まっていた人たちも三々五々に帰っていった。

「お忘れものですわよぉ~」という透き通った声で、彼女は人々を呼び止めた。

 帽子を裏にして差し出している。何人かはそこにお金を入れているようだったけど、メンドイやつにからまれるのはごめん……という感じでだいたいは逃げていった。

「ワタヌキさん、いま帰りか。おつかれさまー」龍田さんが言った。

「お疲れ様です。あの、彼女は知り合いですか?」

「ちがうんだよねそれが。ギター弾いてたらさ、いつのまにか隣で歌ってた。軽く飲んで話したんだけど、なんか名前も家も忘れてるんだって。ヤバいよね」

「そうですね……」

「チーズカッターズのライブ観てさ、なんかうちも頑張ろって思って高まってたから。その子と話してるうちに盛り上がって、ここで歌ってたってわけ」

 どこか恥ずかしそうに龍田さんは笑った。

「あー思い出しましたわぁ! キルコですねー!」

 語尾がふんわりと伸びる話し方。敵意があるのかないのか戸惑う。

「間違われてるね、名前」龍田さんがぼそりと呟いた。

 いや、合ってるんですけどね。

「あなたをときどき忘れながら探して、思い出しては忘れて、ようやく見つけましたわ。さぁ王冠をお出しなさい」

「ワタヌキさんの知り合い、美人多くて羨ましいわ」

「あはは……」

 どうしよう。攻略本情報を思い出すに、恐らく彼女は「歌姫」の職の勇者だ。名前の通り歌声による攻撃スキルを持っている。レベル60を越えているなら、『強振凶声デスボイス』という強力な技を覚える。龍田さんの前で闘っちゃダメだ。

「じゃあ龍田さん。さよなら!」

 ボクはひと気のない道へと駆け出した。相手の狙いはボクだから、追ってくるはず。

「逃がしませんわ。『子守唄ララバイ』」

 彼女が声を発した。そうか、声が武器ならある程度の距離は関係ないと仕掛けてきたか。

 心地よい歌声が耳にふれる。相手を眠らせる効果の技だ。道端で眠るわけにはいかない。

「秘技! あーって言いながら耳をぱふぱふするやつ!」

 これで歌は聞こえない!

 でも、振り返ってみると龍田さんがお堂にもたれかかって眠ってしまっていた。

「そんな風にしたらわたくしの声が聴こえないじゃないのよぉ! 『田園蛙声トードシンフォニー』! げろげろげろげろ――――」

 次は相手をカエルに変える技だ。そんなダジャレ、受けるわけにはいかない。

「秘技! 耳に指を挿してゴゴゴーって音を聴くやつ!」

「なんてことですのぉ! あっ! 忘れてましたわ。キルコは勇者たちに対して強力な尻尾技を持っている。近づいてちゃダメ。だからとコレを貰ったんでしたわぁ」

 大きながまぐちの鞄を取り出し、その口を開く。

 こんなところで!

 イワフネ発動に際して、向こうへ移す対象を見定める。いつもコレで手こずる。

「なにが出るかなぁ、なにが出るかなぁ~」

 半分歌になっているそのセリフの速度に反して、鞄から飛び出した魔物は素早かった。しかしぎりぎりのところでイワフネに送ることに成功。ボクの脚より太い蛇の魔物たちが、夜の町を模した戦闘空間に散らばっていった。

「プルイーナ様と同じヤマタノオロチですわぁ!」

「プルイーナと同じ?」

 元々はヤマタノオロチなんて強そうな魔物だったのか。でもさっきの魔物は分裂していた。

「知らないんですの? 闇黒三美神はみな一介の魔物から成り上がってるんですのよぉ!」

「どこか行っちゃったけど」

 指摘すると、彼女は顔を真っ赤にして頬をふくらませた。良い声を持っていてもこれには言い返せなかったようだ。どこからともなく取り出したメガホンをボクに向ける。

「さっ、作戦ですわよぉ! もう! 粉々に砕け散ってしまいなさい。『強振凶声』」

 咄嗟に横っ飛び。背後の電柱が冗談みたいな振れ幅と速度で震えた。そしてハデに破裂。

 声でグラスを割る人をテレビで見たことがある。それの超々強力版ということか。メガホンで狙いをすまし精度を上げている。大砲が向けられていると考えていい。

 あー、やべこがいてくれたら。

 ふと心を満たした弱音。

 ダメだ。強くなるって決めたんだから。

「上手く避けたようですが、まだまだいきますわよぉ!」

 続け様に放たれる声の砲丸を必死にかわす。

 やべこたちの訓練を受けてまだ間もないけれど、体は自分の想像以上に動いてくれた。

 建物の陰に隠れる。夜の町に女の子を眠らせておくのは危険だと判断して、龍田さんを連れてきてしまったのは悪手だった。彼女に人質として――――。

 ふと疑問が浮かぶ。

 子守り唄と田園蛙声にはメガホンを使っていなかった。耳に届けば効果のある技なのだから、強振凶声も全体攻撃にしてしまえばいい。でもそうしないのは龍田さんに被害が及ぶから?

 確信は…………ない。でも違った場合のため、ともかく、彼女だけでも現世に戻すことが先だ。

 おそるおそる顔を出して様子をうかがう。龍田さんは同じ所で寝ているが勇者の姿はない。

 どこ……? 先に見つけなければあの声でコッパミジンだ。

 聞こえた瞬間には攻撃が直撃しているわけだから。

「あッ!」ボクは龍田さんの体にオロチが1匹絡まっているのを見つけた。

 仮に勇者は他人に手を出さないとしても、でも魔物はどうだ? 相手の区別をつけているの?

 もし――――、

 ボクは物陰から飛び出した。周囲を警戒しつつ龍田さんに駆け寄る。勇者は現れない。蛇が牙を剥き、ボクに向かって矢のように飛び込んできた。

 出るかな?

 レヴナの教えを思い出す。雑念を捨てて、炎のマナのみ意識して、掴んで、練って、形作る。

「低級魔法、ファイヤ!」

 ボクの手の先、ちょうど蛇の頭のあたりで小さな爆発が起こった。

 ぼんッ!

 蛇の体がバラバラになって飛散する。

「やった! 出た!」

 龍田さんにケガがないことを確認し、起こそうとしてやめた。この世界のことを知られるのも、ボクらのことがバレるのもよくない。ボクが一ヶ所にとどまっているのに攻撃してこないのは、勇者は龍田さんを巻き添えにするのを望んでいないという証拠だ。

 咄嗟に出ていったけど、勇者が龍田さんもろとも攻撃してこなくて良かった……。

 ボクは落ちていた木の棒を拾い上げた。凄まじい攻撃の連続だったから、どこかから飛んできたものだろう。木と言っても、ドット混じりの不思議な感触だけど。

 丸腰よりかはいいはずだ。

 勇者は出てこない。龍田さんを向こうに送らないと。

 イワフネを発動しようとする。

 電話が鳴った。

 ボクのではない。龍田さんの手に握られているスマホだ。イワフネの発動を思わずやめてしまう。スマホ画面に表示された文字に目を疑った。


 魔王レームドフ


 お父さんの名だ。

 なぜ? なんで? 

 どうして龍田さんのスマホにお父さんから電話がかかってくるの?

 考えるより先に手が伸びていた。スマホを拾い、その場を離れる。物陰に隠れてもう一度画面を見る。確かにお父さんから電話がかかってきている。

「…………もしもし」

 もう一度お父さんと話がしたかった。

 耳をすませる。

『げろげろげろげろげろげろげろ――――』

 しまった!

 強烈な目眩に襲われる。

 視界が傾く。

 やられた。これは、勇者の『田園蛙声』だ!

「ひっかかりましたわねぇ!」

 ぽんっ! と小気味いい破裂音とスモーク。

 気がつくとボクは、スマホを手にして目の前にやってきた勇者を見上げていた。

 下から、まるで巨人でも仰ぐようにだ。

「わたくしはタッちゃんとLIME交換をしておりましたのぉ。あなたが逃げ隠れしている間にタッちゃんのスマホをいじり、わたくしの登録名を変更したのですわぁ。あなたへ確実にわたくしの歌声をお届けするために」

 蛇がにょろにょろ……、ボクの周りに集まってきた。

「げこっ!」

 声を上げるとカエルボイスだった。

 恐ろしい。勇者も、周りの蛇も、とてつもない脅威だ。今ボクは子供にだってもてあそばれてしまうサイズ感。彼我の力の差は歴然としていた。

「げろげろ!」ファイヤ!

 線香花火のように儚い火花が散った。

 こんな状況じゃとても集中なんてできない。

「さぁ、本物の王冠を出すことですわ。さもなければその子たちの胃袋に出入りさせて、少しずつ溶かす拷問をいたしますわよ」

 勇者はメガホンをボクに向けた。一撃でも当たったらコッパミジン。周りには魔物。

 蛇に睨まれた蛙、そのものだ。

 炎が出せない。手も足も出ない。

 それなら!

 キロピードや闇黒三美神たちと闘った時と同じことをした。凍りついた大樹の根元のドットを砕いて、倒す。それと同じことを、勇者の背後にある建物にした。

 ピキピキ――――、ゆっくりとドットが変化していく。間に合ってくれ!

 ボクも巻き添えになるかもしれない。でも隙を見て勇者のすぐ後ろにある側溝、そこから地下へ逃げられる可能性もある。

 ダメなら、潰れる。

 生き残れるかどうかは、HPが高いこと頼りだ。

「さぁ、王冠はどこですのぉ?!」

「げろげろ! げこっ、げろっげろっ! げこー!」

 言ってやった。

「カエル語なんて分かりませんわぁ」

 勇者は笑った。ボクはこう言ったんだ。おまえな――――、

「オマエなんかに負けない」

 聞き覚えのある声だった。

 周りの蛇が燃え上がり、煙となって消えていく。

「忘れた名前思い出させてやる。心臓を貫いてな……って言ったんだよ」

 彼女は————、

「げろげーろっ!」

 リビエーラ!

「魔物袋持ったヤツがいたから後をつけてみたら案の定だ。ゴートマの勇者。オマエが渡されたその魔物袋に隠れさせてもらったぜ。ついでにヤマタノオロチとも遊んでやった」

「まさかっ! この子たちがバラバラに分裂していたのはあなたが!」

「ご名答ってやつだ。ご褒美は」リビエーラはボクの掬い上げて飛び退いた。「瓦礫の雨だ」

 建物が崩れてきて、勇者へと降り注いだ。

「ファイヤ、覚えたんだな。スゲェじゃん。難しかったろ?」

 リビエーラはボクに水鉄砲を撃った。咄嗟に目を閉じ、再び開いた時には人間の姿に戻っていた。そしてリビエーラに抱きつくようにくっついている。

「あ! ゴメン!」

 慌てて離れる。

 建物が崩れたところは、静かで、動きはなかった。

「ありがとう」

「オマエには借りがあるからな。プルやエクを世話してくれてるし」

「やっぱり、うちには来ない?」

「いけないさ。そうそう、アイツ忘れずに始末しとけよ。魔物は消滅するが勇者のカラダは消えない。回復したらまたカエルにされるぞ」

「うん、わかった。……そうだ、ちょっと待って」

 ボクはスマホのカバーを外し、中に隠してあった「もしも何かがあった時使うお金」である、三つ折りにしていた一万円札をリビエーラに差し出した。

「なんだよコレ」

「プルイーナが、リビエーラに会えたら渡しといてって」

「あいつが?」彼女はボクとお金とを見比べた。そしてためらいがちに、「ありがとうな」と折り目のついたお札を受け取った。

 嘘だって、気付いていたはずだ。真面目な人だし、いつか返してくれるだろう。

「パチンコで倍にして返すから」

 あ、返ってこない気もしてきた。

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