王冠



◆王冠



 メルの部屋の中に入り、目を疑った。

「何で来たの?」

「親からもらったこの2本の脚でさ」

「お前に聞いてない、このワタベが。キルコに聞いてんの」

「自転車で……」

 嘘だと思いたかった。

「あれ、チャリあったっけ?」

「借りたの。途中まで。欲しいんだけどね……」

 逆にどうやったのか知りたい。

「暑かったでしょ。カルピスソーダ作るねぇ~、いぇーい」

 あんなに片付けた部屋が、元通りに戻っているではないか!

「なんで……?」

 思わず口からこぼれた。

「へ? なんで? カルピスソーダ嫌い?」

 メルが作る手を止めないで聞いた。

「大好きです」

 負けを認めるような気分だ。

 ボクはほぼ自動的に掃除を開始する。

「君がこいつの部屋を片付けてくれたキルコって子なのか。すごいだろ? もはや才能だよ」

「あ、そいつはワタベね。昔からの知り合い。キルコのことは、友達としか言ってないから」

 友達としか。

 聖神にまつわることは話していないという意味か。


「ワタベは暗いし、ちょっと悪いやつだけど害はないから」

「よろしく、無害だよ」

「よろしくお願いします……」

 ちょっと悪い、という言葉が気にかかる。カルピスソーダをもらい、一口飲んでも、飲み込めない。

「……悪いって?」

「あぁ別にこいつ人殺しとかじゃないからね? 合法の範囲内で悪いことをするやつ。切れ者。アタシがコスプレイヤーとして名を馳せたのもワタベのおかげなのよ。今はただのフリーターだけど」

「はぁ……」


 当のワタベさんは慣れた様子でソファに散らばった物を除けて、そこに座った。すぐに何かを見つけたように立ち上がる。

「コレ、僕があげたやつ……」

 お掃除ロボットがなんとひっくり返っており、物に埋もれていた。


 なんてことだ、かわいそう!


「なあ、使わないのはともかくなんでひっくり返ってるんだ」

「んー? ポリスとカーチェイスの果てにって感じかな」

「お掃除ロボットに罪はない」

「ほら? 失業しちゃってお金欲しさに銀行を襲ったんだよ」

「こいつが仕事できないのはこの世界のせいだ」ワタベさんは部屋を見渡した。

「そうだよね。この世界を作った神を恨むべきなんだよ」

「つまり君だよ、やべこ」

「女神にだってミスはあるって。ほら、異世界もので間違って転生とかあるじゃん?」

「はぁ……。どう思う?」ワタベさんはボクを見た。

「少しずつ片付ける癖をつけましょう」

「え~~!」

 ワタベさんと2人で埃をかぶっていたお掃除ロボットを磨いてあげた。

「そんなことより見てよキルコ!」


 メルはボクの腕を引っ張って隣の部屋へ連れていった。


「欲望に耐え切れず作っちゃいました!」

「作ったって……」

 そこにあったのはトルソー像に着せたボクの衣装だった。

 それはまだ9才だった頃のボクの服装から幼さを取り除き、上品さを足したようなデザイン。


 もともとボクはいわゆるお坊ちゃん風の格好をしていた。カジュアルな短パンにサスペンダー。シャツはズボンにイン。蝶ネクタイもしてたっけ。今思えば、あんまり女の子っぽくないかもしれない。

「すごいね。昔着ていた服みたいだよ」

 聖神のゲームで登場するキルコは、説明書の隅に載っている絵と、攻略本にある挿絵ぐらいしか見た目がわかるものがないのに、よくここまで再現したものだ。

「これをね、着て欲しくって……?」

 メルは膝をかかえてしゃがみ込み、そこからボクを上目遣いに見つめてきた。

「ごめん……。わるいけど、いまこれを着るのは恥ずかしいからヤダなぁ」

 思い返すと、あれは初めてメルの部屋にお邪魔した日の帰りか。メルは下北沢までついてきて、駅前の生地屋に買い物しに行っていた。

 それが、これらか。

「サイズの確認だけでも……?」

「恥ずかしいよ」

「じゃああっちは?」

「あっち?」

 目をやった壁には実にさまざまな衣装が取り揃えてあった。共通しているのはサスペンダーや、短めのボトムス、蝶ネクタイなどの首元を飾るアイテム。どことなくどれも、女性的なシルエットだ。

「やべこさぁ、人の了承をとらないでこんなに作ったのかい?」

「普段のキルコの服装見てたらイメージがどんどん湧いてきまして」

「採寸はしたの?」

「それは平気!」メルがボクにぎゅっと抱きついた。「アタシの採寸に狂いはない!」

 体中を触られる。そういえばこうやって抱きつかれるのは初めてじゃない。まさか採寸されていたなんて誰が分かろうか、いや分からない。


「ところでキルコは、なんか話したいことがあったの?」

「あー、まぁね」

「ということだワタベ、察せ。しっしっ」メルは手で払う動作を。

「なんだよ、来たばっかなのに」

 なんとワタベさんはあっさりと帰っていった。

「いいの?」

「いいのいいの。あいつ仕事の休憩時間にここ来てるだけだから。すぐそこのパチンコ屋。うるさくて気が狂うんだってさ。従業員とどっか行けばいいのにね。暗いわぁ」

 ボクもマイコやニンジャの人たちとどこかに行ったことはないな。


「あ、今更なんだけどさ。キルコのこっちの世界での苗字はなんて言うの? 下の名前はルキコだったよね」

「うん」

「ちなみにアタシは矢部砂環子(やべさわこ)。高校時代のあだ名がやべこ」

「戸籍の名前ってこと?」

「そうそ」

「四月一日瑠姫子(わたぬきるきこ)だよ。変わった苗字なんだってね」

「わたぬき?」

「うん。しがつついたちって書くの。そういえばね、町づくりのためにレヴナが憑依させてる人も、ワタヌキって言うんだって。ワタヌキキヨシさん。最近死んじゃった大手の会社の社長さんとかなんとかで」

「なんか聞いたことあるな。ねぇワタベ、なんだっけ?」メルはソファの方を振り返った。「あ、さっき追い返したんだった。ウケる」

「鳥華族の人なんだって。チーズカッターズの上井君が働いてる居酒屋の」

「そうじゃん! アタシしょっちゅう飲み行くからそのワタヌキさんの訃報聞いた時はショックだったんだよ。あとチーズカッターズ! 明日ライブあるじゃん。あぶねぇ忘れてた」


 そうだ。メルとやべこと出会った日、聖神世界に行くためにチーズカッターズのゲームとカセットを借りた。忘れていたけど、その夜に手書きのチケットをもらったんだ。


「ボク、明日もバイトだ……」

 ごめんねみんな。

「しょうがないね。というかさぁ、キルコと瑠姫子ってすごい似てるよね。それにそんな珍しい苗字がかぶるもん? これは何か……ねぇワタベ?」

 メルはまたソファを振り向いた。「いないんだ、ウケる」と向き直る。

「やっぱり、すごい偶然なのかな?」

「何かの関係性をうたがっちゃうよねぇ。ちょっとワタベに聞いてみるわ」

「ワタベさんに?」

「身辺調査とか、そういうの得意なのよ。調べてもらおう」

「……そんなのが得意な人がいるんだ。あとね、闇黒三美神っているでしょ?」

「いるね。可愛い子たち」

「クビになったんだって」

「クビ!? 闇黒三美神ってクビとかあるの?!」

 やっぱりそう思うよね。

「なんかね、奪った王冠がニセモノだって、ゴートマを怒らせちゃったんだって」

「え~~…………。なんか悪いね」

「うん」

 ほんとは、悪いのは向こうなんだけど。

 ボクは闇黒三美神から聞いたことをおおざっぱに話して聞かせた。


「キロピード……」

「ねぇメル。ボクはあの王冠、初めに見たとき本物だと思ったんだよ。ちょっと考えれば、街で出会った人が王冠を持ってるわけないのにね。でもね、すごくそっくりだったんだよね」

「そっくり?」

「うん」

「え? ちょっと待ってよ?」


 メルはバタバタと別室へ。少しして持ってきた物にボクは驚いたどころの話じゃなかった。


「王冠!」


 目の前にしてみると、まさしくコレが本物なのだという輝きがあった。ボクが8年前に売ってしまった王冠。泣く泣く手放した王冠が、そこにあった。


「アタシ、何年も前に王冠をもらったのよ。中3の時、下北沢で。綺麗なお姉さんから。アタシはこれを元に後々コスプレに使う王冠……三美神がとってったやつを作ったの」

「え? もらった? 綺麗なお姉さん? のほほんとした、金髪の?」

「そうそう! 聖神を知ったのもその人が、『これは~聖剣神話というゲームに出てくる王冠ですぅ~』って言ったからで。それまで古いゲームなんてやらなかったのに、やってみたらもうどハマりで。お姉さんのこと知ってるの?」

「ボクが渋谷のハロウィン帰りの人を追って、ここにやってきて、右も左も分からないところを助けてくれた人だよ。女神のような、優しいお姉さん。隣に住んでたんだよ。仕事に就くためののお世話とか、お部屋の契約とか、お手伝いしてくれたの」


 目頭が熱くなってきた。思い出の中にいた彼女が、再び目の前に現れたようで。


「キルコはその人に売ったの? 王冠を?」

「ううん。戸籍を買うとか、アパート契約云々の時に、こわい顔の人に売ったんだよ。なんでお姉さんが王冠を持ってたんだろう」

「彼女は、『あなたに持っていて欲しいんですぅ~』って言ってたな……。その時はなんの話か分からなかったけど」

「よく知らない人からこんなものをもらったね」

「今は自分でもそう思う。がめつい気持ちになっちゃいまして。ゴメン」

 メルはいわゆる、てへぺろって仕草をした。


 偶然なんだろうか。

「もう絶対に見ることもないと思ってたから」ボクは王冠を優しく撫でる。「メルに持っていてもらってよかったよ」

「ねぇ!?」メルが手を叩いた。「女神なんて会ったことないって言ってたけど、その人こそが女神なんじゃないの? 名前は?」

 ボクは押し倒さんばかりの勢いで迫ってくるメルに告げた。

「その人の名前は、パルフェ」


 久しぶりに声にしてみると、更に懐かしさがこみ上げてきた。


 パルフェさん。


 あのお姉さんが女神? まさか。あんなおっちょこちょいな人に神様なんて務まるのだろうか。優しさだけは、まぎれもなく女神級だったけれども。


「パルフェ? 偽名かな。それもワタベに調べてもらおう」

「ワタベさん、よろしくおねがいします」ボクはメル越しにソファに目をやった。「あ、帰ったんだったね」

「ウケる。とまぁアタシが後生大事にしていた王冠が、なんと聖神世界の魔王レームドフがかぶっていたモノだと判明したところで」

「この王冠を一体どこに隠そうか?」

「そうなんだよねぇ」


 メルの部屋に置いたままだと、メルに危険が迫る可能性が多いにある。

 相手はボクと関係のあるメルを調べるかもしれない。


「今までは金庫に厳重にしまって、酔っ払って寂しい時に眺めるぐらいだったんだけど」

「王冠からも魔力を感じる。メルが大事にしまっていてくれたおかげで、ゴートマたちに感づかれずに済んだんだと思う。でも、これからはそうはいかないよ」

「安全な隠し場所ねぇ……」

「どこかの山に埋めちゃうとか?」

 誰も知らない、突き止めようのないところへ隠すのが妥当なのかな。

「キルコ、それならちょっと試してみたいことがあるんだけど?」


 メルは大きなテレビ台の引き出しを開け、何かを探し出した。

「あれ~? どこやったかー?」

 引き出しの中はめちゃくちゃにゲームソフトが入れられていた。ハードの種類もバラバラだし、ひょっとしたらケースの中身も違うかもだ。これは、新しいお掃除場所を――――、

「見つけた! あったよ」

 メルは手にしていたのは聖剣神話のカセットだった。

 聖剣神話の続編、聖剣神話2の。

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