お特訓



◆お特訓



「さて、では遊びはここまでで」

 メルの部屋に戻ってきた。時間は四時を回っている。

「キルコ強化トレーニングを始めるとしますか……!」

 ごくり、とボクは思わず生唾を飲み込んだ。


 メルのゲーム機から聖神世界へジャンプ。徐々に活気を増してきたダートムアに降り立つ。


 かつてダートムアに漂っていた陰気な雰囲気を払拭されていた。発展途上なのは否めないけれど、ここが旅人で賑わう様子がイメージできた。これからの発展が楽しみ。


「そういえば」ボクはやべこに訊ねた。「キロピードの闘いの時、向こうはボクの魔力をたどってきてるって言ってたけど、聖神世界でも1箇所に長居はまずいのかな?」

「そうとも限りません。魔力……この世界ではマナと呼ばれていますが、現世にマナはほとんどないのです。だから、マナのない世界にマナを持った人がいると、なんと言いますか……かなり目立つのです」

 黒い髪の日本人の中に、ブロンドの人がいる感じかな。

「ですが、聖神世界においては土地も人も、動植物に至るまで、みなマナを有しております。つまり辺り一面にマナが満ちているので、よほど強力なマナの隆起がない限り、心配することはないと思います」

 そうか、それなら良かった。


 レヴナと合流した。

「キルコ、ようやく来たかよ。楽しかったか?」

「うん。とても」

 レヴナの後ろにはたくさんの、恐らくハグレ勇者であろう人たちによる群衆が波打っていた。

「……彼らは?」

「みんな眷属希望者だよ。特訓始める前に先にコイツらたのむぜー」

 ボクは何十人といる勇者たち全員に隷属魔法をかけた。眷属の契約だ。

 それだけでドッと疲れる。


「では、僭越ながら私から、基本的な戦闘の動きを指南させていただきます」

 ダートムアにはいくらでも空き地がある。その一角、ボクを筆頭に新勇者勢が整列。やべこを指南係とし、戦闘における基本的な体運び、攻撃の仕方を学ぶ。

 これまで使ったことのない呼吸、筋肉、思考が試された。

「き……きっつい!」

 ストレッチから始めた時は、「初日は案外楽かもな」とたかをくくったけれどもとんでもない。こんなに肉体を酷使したのは今までの人生で一度もなかった。

「はい! 笑って!」

 時折りやべこが笑顔を強要するのが謎だった。解せない。後ほど理由を聞いたら、

「人間、笑うと脳がだまされて楽しくなると聞いたことがあったので、笑ってもらおうかなと」

 肉体の辛さをごまかそうとしていたわけだ。


 トレーニング中、メルとも話した。

 どうもハグレ勇者というのは、ネタ寄りの職業……農夫や石工など、戦闘に向かない職を持つ者たちばかりだった。メル曰く、『とりあえずキャラを作ったけど、戦闘に不向きだし、特に思い入れがないから放置された』らしい。

 メルがあまりにあっけらかんと言い放つので、「思い入れがない」勇者たちはみんな笑っていた。

 不思議な笑いの中で、これからこの訓練が、後のゴートマを打倒する戦いに役立つはずだと、やべこは繰り返し力説した。

「ゴートマは魔物がメインの軍を率いています。そこには勇者もいるでしょう。キルコ様の隷属魔法には遠く及ばなくとも、この数年で溜め込んだ勇者はかなりの数に上るはずです」

 ゴートマに全勢力をぶつけられたら、こちらに99レベルの勇者がいくらいようと足りない。数には数なのだとやべこは語った。

「んで、一人一人の兵士の練度は高いに越したことはないと。俺は魔法を担当だな」

 レヴナは楽しそうに笑った。美しい顔に、かがり火が凶悪な陰影を作る。

 魔法の指南は実に刺激的だった。

 空気中、それから自己の中に宿るマナと呼ばれる力を駆使して、あらゆる技を繰り出す。

 感動の連続だった。

 ボクは人生の半分を、乱雑な、物的な、騒々しい現世で過ごしていた。だからもはや魔法のことを夢が織りなす奇跡と呼んでもよかった。

 幼い頃にお父さんたちの魔法は目にしたことがある。でもそんなのは思い出として色褪せていた。ここ数日で非現実の力を目の当たりにしたけれど、それとこれとはやっぱり別だ。

 魔法を学んでいるだなんて!

「雑念は捨てな! 炎を吸ったマナだけ意識するんだ。掴め、練れ、形作れ……ファイヤ!」

 はじめこそ手のひらがほんのり熱くなるだけだったのに、最終的には指の先にマッチほどの火を灯すことに成功した。

「見て! 見て!」

 と、生徒たちの間を巡回するやべこやレヴナが見に来る前には消えてしまったけれど、たしかにボクは火を灯した。

 魔法を使ったんだ。

 ふと仕事中の停滞した空気感を思い出した。そこからボクは抜け出したのだという不思議な優越感を得た。

 あと、爪の先に火を灯すなんて、ボクの貧乏暮らしみたいで可笑しい。

 二、三時間の訓練が終わる頃には、みんな1人残らずぐったりしていた。


「さぁさぁ! 晩飯はワイバーンの肉だよ!」

 料理人の勇者たちが手早く机を運び、豪勢な料理の数々を広げる。

 えっ…………?

 みんな驚きはしても、それが当然のように料理へ手を伸ばしていく。

 こんなご馳走が、通常なカンジですか?

 ボクは毎日、かたい玄米や野菜の端材を使った焼きうどんばかりなのに。食う寝る所に住む所があって、ご飯も美味しくて、聖神世界さいこーじゃん。主のボクより贅沢じゃん。

 これなら、きついトレーニングも大歓迎だな……!

 いやいや、目的がすり替わってしまっている。不純だ! 強くなるために来てるのに……こんなに美味しくて、賑やかで、楽しいだなんて!

 箸が止まらない。

「キルコぉ、おつかれさーん」

 お酒のせいで赤ら顔のドウジマさんがボクの隣に。

「おつかれさま」

「魔王が下っ端たちに混じって稽古とはねえ」ドウジマさんは料理をつまみ、慌てて訂正した。「おっと! イヤミな感じになっちまった。すまねえ」

「いいんですよ」ボクは食べるのを休まず答える。

「おれが言いたかったのは、リーダーが自分の未熟さを認め、みなと同じ場所で汗を流すって根性が見上げたもんだなってことなんだ。頼むからクビにしねえでくれよ」

 冗談混じりの口調にボクは別に怒りもしない。むしろ嫌われていたり呆れられてはないみたいで安心する。16歳の、何も成し遂げていない主にへこへこする必要なんてない。

「ダートムアは形になってきたけど、ヤジキタの方はどうですか?」

「良い流れだってレヴナが言ってらぁ。無計画にハグレ勇者たちを拾ってるわけでもないんだぜ? これだけ頭数があったって大丈夫なふうに計算してんだとよ。昼間は町の公共事業なんかもやっててな」

 ほんの数日でそこまで手広くやるとは。

 ボクはいろんな料理を、手広く、食べる。

「新しい町ができるって宣伝なんかも、手ぇ回してるらしい。精進落とし……つまりは長いお参りを終えた後にパーっと遊べる、もう一つ宿場町として、そのルート作りにも着手するとかで」

「ふうん」食べながらだから相槌くらいしか打てない。

「大した奴だよ、あの社長さん。レヴナが憑かせてるじいちゃんな、ついこないだ死んだ社長さんとかで。知らねえか? 居酒屋の鳥華族あるだろ? あのグループの社長なんだってよ」

「ふぇ~」

 鳥華族、チーズカッターズの上井君が働いてるところだ。

「生涯現役……を越えて死後も働いてんだからな、頭が上がらねえや」

「ふんふん」

「…………聞いてっか?」

「うん」

 ごくん。

 話も料理もとりあえず飲み込めている。


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