四天王ご来店
◆四天王ご来店
あいもかわらず、いつもの通り、例のごとくでバイト先のマイコは暇だった。
「いっそゾンビでも攻めてきたらいいのにね」
龍田さんがこわいことを言う。
「このお店は外側が一面ガラスだから、すぐやぶられちゃうでしょうね」
龍田さんとはあまり話してこなかったけど、同じアプリを始めたというたったそれだけのことで会話が増えた。ほんの少しだけど。
「てか今日、仕込みしすぎちゃって野菜の端材がたくさんあるよ」
龍田さんが嬉しいことを言う。
ちょいちょいの頻度で、仕込みの際に出る料理には使わないお野菜の端材をもらっている。どうせ捨てちゃう部分とは言え、魔王として意地汚いかなと不安に思っていたけど、「エコじゃん?」と彼女が言ってくれたので、もうずっとお世話になっている。
でもだけど、龍田さん以外からはもらったことがないし、ひょっとしたら、他の人は意地汚いと思うことなのかもしれない。「社員さんに言わないでね?」と彼女もつまみ食いをよくするから、ある意味の共犯関係とも言える。
ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」と反射的に迎えて、ひやっとした。
「へへっ、来てやってぜ!」
暗黒三……四天王だった。
「4名様……ご来店でーす」
「いらっしゃいませー……」
龍田さんも奇抜な見た目の4人が来たことに面食らっていた。
入り口で、ガタンっ!
と大きな音がした。
こんなとこで攻撃してきた?! と身構えて、拍子抜け。
雷電かつゆのエクレーアが背負っている大きな殻が入り口でつっかえていた。
「バリアフリーがなってないですっ……!」
今更だけど、かつゆってナメクジのことだったよね。それなのにデンデン虫みたいな殻を背負ってるなんて変わっている。中学生みたいな見た目だけど、ランドセルをしょったら似合いそうだ。
「エクレーア! そんなの外に置いてこいよ!」
「そんな大荷物、お店側に迷惑ですよ……」
「だって、コレわたしのトレードマークだしっ、それに自分の身を守るものがないと不安なのっ!」
エクレーアはどうにかして入店しようとしていた。ゾンビの襲撃じゃないけど、それこそガラスを割ってでもしないと入ることは無理そうだ。
「ケケケケッ! このクソ暑いのに外でカレーおあずけなんて、エスカルゴ料理になっちまうな」
「やだようっ、ラムカリィにするってゆうべから決めてたのにっ!」
「可哀想なエクレーアさん……彼女のはテイクアウトにしましょう……」
とりあえずこの場で争う意思は無さそうなので、お冷を持っていく。外のエクレーアにも。夕方の5時前だけど日射しは強い。エスカルゴ料理は困るし。
「ありがとうございますっ……。ランチタイムに向こうに行っちゃって……」
「あー、スープカレーのニンジャの方ですね……」
よくある間違いだ。他のお客さんにも言われる。「ここスープカレーじゃないんですか?」「スープカレーはあっちです」「ああ、ではそっちに」と。
「わたしはこっちじゃないって言ったんですけどっ」
「昼も夜もカレーになっちゃうとこだったんですね」
「はいっ。でもわたしはへいきですっ! 美味しかったですっ」
昼も夜もカレーになっちゃったんだ。
「悲しいのは、テイクアウト容器だと写真映えしないことですっ……」
向こうでも中に入れなかったんだ。
店内に戻ると、あとの3人がああだこうだと言いながらメニュー表を奪い合っていた。
「だからさ、オレはこのカレーの10幸いにするって言ってんだよ」
「リビエーラさん、あなた漢字を読めるんですか? 見栄を張らずに貸してください……。私読みますから……」
「ケケケケッ! 仲間割れかよ。俺が漢字博士の霊でも憑依させようか?」
テーブルの脇に立ち、伝票とペンを構える。
「また猫になるってのか? とにかくオレはバターチキンカリィの10幸いだ!」
さいわい? 10……幸い? もしかして、10辛のお間違いでは?
「はぁ……。10幸いなんてオプションがあるわけないでしょう? はやく貸してください…………なるほど、確かに10幸いと書いてありますね。では私はエビカリィの10幸いで」
このプルイーナって人、クールキャラに見えたけど、そうか……10幸いか。
「俺はラッシーだけでいいや。カレー食ってこの白い長襦袢が汚れたら嫌だからな」
イタコのレヴナはケケケと笑った。でもこの人の着物、返り血だらけだけど……。
「かしこまりました」
ボクは外のエクレーアにも聞きにいった。
「わたしはラムカリィの10辛でっ」
「10辛ですか? 幸いではないですよ?」
「えっ……? だいじょぶですっ! わたしは辛くてヒーヒーしちゃうのが好きなのでっ!」
10幸い、プラス200円でーす。
キッチンの龍田さんにオーダーを伝える。
それから、敵の幹部4人との沈黙が流れた。あっ、1人はおんもだけど。
「ケッ、ドライフラワーなんて下げてんだなこの店。死んだものを飾るなんて趣味が悪りィ」
「ん? まぁそう言うなってレヴナ」
「…………この席、冷房が直接当たりますね……」
奇妙なことに、幹部たちの席にも気まずい空気が。そうだよね。最初は闇黒三美神だったのに、急に四天王だもんね。
ちらりと視線を送られて、思わずボクは外を見る。エクレーアが殻から汗だくの顔を出してこちらを覗っている。熱中症にならなければいいけど。
「あっ、そうだ。おいキルコ。お前に土産があんだよ。コレだ」
炎熱かわずのリビエーラがボクにがまぐちの鞄を寄越してきた。
魔物が詰まっている袋だ。
「えっと……こちらは?」
「こんなところじゃ言えねえよ。テメェなんかの手に負える代物じゃないことは確かだ」
「よかったらなんですが、冷房を弱めてもらえませんか……? 万年寒がりでして……」
「はぁ」
なんか、出会った瞬間バトルの方が楽だな……。
「ねぇ」龍田さんがボクに耳打ちした。「ちょっとトイレ行くから火見てて」
「はい」
龍田さんがサロンエプロンを外してトイレへ。ボクは冷房を下げ、BGMをさりげなく上げる。狭い店内だし、音には気を使う。
一つの葛藤が生まれた。
暗黒四天王の1人、イタコのレヴナは勇者である。つまりボクの尻尾の一撃が有効なのだ。
「………………」
ボクは彼女が頼んだラッシーを持っていった。
リビエーラとプルイーナは雑誌を読んだり、メニューを見返したりしている。
「人生がさいわいと感じた時に読みたい名言集……」
「あ……さっきより寒くない。さっそくさいわいが……」
トイレを流す音がした。今しかない。
彼女らがボクの仕事中は手を出さないようにしてくれたのが逆に申し訳なくなる。でもさすがに4人相手はできない。だから不意打ちをさせてもらう。
背後から、尻尾の一撃をレヴナにお見舞いした。着物の前は破かずに上手く胸を貫き、心臓…………真名を抜き取った。むせかえるレヴナにリビエーラが聞く。
「急にどうしたんだよ?」
「なんでもねえよ。ラッシーを勢いよく吸い過ぎてさ。ケケッ」
レヴナを仲間に引き入れることに成功。
龍田さんが戻ってくる。それからボクは出来上がったカレーを運んでいった。
「ラムカリィです」外のエクレーアにも。
「はわわわっ! あんなに手際よく暗殺するなんてっ! こわいっ! いただきますっ!」
彼女には見られていたらしい。カレーを受け取るとエクレーアは殻にこもってしまった。
店内に戻るとリビエーラが涙を流しながら、プルイーナが汗をたらしながらカレーを食べていた。
「なんか、あんまり幸いじゃねえな……、おっかしいな。むしろツラいんだよな」
「そうですか……? 体の芯からぽかぽかしてきます。あたたかくて幸いです……」
「いやツラいって」
「あたたかいです……」
食事が終わり、暗黒四天王が店の外に出た途端だった。エクレーアがリビエーラとプルイーナを引っ張り、ぎりぎりのところでレヴナの攻撃を避けさせたのは。
「ケケケケーッ! そう逃げんなって! 俺さ、友達たくさんいるから紹介してやるよ! ホントホント。どこにいるかって? あの世に決まってらァ!」
レヴナは長襦袢に巻いていた巨大な数珠をほどいた。数珠のそれぞれが宙に舞う。一粒ひとつぶが、怪しげな宵の祭りを彩る狐火のように発光した。
「俺、キルコのためなら死ねるわァ! キルコ! 俺がんばるから! がんばるから! 食いやがれよ闇黒三美神さんよォ……。『全身全霊』!」
数珠が異なる動きとスピードで三美神に襲いかかる。
「レヴナー! こんな往来のど真ん中でやめてー!」
イワフネ 発動!
4人を異世界に引き込んだ。その際のバタバタで、返却しようと思っていた魔物袋の口が開く。
「ぐがごききぎぎぁああ!」
現れたのは首が3つの魔犬、ケルベロス。
見上げるほど大きく、ボクなんて丸呑みにされてしまいそうだった。
「ハハハハッ! 地獄の番犬ケルベロスだ! さぁ、やつらを食い散らかせ!」
「王冠を持っているはずですのでそれは飲み込まないように……」
「へいきかなっ?! まちがって噛んじゃったりしないかなっ、こわさないかなっ!?」
既に満身創痍の闇黒三美神。レヴナはニタニタと笑っている。
「犬はちゃんと首輪しなきゃダメだろうが!」
妖光を放つ糸で結ばれた数珠がケルベロスの3つの首に絡みついた。巨大がふわりと浮き、地獄の番犬は易々と地面に叩きつけられていく。
「ヤベェ! キルコの力、サイッコーだわ! ゴートマに縛られてた時より力がジンジンと染み出してくるじゃん! ケケケケッ!」
凶悪だ……。
「キルコー! 俺ってさ、99レベだから、他のザコより役に立つから! 有用だから! だからキルコは捨てないでよな! じゃないと俺死ぬから?! ナ? 化けて出るから!」
メンヘラな人が仲間になっちゃった。
「おぼえてやがれッ!」
「退散……」
「追ってこないでよねっ! ねっ!?」
闇黒三美神は去っていった。
1分にも満たない戦闘から戻る。
「なんか、いま一瞬消えなかった……?」
龍田さんが目をこすりながらボクに聞いてきた。
「まさかですよ。暗くなってきたんで、見間違いじゃないですか?」
「あー。最近乱視ヤバいからなぁ」
普通の感覚を持っていたら、目の前で人が消えても見間違いを疑う。
メルが変わっているのだ。チーズカッターズの3人も、こないだのことはゲリラ的なイベントに巻き込まれたと思っているようだった。激しい炎や光のせいで、人が消えたように見えたと。
「ってかあのリビエーラってコ、可愛かったわぁ。実は一番マジメそうな感じとかさ。プルイーナってコも良いし、エクレーアちゃんなんてもはや飼いたいわ」
「あ、そうですね……」
「友達なんだよね? なんてバンド名?」
あの3人……レオタードと全身網タイツとスク水を見てバンドだと思う龍田さん、ある意味すごいなぁ。レヴナが仲間に入ってないのは、やっぱり彼女はいるべき場所が違ったんだなと思いたい。
「ちょっとよく知らないんですよね……」
「えー、残念」
それから退勤までは静かな時間が流れた。
レヴナの猛攻を受けて三美神は無事だったかな。レヴナは死者の魂を憑依させることができるみたいだけど、あの3人の魂を呼ぶことのないよう祈る。
あれ? でも敵だし、それでいいのか。
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