キルコのひらめき



◆キルコのひらめき



 一騎当千の武将だった。

 ボクは愛馬のペインズゲイルに跨り戦場を駆け抜ける。光と闇の世界を隔てていた聖剣を振るい、大気を斬り裂く。後には雑兵が山となって倒れていく。雨あられとなったジェニーが地面を叩く音は気の早い凱歌だ。ボクの背中を押す追い風だ。


 ゆけっ! ゆくんだ! 怨敵ゴートマを目指して!


「我こそが魔王なり!」

 空に響いた声はしかし、ボクではなくゴートマのしゃがれたそれだった。


 とたんに体が重くなる。息が苦しい。愛馬がいつのまにか消えた。前に進めない。


 ぴくっと体が跳ねて、ボクは目が覚めた。

 まだ外は薄暗い。ジェニーの雨あられはニセモノだったのに、体が重いのはホントウだった。寝ぼけたメルがボクに抱きついており、大きな胸がボクの顔半分を埋めていたのだ。


「キルコぉ~~、かわいいのぉ」


 さっきの戦闘の後、酔ったメルたちと、花火師や芸人たちがボクの城にやってきた。


 たった3日で大所帯である。ダメだ。ここままじゃ養えない。生きていけない。

 不安で胸がドキドキしてくる。預金残高の数字たちが脳内を飛び回り、人が享受されるべき普通の生活のイメージを壊していく。


 こわい。世界から消えてなくなりそうだ。

 さびしい。誰でもなくなってしまうようだ。


 こんな身分のないヨソ者の魔王が死んでも、新聞の片隅で計上された死者の数字の一つとなるだけ。


「キルコ……?」

 耳元で声がした。

「泣いてるの?」

 メルが半身を起こし、ボクの顔を覗き込んだ。

「ゴメン、アタシが強く抱きしめすぎてたかな……。それに酔ってたとしたって、またお家に押しかけちゃって悪いことしたよね」


 何も言えずにいた。だって喋ったら、涙で変な声になってしまいそうだったから。

 魔王としてそんなブザマな真似はできない。


 メルはボクが喋らないからか、ひそめた声で話し続けた。

「アタシってキルコにはどういう風に見えてるのかな。いい歳して働かずに暮らしてるダメ女だと思ってるよね」

 ごろんと横になるメル。


 自分のことを話し出した彼女だけど、その口調には他人に興味がない人が発するような無責任さはなかった。年上の後輩が、年下のボクに気遣うような、そんな感じだった。自分のことを明かして、敵ではないのだと伝えようとするみたいな。


「コスプレの収入以外にも、たまに働いてたりもしたんだけど、人付き合いが大変で長続きしないんだ。ほら、アタシってすぐ周り見えなくなっちゃうからさ」


 否めない。


「たまたま好きなことをしてたら、『良いね』って言ってもらえて、ほんとに運が良かったよ、アタシは。それにその好きの源、好きそのものと出会えたし、ラッキー過ぎるよ」


 幸運だ。


「魔王ってものを押し付けちゃってたら、ゴメン。アタシの好きとキルコの都合は別だもんね」

 メルはそれで黙った。


 でも――――とボクはなんとか声を絞った。

「ともだちになってくれてありがとう」

 あの日、ボクの名前を呼んでくれて。


 メルが見つけてくれなかったら、ずっとこわいまま、さびしいままが続くはずだった。

 毎日新しい刺客に怯えて、バイトにも行けず、鍵もかけ、カーテンも閉じて引きこもっていたと思う。


 メルには勇者たちとは違う熱があった。うまく言えないけど、とにかく熱かった。

「こちらこそありがとう。こんな変わり者のアタシと付き合ってくれてさ」

 メルは深く息を吐いた。ボクも息苦しさがいくらか抜けて、鼻から長い息をついた。


 その時、ボクの中を天啓のごときヒラメキが突き抜けた。

 その考えを今すぐメルに話したくなったけど、メルは寝てしまったみたいだ。

 早く話したい。

 朝が来るのが待ち遠しかった。


 朝が来た。けれどもメルたち酔いどれ組は眠り続けていた。

 ボクは仕方なく、やべこと2人で町へと。

 なんだか良いことがありそうだ。うきうきしてくる。朝に蜘蛛と出会ったし、四つ葉のクローバー見つけたし、5本指靴下も1発で履けた。


「みつけたぞ! キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタイン!」


 駅前で勇者の襲撃があった。ご都合空間イワフネへと引き込み、尻尾でぶすり。


 もっと仲間を増やさなくては。ボクのアイデアを実現させるためには人手が要る。




「あれ? そのアプリ始めたんだ」

 バイトの休憩中、龍田さんが言った。

「はい。龍田さんがやってるの見てやりたくなって」

 きっと龍田さんがこのアプリ…………ゾンビが蔓延る世界で街を作って生き残る……をやっているのを見てなかったら、あのアイデアも無かっただろうな。


 そのアイデアとは、町づくりのシュミレーションゲームと同じことを聖神世界でもやってしまうというものだった。

 人員や資材を増やして、畑で作物を育てたり、それを売ったり、お店を開いて人を呼んだり。そうしてお金を貯めては町を拡げて、更なる資金調達を図る。

 異世界にはゾンビではなく魔物たちが来るだろうけど、勇者たちがいればそこまで脅威にはならないはずだ。

 うまくいけば、勇者がたくさん仲間になっても問題はなくなる。

 町単位の儲けを出せば、いくら1円を稼ぐのに100ジェニーを要するにしたって、それなりの金額がこの現世に舞い込むに違いない。


 うふふ、うふふふ。


「ねぇ、ゾンビにがんがん攻め込まれてるじゃん。もっとバリケードを強化しないと」

「うふふふふふふふ」

「え……? 人類が滅ぶのがそんなに嬉しい?」

 あらぬ誤解を受けてしまった。



 バイトが終わった。

 夜の11時ごろにボクんちでそのアイデアを話すと、メルは、


「おもしろそう!」


 と言った。反対されなくて良かった。

 ボクのそばにいたがった勇者のみんなには、戦力増強のための資金集めのため、と話した。


 これからは聖神世界で暮らしてもらう。騙しているのが申し訳ないけど、雇い主? の魔王が金欠なんて知られてはいけない。

 メルにはそのことを明かした。

「気づかなくてゴメン」

 と彼女の反応はあっさりしたものだった。

 よかったよかった。


「そういえばアタシさ、キルコのステータスの106のこと考えてたんだけど、まさにぴったりだわ」

「どういうこと?」

「数字の語呂合わせ。10と6で、と……む。とむ、富むって読めるのよ」

「ほ、ほう?」

「きっと山田は実の娘に億万長者になって欲しかったのねー」

 語呂はともかく。


「実の娘って?」

「話してなかったっけ? 聖剣神話のゲームは山田と土井っていう2人の男が作ったの。2人はゲーム制作してたコンビなんだ。そのおかげで大手から声がかかって。で、作ったのが聖神1。山田は魔王レームドフのモデルで、土井が側近のゴートマのモデル。山田の娘がキルコのモデル。と言ってもその頃はまだ娘は生まれたばかりかどうかだったみたいだけどね。でも山田はロリキルコに、自分の子への思いを込めたのよ」


 お父さんと山田、ゴートマと土井という人は関係が深かったんだ。あ、でも、あくまでモデルの話なのか。現世の2人をモデルにゲームの2人がいて、ゲームをモデルにボクが生まれた世界がある。


 やっぱりなんか、聖神世界がどうしてできたのか不思議だ。

 ボクの戸籍の持ち主だった女の人は、いま一体どこにいるのだろうか。年上のお姉さんらしいけど。


「さっ、じゃあ向こうにいってらっしゃい!」

 ボクはやべこたち勇者を連れて、聖神世界へと移動した。


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