掌編小説・『魔将FOREVER』

夢美瑠瑠

掌編小説・『魔将FOREVER』



       

                                                                               

(これは、2019年の「将棋の日」にアメブロに投稿したものです)


          掌編小説・『魔将FOREVER』


 将棋界では、既に名人も竜王もコンピューターソフトの強さに遠く及ばず、恒例になった「宇宙王座決定戦・人間VSコンピューター」というアニュアルの大一番でも、人間側は13連敗を喫していた。

「もうやめようか」という弱気な意見も出ていた。

 合議制にしたり、ソフトの研究をしているプロ何名かにアドバイスを募れたりしてみたが、やはり、某プロが「怪物」と表現した、竜王をもしのぐ「宇宙怪物」?のような、ソフトの強さに人間側は全く歯が立たなかった。

 そうしてコンピューターの性能もソフトの強さも日進月歩であり、人間の研究も進んでいるが、それに遥かに先んじるスピードでソフトは日々強くなっている・・・


・・・どうすればいいのか?


 将棋界ではそのことが、頭の痛い懸案事項になって久しかった。

 ソフトを、確実に凌駕する、人間ならではの強みを生かした、「所詮機械である」ということの限界や弱みを突く戦略は存在しないものか?

 折に触れては将棋を愛する人々の間でそのことが議論されていた・・・

 それとも白旗を掲げて、いずれ来る「完全な電脳支配」の時代の、将棋の敗北というのはその露払い、前哨に過ぎなかった・・・

 そう認めるべきだろうか・・・


 勿論、並外れた「将棋の天才」というものが現れて、コンピューターに勝つ、そういう可能性はありうる。端的に言うと、「待った」ができれば奨励会員の中学生でも勝てるかもしれない。将棋というのは「手の発見」が全てなのだ。

「ボナンザ」という有名なソフトの意味も、スペイン語の「発見」である。・・・


 では、そうした「将棋の天才」並みの強さをいつも発揮することができる、そうした名手の存在をデザインしうるセオリーはありうるだろうか?

 将棋界きってのアイデアマンの、飛田角雄8段は、いつもそのことを考えていて、挙句、一つのアイデアが閃いた。

「要するにコンピューターの発想法というか、プログラミングの構造とかそういうものにとことん精通すれば、相手の手が読めるんじゃないか。敵を知り、己を知れば

百戦危うからず・・・これは兵法の常識だ。だからそのソフトのプログラマーに虚心坦懐に教えを乞うて、ソフトが将棋の各局面でどういう発想のもとに指し手を選択していくのか、そういうことが「個性」として分かるようになれば、かなり有利になりはしないか?」


 彼は、この指し手の「発見」に少し有頂天になって、早速将棋界の友人たちに自分のアイデアについて話し始めたのだ・・・

「なるほど」と、俊敏な若手の強豪である、香田歩7段も、賛同した。

「いくら複雑とは言ってもソフトは所詮書かれたコマンドやら参照するメモリーだかの集積です。本当の意味の「直観」というのはない。

 速度やら過去の局面やらの記憶の情報量はけた外れかもしれないが、いつでも指せるのはたった一手です。一手で負ける、それが将棋です。その「敗着」をおびき寄せればいいわけですね。チャンスはありますよ」

 そうして、「将棋界の偉大なる頭脳」と呼ばれて、コンピュータープログラミングにも精通している、現名人の「玉田龍男」氏にこの「将棋界ルネッサンス計画」の、

旗手となるべく白羽の矢が立った。

 玉田氏は「喜んで引き受けます」と快諾してくれて、早速、件の怪物ソフト、これまでのノウハウを全て集結して、「最終兵器」と呼ばれている、無敗を誇る「魔将FOREVER」のプログラマーに依頼して、そのプログラミングの実際について学ぶことになった・・・

 チャンピオン決定戦までには一年ほど猶予があって、勉強を重ねる時間はたっぷりあった。「企業秘密なんですが・・・」と、プログラマーは最初渋ったが、「そういうことをしても打ち勝てない」となればいよいよソフトの側の名声が上がるか、どうせ勝てっこない、そう考えて、そのことを公に明らかにするなら、という条件付きで承諾したのだ。

 彼はこの決定に至るまでにも、きっと普段の作業同様に、論理的な様々な分岐とかシーケンスとかを慎重に考え合わせたに違いない・・・

 

 何万行にも及ぶプログラムのコピーを受け取った玉田名人は、しばらく殆ど不眠不休でそのプログラムの解読にあたった。何万局もの過去の実戦の棋譜もあって、それをも併せて検討した。「将棋の天才」、その彼が、人間にとって全く歯が立たない強敵、完全不滅にも思えるアンドロイド、その設計図を解読し、弱点を探ろうとしている・・・

 これは固唾をのむような一種の大決戦だった・・・


・・・そうして、一年後に「将棋宇宙王座決定戦・「魔将FOREVER」VS玉田龍男名人」の、火蓋が切って落とされた。

 場所は日本武道館で、5万人超の観客が見守る中で、「最終兵器」対「人類最後の砦」が、激突したのだ!

 一昔前の「アリ対猪木」よりも、盛り上がっていた。w

「将棋界最強の頭脳」が一年かけて対手の無敗ソフトのプログラムを研究しぬいたということも周知の事実で、後はどれだけその研究の成果を実戦に発揮できるかがポイントだった。


ーーー序盤戦は最新流行の相掛かりで、定石どおりに進んだ。

 2,3回、名人は定石から少し外れた、「変化球」を放って、ソフトの反応を見たが、ソフトは引っかからずに、冷静に着手を進行した。

 ほぼ互角のまま中盤戦に入って、ソフトがかなり常識外の、意表を突く角交換に出て、その意図が名人には分からず、長考したが、結局その手に秘められた「深い意味」を、読み切れずに、応対した手が緩手となって、少し不利になった。

 ソフトの発想をすっかり知悉している、これまでにない強敵、そういうことにも全く頓着せずにソフトは天馬空を行くがごときに、独自の発想でユニークな棋譜を創造し続ける・・・

 しかし、中盤を少し過ぎたところで、その指し手が止まった・・・

「これは過去の棋譜を参照しているな?」と、名人は勘づいた。

 30分考えて、指した手は、過去の名人戦にあった、ある棋譜の正解手だった。

 名人はこの棋譜も、それからの分岐もすっかり研究済みだった。

「しめた」と思い、その一手と、予想される展開をことごとく裏切って、未知の世界にソフトを誘導しようとした。案の定混乱した「魔将」は、自陣の兵士の統率にてんてこ舞いになり、長考を繰り返して、時間を消費した。

 こういう風に過去に参照しうる局面に逢着した場合に、名人はことごとくにソフトの思考回路が混乱するような新奇な展開に誘導して、ソフトが致命的な失着を犯すようにと罠を張った・・・

 都合11回、そういう長考を要する難しい局面が続いた挙句に、既に一分将棋になっていた「魔将」は、敗着となる、軽率に自陣を守る「金打ち」を、してしまった!

 (フフフ・・・)

 名人は3時間超の熱戦の間に初めて見せる、莞爾とした笑みを洩らした・・・

 

 見よ!奇跡が起こった!


「稀代の寄せ上手」という異名も取る玉田名人の、二枚龍を次々と切るという、怒涛の寄せが殺到して、バタバタッと数分のうちに終局が来た。


「魔将」は討ち取られ、初めての敗北を喫した・・・


・・・ ・・・


「ずうっとプログラムを研究していて、僕は要するにコンピューターの発想は数手の最善手候補の割り出し、そこからのあらゆる展開の検討、過去の棋譜の参照、無数の演繹と帰納、最善手の応酬という展開の想定、全てを総合してある一手を選択する・・・


 そうしたプロセスで、そのどこにも一見隙はないようですが、たったひとつ、過去の棋譜のリファレンスというのに付随する「余計な読み」に目を付けました。ソフトの独自の読み筋以外の過去の無数の研究、そうしたデータバンクとのやり取りに結構余計な時間を食うようなのです。

 分岐の分岐の又分岐・・・となると数知れない局面が消長して、尚且つそれぞれに

また過去の棋譜の研究が加わっていく・・・人間の棋士たちの「研究」が、却ってコンピューターの思考回路の円滑な推進の妨げになっていく・・・

 そういう逆説な現象が生じていることに気が付いたのです・・・そうしてひたすら時間を稼いで、一分将棋に持ち込んで、相手の失着を待った。それが全ての戦略でした。

 そうして、結果的にそれは正しかった。ソフトの構造や過去の戦いについて、徹底的に研究したことの成果が如実に表れたのですね。

 しかしそれは結果論で、未知数の局面で呆気なく僕がミスを犯して、一敗地にまみれたかもしれない。

 今回の勝利も薄氷の、いわば、将棋界の歴史や先人の研究の時間が、僕にユビ運を与えてくれた・・・そういう結果かもしれない・・・


 とにかく本当にありがとうございました。」


 そうインタビューに答えて、もう掻きまわし続けた頭髪はくしゃくしゃの、玉田名人は紅潮した満面の笑顔でトロフィーを大きく掲げて、聴衆の歓呼の声に応えたのだった。


・・・相手がどんなに強い怪物のようなソフトでも、人間が人間にしかできない柔軟な発想で、本気でソフトを研究しぬいて戦略を立てれば、互角に対抗しうる、打ち破ることができる、そういう事実を公の場で証明しえたという意味でこれは歴史的な勝利、重大なエポックだった。ソフトは所詮人間がプログラムするもの・・・

 そこに目を付けたことが勝利を呼んだのだ。


 まだまだ将棋界における人間と電脳の丁々発止は始まったばかりであった・・・



<終>


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